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「かけ流し」の真実 (前編)

大抵の温泉好きにとって、かけ流しかどうかということは温泉評価の大きなポイントになるのではないかと思います。
地球の恵みである温泉を手を加えないそのままの状態で味わえるなら、それは理想的。「かけ流し至上主義」のような考え方を持つ人も少なくないでしょう。
では、かけ流しは正義なのでしょうか。

かけ流しとは何か

一般によく使われる言葉になったので改めて説明するまでもありませんが、温泉における「かけ流し(方式)」とは、基本的に温泉水に手を加えず湯船に投入し、温泉水を再利用せず湯船から溢れたものを捨てる給湯方法です。「放流式」と呼ばれることもあります。

一方で、浴槽内や湯船から溢れた温泉水を回収し、処理してから湯船に再投入する方式を「循環ろ過方式」と呼びます。処理には汚れの除去(ろ過)と消毒剤による殺菌が含まれるため、循環ろ過方式と塩素殺菌はほぼセットになっています。
(ややこしくなるのでヘアキャッチャー循環などには触れないでおきます)

ただし、これらの呼び方に公的な基準があるわけではありません。少なくとも温泉を管轄する環境省ではこうした区分を設けることをしていません。
そのためメディアによって「かけ流し」と表記する基準が違っていますし、過去には『「かけ流し」という言葉は私が作った』という論争も起きていました。

かけ流しの利点

かけ流しの利点とは「人為的に加工されていない、本来の温泉の良さや特徴をそのまま楽しめること」でしょう。私もかけ流しの温泉は大好きですし、そう聞くだけで期待感が高まります。

とはいえ、全く手を加えなくても人が入浴するのにちょうど良い温度で温泉が湧いてくるとは限りません。それで、かけ流しの中にも源泉温度が低い場合の「加温かけ流し」であったり、逆に温度が高すぎる場合は地下水や水道水で温度を下げる「加水かけ流し」、別府の湯雨竹のようにあえて空気に触れさせたり熱交換機を通すなどして温度を下げる「放熱かけ流し(※)」といった種類があります。それらは人間の手が加わって初めて入浴に適したものになりますが、それでもかけ流し愛好家の間で受け入れられる場合が多いです。
(※該当する言葉が存在しないため「放熱かけ流し」という言葉を作りました)

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矛盾していると思いましたか?
そうなんです。手が加えられていない良さを求めていても、入浴に適したものにするのはOKというのが基本的な考えです。そこから考察すると、かけ流し愛好家が好むのは「手を加えていない温泉」ではなく「塩素殺菌されていない温泉」です。

そのため、給湯方法が放流式であっても、
・殺菌のために塩素が投入されていれば好ましくない
・水道水で加水するのは(水道水が塩素殺菌されているため)好ましくない
とされますし、逆に殺菌していても塩素以外の方法を使用している場合には「この施設は分かってる」と考えられる場合が多いように思います。

塩素殺菌の欠点

温泉水の殺菌に塩素がよく使われるのは、コストが安くて効果が持続するからです。他にも殺菌方法はありますが、殺菌効果が持続するという点では塩素が秀でています。

しかし、さまざまな化学物質が溶け込んでいる温泉ですから、塩素を混ぜても温泉水に何も起きないということはありません。温泉水に含まれる硫黄や鉄は特に塩素と化学反応しやすく、その結果硫黄や鉄は別の物質に変化してしまい、同時に塩素も殺菌作用を失います。

また、塩素独特の匂いは温泉の楽しみを奪います。玄関に入った途端に塩素臭がしていたら、期待値がぐっと下がってしまうのは温泉好きあるあるでしょう。肌に残る塩素臭もそうです。
肌など身体に影響が出る方もいます。そんな私も肌が痒くなることがありますし、塩素殺菌の温泉でくしゃみが出るという知人もいます。

北海道で温泉事業者に渡される「公衆浴場における衛生等管理要領」では、浴槽水には基本的に塩素系薬剤を使用することとしながらも、それが使えない場合についても触れられています。そのうち2つは
・低pHの泉質(塩素系薬剤を投入すると塩素ガスが発生する泉質)
・有機物を多く含む泉質(弱い発がん性物質トリハロメタンが発生)
であり、逆に言えばそれが塩素系薬剤で殺菌することの危険性です。
特に二つめの「有機物を多く含む泉質」とは前の記事に書いた「モール温泉」であり、塩素殺菌しているモール温泉ではそういった有害物質が発生している可能性があるかもしれません。

といっても実害があるどうかは誰も検証していませんし、これまで「温泉に通ったせいで癌になった」という人の話は聞いたことがありません。自分の病気の原因は温泉にあると考えるがん患者さんはおそらく1人もいないでしょう。可能性は指摘できますが、そういうことは実際にはないかもしれず、何とも言えません。薬を飲まなくても温泉で癌を消せると信じ込む、逆パターンはよくありますが…。

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また、温泉に溶け込んでいる気体の成分(二酸化炭素・硫化水素・ラドン)は、人為的な影響がなくても自然になくなります。蓋をしないで炭酸飲料を置いておけば炭酸が抜けてしまいますが、それと一緒です。
そういったデリケートな成分に循環ろ過という形で手を加えれば、当然ながら放っておくよりも素早く抜けてしまい、それらは戻ってきません。それは炭酸飲料をよく振って、蓋をしないで置いておくようなものです。

ということで「かけ流し」と「循環ろ過(主に塩素殺菌)」の両方の特徴について一般的な面を考えました。やはり、温泉を楽しむならかけ流しの温泉が良さそうですね。

前編はここまで。後編では、実際に温泉管理の現場で私が見てきた「かけ流し温泉の真実」について書きたいと思います。


温泉経営者だった経験を生かし、北海道の温泉をさらに盛り上げる活動をしていきたいと思っています。サポートしていただけたら嬉しいです!