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第7話 超せない夏

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陸上の5000メートル競技で、トップを走っていたランナーが、残り1周あったのにゴールだと勘違い。ガッツポーズでウィニングランに入ったが、間違いに気づきトラックに戻るも時遅し...

この動画が僕に語りかけてくるポイントは、「五輪メダリストでもこんなミスをするんだ」ではなく、彼が間違いに気づいてから、走り直した後のスピードです。

身体は向かおうとするのですが、脳が切り替わっていないのです。

「あと一周残っていると気づいて、走り直したとしても、ゴールに到達したと一旦認識してしまった脳の切り替えがおいつかず、全然スピードが出せなく、立て直せなくなる」ということなのでしょう。


2000年の5月に入りました。NASDAQ指数は30%近く下落しました。

アマゾン社は90%近く株価が暴落し、完全に逝ったと思われていました。ジェフもすでに過去の人だと言われていたものです。

日本の株式市場も似たようなものでした。
崩れるときは、日米、仲良く一緒なんですね。


僕らベンチャーにとっては、とある瞬間に、競技種目が5000メートルからマラソン競技に変わったと告げられたようなものでした。

これまで投資家からは、「とにかく先行投資。PVとユーザー数が大事。利益は後からついてくる。IPOまであと少しだ」と言われていたのに突然、「売上とキャッシュフローが大事。一円でも多く稼げ。次はいつ上場の扉が開くかわからないぞ」と言われるようになりました。

パーティ漬けだった若者が、突如として戦場に放り込まれたのです。

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この頃、根津美術館近くの、昭和の匂いが濃い、こじんまりとしたカフェで、アットコスメの吉松社長と、ちょくちょくお会いするようになっていました。

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同じコンサルティング会社出身の、一つ上の先輩ということもあり、気軽にお話をしていただけていました。

残念ながらここでは、面白いオチも、深イイ話も、ありません。二人でとにかくベンチャー経営の苦しさをグチていました。

どうしてもコンサルタントとして訓練されると、頭で考える癖がついてしまい、あれこれと先読みばかりするようになりがちです。吉松さんも同じく、まだその時は、似たような感じでした。


- 考えるな。動け。稼げ。生き残れ。 - 

理屈はわかっているものの、急に脳みそのモードは切り替わってくれません。本当に身体が動きませんでした。とにかく信じられないほど、動きは鈍かったのです。

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6月の梅雨の到来とともに、銀行口座の残高が気になる日々がはじまりました。

プロトレード 社は、資本金3000万で創業しました。今と違って、株式会社の資本金は最低1,000万円とされていた時代です。

僕が20%、共同創業の役員3名がそれぞれ10%、残りの50%をインキュベートしていただいたNetAge社に出していただき、設立されました。

サイトのデザインを外注していたり、バックエンド開発まわりはエンジニア派遣の活用で高くついていましたので、毎月それなりの額が出ていたと記憶しています。


とある日、管理系を担当してくれていた創業メンバーのK君(今は大手コンサルティングファームのシニア・パートナーとして活躍)から、短いメールが届きました。

K君は、僕が社会人になって、一番仲良くなった友達で、起業に際して、最初に声をかけた人でした。98年ごろから一緒に起業の夢を語り合い、ビジネスアイデアを議論しあってきた、大切な同志でした。

「おのちゃん、このままだと、今年の夏は超えられないねぇ」

他愛もない一言ですし、その通りだし、普通に読むと何の問題もないのですが、この客観的なコメントが僕には、とてつもなく無責任な一言に感じられてしまいました。

こういう経営の逆回転の時、社長とNo2の間には、心理的な溝が生まれやすいのでしょう。いつしか僕はK君の言うこと、やることに対し、いちいち感情が逆なでされるようになります。

喧嘩をするということは無かったと思いますが、お互い微妙に避けるような関係になってしまいました。


それから、さほど時間はかからなかったと思います。僕らは松涛のオフィス横の狭い一方通行道路で、長い間立ち話しをしていました。

おのちゃん、僕はね、物欲が強いんだ。

欲しい物を買えない生活が、とてもストレスに感じてしまうんだよ。
3年くらいでIPOって、もう現実的じゃないよね。

僕らそもそも、中小企業で働きたかった訳じゃないよね。
やっぱり僕はベンチャー企業は向いていない。

コンサルティング業界に、戻ることにするよ。

大事な仲間が一人、去ってしまいました。

その出来事が僕に遺したのは、「俺は零細企業のオヤジになってゆくのか」という、どろっとした恐怖感だったと思います。

(K君との親交は今も変わらず続いています)

第8話 →



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