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ソジャーナ・トゥルース 19イライザの死

 自由を手に入れたものの、六歳くらいの息子はもう丁稚奉公に出さないと生活できないイザベラ。解放されたあとも元奴隷の苦難は続きます。

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 イザベラは大急ぎでピーターの行先を探し、グリーンキルズ近くのワーケンダールという街で跳ね橋の管理人に預けた。息子の居場所が確保できたので、ニューバーグに住む姉のソフィアを訪ねて、その冬は知り合いの家族の家を数か所回って働きながら過ごした。

 ソロモン・ゲドニーの親戚であるラテンという人物の家にもしばらくいた。ゲドニーはいとこの家でイザベラが働いていることを知ると、あいつは大変な大ぼら吹きの厄介者で、息子が自分のところで豪勢な暮らしをしているというのにウソ八百を並べたてて、妹とその家族に多大な迷惑をかけ、自分もそのために数百ドルの損失をこうむったから、イザベラを雇ったり関わりになったりするのは止めたほうがいいと、しきりに悪口を並べた。しかしラテン家ではイザベラがいとこの言うような悪人には見えなかったので、ソロモンの雑言は効果がなかった。ラテン家の人びとはイザベラを雇って、しばらく家に置いた。

 ラテン家で暇を出されると、イザベラは前の主人であるデュモントを訪ねた。デュモント宅につくやいなや、フレッド・ウォリング氏もやって来た。氏はイザベラに機嫌よく話しかけ、「最近はどうしているんだね」と聞いた。
「とくに何も」
「それなら病人が何人か出て手が足りないから、家に来て手伝ってくれ」

 イザベラは喜んでその申し出を受けた。W氏が帰ると、デュモント氏がなぜ自分を「最低の悪魔」呼ばわりした者に手を貸すのかと聞いた。ウォリング氏はソロモン・ゲドニーの叔父だったから、裁判で「イザベラは頭がおかしい。甥がそんなことをするわけがない」と証言していたのである。

「そんなの、もういいですよ。それより、わたしに怒っていたのを忘れてくれるのは本当にありがたいです」
彼女はウォリング家に行き、もうみんなが自分を恨んでいないということを知るとたいそう喜んで、元気よく仕事に励んだ。

 イザベラが機嫌よく働き出して間もなく、ウォリング氏の娘が両手をあげて叫びながら部屋に飛び込んできた。
「イザベラ、大変! ファウラーがいとこのイライザを殺したの!」
「あれまあーーでも、おどろくには当たりませんよ。うちの子もあやうく殺されるところでしたからね。あんな人は神さまにしか救えません」

 イザベラに言わせれば、幼い子どもにあんな仕打ちをするような心の冷たい男は人間というよりは悪魔で、遅かれ早かれカッとなって犯罪を犯すことは目に見えていたから、今回の事件も驚くにはあたらなかった。娘は、アラバマから来た手紙にそのことが書いてあったと言った。

 この知らせのあと、すぐにソロモン・ゲドニーと母親が来て、まっすぐウォリング夫人の部屋に入っていった。だれかが何かを読む声が聞こえてきた。何かがイザベラに「二階に行って話を聞け」と告げた気がした。最初はためらったが、声は「行って聞け!」とくり返した。

奴隷が仕事を放りだして用事もないのに奥さまの部屋に入り、主人たちの様子を見聞きすることは滅多になかったが、今回に限ってイザベラは二階に上がった。そうして部屋に忍び込んでドアを閉めると、ドアに背中を向けて聞き耳をたてた。主人たちが手紙を読み上げていた。

「拳で殴り倒して馬乗りになり、膝で抑えつけた。それから鎖骨を折って気管を切り裂いた! 逃げようとしたが追手につかまり、貯蔵庫に閉じ込められた!それから夫妻の友人たちが、一瞬にして孤児以下の境遇になってしまった罪のない子どもたちを引き取りに行った――」

 この物語が他者の罪によって苦しむ者の目にとまることがあれば、自分と加害者との関係に悩む必要はないことを知って欲しい。ほかの者の罪で自分が身体的に苦しむこともあろうが、世界の始まりから終わりまでお見通しで、最後の結果も左右する神に、全幅の信頼を寄せるがいい。自分に正直でいさえすれば、人生の中で何よりも尊い恒久的な価値は、そうした障害で損なわれることはないのだ。

 奴隷制が人間の命の尊厳を損なっている事実は今でもしばしば否定されているが、このような暴力的な関係は当事者のために終わらせなくてはならない。イライザの死はその事実を如実に語る、疑いようのない証拠ではないだろうか? しかもそれは、南部からの手紙で毎週のように伝えられる悲劇のごく一部にすぎないのだ。後日の新聞は手紙に書かれていた通り、イライザの惨殺事件を伝えた。

 手紙が読み上げられるのをイザベラが聞いていた時、主人たちはあまりにも気が高ぶっていてその姿に気がつかなかった。イザベラはそっと仕事に戻った。心には複雑な感情が渦巻いていた。事件の残忍さは驚くべきものだったし、優しいイライザの非業の死には胸が痛んだ。イライザはこの世で果たすべき責任と、愛情あふれる母親としての役割を、あまりにも無体で残酷な方法で奪われてしまった。また、それと同じくらい重要な、自身の性質と精神を修養する機会も失ってしまったのである。

 イザベラの胸は、悲嘆にくれる親族のために血を流した。そのうちの何人かは裁判の前後に彼女の「厄災を笑い、イザベラが恐れていたことが本当になったときも嘲っていた」が、それでも彼女の気持ちは変わらなかった。

 イザベラはこの事件と、手紙がついた日に自分があの家にいて、知らせを立ち聞きした不思議なできごとについてについてじっくりと考えた。イザベラがあの家で働いたのは後にも先にもあのとき一回きりだったし、彼女をそこで雇ったのは、ほんの少し前まで彼女に対して怒り狂っていた人びとなのだ。それはただの偶然ではあり得ず、神の特別な意思が働いていたとしか思えなかった。

 イザベラは、遺族がイライザの無残な最後を嘆き悲しむのは、それまで自分が散々こうむってきた不正に対する報復だとはっきり感じた。しかしだからといって、彼女を苦しめてきた人たちの悲嘆を見て、喜んだりいい気味だと思ったりするようなイザベラではなかった。

 ただ、自分が「ああ神さま、彼らに二重の苦しみをお与え下さい!」と叫んで自らの敵への罰を願ったことに、神が応えてくれたように感じたのだ。

「神さまのなさることに文句をつけるわけではないんですよ。でもね、でもあのときわたしは心の中で『ああ神さま、これでは厳しすぎます。わたしはそんなに重い罰を求めたわけではないのです!』と訴えていました」
 故人の遺族は大きな痛手を受けていたし、イライザの自分勝手な母親(イザベラによれば、同情からではなく自分の我を通すためにピーターの件で散々大騒ぎをした人物)にいたっては正気を失い、うならされたようにそこいらを歩きまわり、殺された哀れな娘の名を大声で叫んでいた。

 裁判のあとイザベラはG夫人に会わなかったから、発狂したという話はだれかに伝え聞いたものだが、イザベラはあの人ならいかにもありそうなことだと思った。ファウラーのその後の運命については一切わからなかったが、1849年の夏、ファウラーの子どもたちがキングストンに姿を表したという話は聞いた。そのうちの一人は、悲しみの影をベールのようにまとっていたが、立派で賢そうな少女だったという。

19イライザ・ファウラーの死 了 つづく


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