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こかげのうた(日暮れ時、夕焼け前)

「日暮れ時、夕焼け前」

まだ西の空が
橙色に染まっていない頃

空は青い。
青いけれど、
もう昼ではない。

うちはこの時間が好きだ。
夕暮れ前。
夕焼けの予感がする青い空。

よく、出かけたくなるのは
こういう時だった。

日中ギラギラと照りつけていた太陽が、
その勢力を弱めて、
見える視界の丸ごとが、
一段階淡い色彩に移行する時間。

******

うちが
丘を登っていくと、
あの子がこっちを向いて立っていた。

丘の上には一本の大樹があって、
彼女はその傍に立っている。

眩しくなくなった深い青の空に、
柔らかい髪のシルエットが
揺れていた。

こっちを見ている。
表情は、
空の光の陰になって、
見えなかった。

***

幽霊なのかもしれない。彼女は。
時々そう思ってしまう。
普段そういうものを見ないけれど。

だって、丘に行くと、いつもいるんだもの。
一度なんか、もう完全に日が暮れているときに、
星空を見に丘を登ったときも、
彼女はそこにいた。

丘の上いっぱいに広がった星空のこちら側、
樹の黒い枝ぶりの下に、
彼女の小さい影があった。
まるで、天の川の中洲に立っているかのようだった。

その日も、ただ黙って隣に座っていた。

***

彼女はいつも喋らない。
うちが丘を登って近くまで行くと、
少し微笑んで、黙ったまま
てってっ、と寄ってくる。



そして振り返り、隣を歩いて
もう一度丘を登る。

うちは彼女の横顔を見るけれど、
彼女はもう笑っていなくて、
ただ黙々と丘を登る。

足音も聞こえるし
こんなに存在感があるし、
やっぱり違うのかな。生きているのかな。


うちは、座り心地のいい場所を見つけて、
腰を下ろす。
彼女も隣に座る。
近くもなく、離れてもいない、
微妙な距離に座る。
だいたい、体育座りの腰を浮かさずに
ふと思いついて寝転がったとして、
指先が触れるくらいの距離だ。


だいたいいつも、
うちの体と大きな樹との
間に入って座っている。

何かして暇を潰すでもなく、
夕日を待ってうちがぼんやりしてる間も、
ただふわっと腰をかけたまま
同じ方角を見ていた。

話しかけてみたことはあるのだが、
こっちを向いて、にこりと笑うだけだった。
まるで、言葉がわからないけれど、
言葉に滲んだ好意だけを
読み取れるかのように。

彼女は幽霊かもしれない。
でもうちは、幽霊についてよく知らないから、
彼女が何者なのか、
やっぱりよくわからない。
この頃は、
もう詮索するのはよして、
ただ彼女と同じ方角を見て、
夕日を眺めるだけだ。

彼女はよく笑ったけれど、
むろん笑わない時間の方が多かった。
ほとんどの時間は、
名前のつかない表情をしていた。

28.7.11 ,Mizuki

絵を描くのは楽しいですが、 やる気になるのは難しいです。 書くことも。 あなたが読んで、見てくださることが 背中を押してくれています。 いつもありがとう。