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ドットコム起業物語~蹉跌と回生のリアルストーリー

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90年代終わり。いまや伝説となったビットバレーに飛び込み起業した20代の青年がバブルの波に翻弄されながらも楽天へと企業売却するまでの、蹉跌と回生のリアルストーリー。 起業におい… もっと読む
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#小説

第11話 センター街の亡霊

← 第10話 2000年8月。全取締役の給与はゼロになりました。 この給料支払いストップの現実が、持ち前の闘志に火を注いだのか、創業メンバーの佐藤さんが、がぜん動きだします。 おっのぽーん、こうなったら、死ぬ気で営業っすよー。 ガシガシ広告で売上つくるしかないですわよー 彼女は、別に帰国子女でもないのに、言葉遣いとリアクションが日本人離れした長身ビジネスウーマンです。 「ちゃんと俺のことを社長と呼べ」と心の中で思いながらも、言い出せないほどの圧(失礼、熱量)を持つ女

第12話  将軍との邂逅

← 第11話 ふと、オフィスで顔を上げると、高めのヒールを履いて、さらに長身となった、戦闘モード全開の佐藤さんが目の前を塞いでいました。 おっのぽーん。広告、売れましたですわよー。 ぬほほほ。 プロトレード 社に、はじめて売上が立った瞬間でした。どうやって売ったのかは今もって謎ですが、できたてのウェブサイトのバナー広告が、いい値段で売れたのです。インプレッションとか、クリック単価とか、ちゃんと割り出したら、ありえない金額で。 ここで、「優秀な部下が成果をあげ、してやっ

第13話 君は狂人になれるのか

← 第12話 日本最大のB2Bサイトを目指して出航した矢先に、大海原で羅針盤が故障してしまったProTrade号。景気の「なめらかな下り坂」のもと、奮闘は続いていきます。 足もとの、新規登録はぼちぼち、取引成約もぼちぼち。なんというか、ブレークしない売れない漫画家状態でした。毎日のように「いきなりバズって大化けしますように」と祈っていたと思います。 さて、8月末。いよいよガソリン(運転資金)が足りなくなってきました。 当時の僕のメモには、メンバーとの個別ミーティングの

第14話 沖からのうねり

← 第13話 2000年9月初旬の、とある日、新宿パークタワーの高層階。巨大な会議室の、やたらと対面との距離が遠い、幅広の長テーブルの真ん中で、僕はある男と向き合っていました。 彼の背後、一面のガラスには、広大な関東平野と、くっきりと縁が浮かぶ富士山。なんとも雄大な景色が広がっていました。 その男は、その景色を、まるで我が物のように支配しているかのようにも見えるし、でもなぜか、支配されているようにも見えるのでした。 それは、山脈の陰に落ちてゆく夕陽が綺麗な、夏の終わり

第15話 ハンターモード

← 第14話 クレイフィッシュはプロトレード よりも3年早い、97年創業の会社。中小企業向けに、メールサーバー購入不要でメールを利用できるサービス、Hit Mailを開発。営業を光通信に全面委託して、急成長していました。 2000年3月、バブル崩壊の2ヶ月前に、滑り込みで上場。しかも、東証マザーズと米ナスダックの同時上場という離れ業をかまし、市場から246億円を調達していました。 対面に座るのは、それを成し遂げた男、松島さん。まさに時代の寵児でした。当時の会員数は70万

第18話 連続下降

← 第17話 話を元に戻しましょう。9月にクレイフィッシュの松島社長とお会いし、その場で、「一緒にやりませんか」という話となりました(第14話)。 そこからボールを受け取って、具体的なスキームに落とし込み、実務を進めていただく役を担われたのは、取締役最高執行責任者、荒巻さんでした。 はじめて荒巻さんとお会いした第一印象は、ずいぶんと男前で、鼻が鷲のように高い、颯爽とした人が出てきたな。と思ったことと、画数の多い漢字が10個も並ぶタイトルを持たれて、書類記入が大変だろうな

第19話 覚醒する遺伝子

← 第18話 最近、元サッカー日本代表の岡田監督がご自身の経験を振り返って、面白いことをおっしゃっておられました。 泥沼にハマってズブズブ落ちていっても、途中は中途半端。どん底まで落ちた時、初めて地に足がつき、遺伝子にスイッチが入る。そこから人間は不思議な力を発揮する。そんな話だったと思います。 振り返ると、まさに、そういうことだったのでしょう。 不思議なのですが、それ以前と対照的に、この頃から先の記憶は、かなりメッシュ細かく、19年後の自分の中に残っています。 -

