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夕立ち(2話)

↑このお話の続き。

雨粒の天使


雨は雲を離れ、
地上へと向かう。一粒で。
空中に孤独。

音立てることもなく。

波紋をつくり
地上の水の仲間入りをするまで、
ひとりで。

わたしは、雨みたい。
天の世界から離れて、
地上にたどりついて。

でも、雨みたいに浸みていくことは
できないでいる。

濡れた髪。
ぬれた翼。

私にはつばさがあって、
それはこの場所でも変わらないこと。

翼が折れなくて良かった。

胸元にもってきて、少し触る。
暖かい。あつい。
いまは、なんだか自分の一部じゃないみたい。


天を思い出すものは、
今はこの翼しかない。
でもこの翼がある。

******


歩き出せずに、うつむいていた。
髪からしたたり落ちる水滴が
ぴちょん、ぴちょんと波紋をつくるのを
見ている。

点滅する光が
足下の水に写った気がした

オレンジ色の。心地いい光。
夕日の色に似ていたけれど、

目を向けるとすぐ、
消えてしまった。

たしか、あのあたりの四角い窓。

あそこに行きたい。行こう。

この寒さ、さみしさが心臓を握りつぶす前に、
あたたかいふわふわに身を埋めたかった。

あの光がある場所なら、
きっと、あたたかい。

お父さんのためにも
お母さんのためにも

私は助かろう。

地上のやさしいお話をおみやげに
元気に帰って、
胸をなで下ろしてもらうんだ。


******


だんだんになった鉄の
さびた構造を上っていくと、
四角い箱の中へと、口が開いていた。

ぞっとするような灰色の扉を通り過ぎるとき、
肌がピリッと締まったけれど、
大丈夫、と言い聞かせ、
ぽろりと一粒、涙をこぼして、
灰色の暗闇に、足を踏み出した。



怖い。

寒いのと、
なぜだかわからないけれど、たぶん、
建物内の空気の匂いのせいで、
私は震えてる。

そろり、そろりと歩く。
真っ暗な通り道に、時々あるあの赤い光は。
天上には、ない色。
とても怖い。
目を背けて歩く。

通りかかった一つの扉の前で、立ち止まった。
花の香りがした気がした。
お母さんと行った草原の、草と混じった花の匂いだ。
土の匂いもある。

ああ、やさしい。

やさしくて、たまらないほど切ない空間が持つ香り。
その部屋の中にある空間が、
この暗く変な匂いのする建物のなかで、
特別な空間であることは、
外からでもわかった。

ここが、さっき見えたオレンジの光の部屋。
まちがいない。

わたしは、雨に濡れた髪の毛を絞って、形を整えて、
服の裾を引っ張って伸ばした。
体は濡れたままだから、
白い服の内側に、透けた肌色がのぞいている。

「かくまってくれて、ありがとう。」

わたしは、おまじないを唇の先で唱えて、
その扉の内側へと
通り抜けていった。

固いモノを静かに通り抜けるのは、
集中がいるけれど、
中の人がもう寝ているかもしれなかったから、
扉を開けたくなかった。
いきなり姿を見せて怖がらせたくもなかった。

守られていると思った空間が、
いきなり開け放たれて、知らないものが入ってくることは、
とても怖くて、
眠りを妨げると知っているから。

私は、自分が、肉体的にはいなくなったことにして、
そっと部屋の中に入った。


お願い。
気持ちを温めて。
私をやすませて。



28years old,2.26,Mizuki


絵を描くのは楽しいですが、 やる気になるのは難しいです。 書くことも。 あなたが読んで、見てくださることが 背中を押してくれています。 いつもありがとう。