第20話  大ボスの謀反

← 第19話 「あんた、どうして起業したんだ」 川野さんからの執拗な問いがトリガーとなり、意識は飛び、瞬間的なフラッシュバックが始まりました。 ——— 時計を巻き戻します。僕の最初の勤め先、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)のオフィスは、青山一丁目から青山通りを少し、カナダ大使館方面へ歩いたところにある、日本生命さんのビルにありました。外資コンサルティング会社が、投資銀行と並んで学生人気就職先ランキングに頻出する、さらに前の時代です。 ACは不思議な会

第21話 やりなさいということ

← 第20話 99年の7月末。どうやら子供を授かったらしいことがわかりました。 トモに起業を夢見、世界をあっと驚かすチャレンジをしたいねと、隙間の時間を見つけては、ビジネスアイデアを議論していた、鬼頭くん、泉くんへは、その話を直接、伝えることにしました。 ある週末、二人が、綱島駅から15分ほど歩いだ先にある、こじんまりとした2LDKのアパートに遊びに来てくれました。家賃は14万円ほどでしたでしょうか。社会人2年目の共働き夫婦にとっては、これでも立派なステップアップでした

第22話 中目黒の高田

← 第21話 早速、川野さんから連絡あり、紹介してくれたのが、中水さんです。川野さんの、JAICでの同僚で、30代半ばで早くも投資部長をつとめておられていました。飄々としていて、小柄。つるっとした感じの、川野さんとは対照的なタイプです。 中水さんを紹介しつつ、結局しゃべるのは、やはり塾長。JAICというVCが、漢の中の漢たちがしのぎを削る世界に思えてきます。 川野さんは持論を、ご自身の評価の尺度に沿って、ガンガン展開されていきます。 社長、楽天とお会いされては、いかが

第23話  ダイヤモンドヘッド

← 第22話 この時代に、観光をすることの意義はどんどん薄れていると言う人がいます。それはなぜかというと、今やネットで、そのランドマークの映像も動画も、なんでも観られるから。 このご時世、生まれて初めてハワイへ行って、ダイヤモンドヘッドを見ても、「あー、あの山、有名だよね」という程度の感動しかない、世知辛い世の中になっています。 2000年9月のとある日、プロトレード 経営陣、佐藤さん、岡田さんと、僕は、3人揃って、中目黒の楽天オフィスへ向かいます。 ここで僕らは、そ

第24話 俺は畑に何を植えているのか

← 第23話 就職・転職、恋愛(結婚)、そして提携や買収。 なんでも、相手がある、大きな物事を進めるときには、ちっぽけな自分にはコントロールできない、「カレント(潮の流れ)」というものがある。と体験的に思っています。 後日僕は、エグゼクティブ・サーチの仕事では、10年ほどで約5,000人ほどの方々と面談をさせていただくことになりますし、100人ほどの経営者層と企業のマッチングをさせていただきました。 転職は、とてもいい例なのだと思うのですが、各者本気で進めたいのに、な

第25話  損失の嫌悪

← 第24話 新宿駅西口から、パークタワーに向かう道すがら。地下歩道の通路沿いには、ブルーシートがたくさん連なっていました。そこに人の気配はあるような、ないような。季節は秋。だんだんと肌寒くなってきました。 その先にそびえたつ、3連の特徴的な高層ビルが、今日の目的地です。僕たちプロトレード の3人は歩きながら、こんなことを話していました。 小野:ここのブルーシートの中の人たちは、きっとあのビルで働く人達のこと、裕福で、幸せなんだろうな。羨ましいな。って思ってるよね。

第26話 均衡のスコアカード

← 第25話 クレイフィッシュ、楽天、ICGから、僕らプロトレード 社への、具体的な買収提案の条件が出揃いました。簡単にスコアカード風にまとめると、こういう感じ。 会社の発展性  : 1.楽天、2.ICG、3.クレイ 株式買取評価額 : 1.クレイ、2.楽天、3.ICG 給与      : 1.ICG、2.クレイ、3.楽天 こう並べてみると、どこが明確に良いとは言えなくて、立場によって意向が変わるであろうことは、ご理解いただけると思います。 時計を今に戻し、現在の楽天