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焼きそばの果てしなき旅【その1】

数をこなすことが僕の宿命だと判っている。思い起こせば食の雑誌dancyuの初めての取材でやったのが国産の缶詰を何百種類も食べ比べる記事だった。何十ではなく何百。ありとあらゆるジャンルの缶詰が一堂に会したのを目の当たりにした時に、僕の心の中に得も云われぬ昂ぶりがあったのを今でも良く覚えている。自分の好きなギタリストのことをまとめた自分の本「ギタリスト大食らい」ではギタリスト150人以上をリストアップしてそれぞれにコメントした。ギター雑誌のエフェクター試奏レポではいきなり20種類だの30種類だの数をこなす内容だった。その後も複数種類の弾き比べなど数で勝負のことが非常に多い。今年は例の諸事情で中止となったけれど、横浜の商店街応援企画の「ガチ」シリーズでは2013年以降、毎年50軒程のお店を一ヶ月ほどの間に訪れてエントリー商品を全て味見した。2014年のガチカレーの時は76軒だった。バリエーション豊富なのを尊ぶのが性分。子供の頃からずっとそうだった。もう変わりようもない。なのでとことんやるのみ。

そんな僕が焼きそばの果てしなき旅に出てしまった。出てしまったなら旅をするしかない。まだ旅の途中だけれど現在までの旅行記を書く。焼きそばと平行して他の袋ラーメンの旅やカツ丼の旅にも出ていることはまだ秘密だ。

なぜ僕が焼きそばの旅に出たのか。サッポロ一番食べ比べの記事を書いた時に「サッポロ一番には焼きそばもある」と指摘があったのが端緒。でも袋麺的には日清焼そばもある。それを食べ比べてみようと云うところから始まった。

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まずはサッポロ一番ソースやきそば。発売は何と1971年(昭和46年)とかなりのベテラン選手。当初は全国販売だったが現在は関東・甲信越・静岡限定商品であるとのこと。ちなみに1971年は僕の人格形成に重大な影響を及ぼした「帰ってきたウルトラマン」「仮面ライダー」「ルパン三世(1stシリーズ)」などが放映開始の年である。

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作って食べてみた。青海苔は付属のもの。

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ウマイけれど何か馴染みがない。自分の記憶にこの味わいがあまりインプットされていないのだ。でもインスタント焼きそばは子供の頃から食べていた。ならばこちらか。

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日清焼そばである。パッケージもこちらの方が見慣れているような気がする。発売は何と1963年(昭和38年)と長老級。僕の一つ年下だ。

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これも作って食べてみた。やはり青海苔は付いている。

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こっちだ。こっちの味だ。サッポロ一番との大きな違いは、サッポロ一番が液体ソースで、日清焼そばが粉末ソースである。粉末だ。粉末の方の味わいに馴染みがあるのだ。食べ比べたのは人生で初めてであるけれどこれだけその差に驚くとは思わなかった。僕は間違いなくこちらの味の方で育ってきた。でもちょっとまだ疑問は残る。袋麺の焼きそばを作った記憶があまりない。ここでふと気が付いた。僕にとっての焼きそばは袋入りのこのタイプじゃない。三食入りの蒸し麺タイプだ。

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マルちゃん焼きそばだ。僕の実家の冷蔵庫にはいつもこれがたくさん入っていた。男3人兄弟(僕は長男)の小野瀬家ではこの3食入りを2度作らないとならなかった。両親の分は抜きで、だ。豚肉もキャベツもたっぷり入れて6人前作って、それがアッと云う間に消失するのが例えば土曜日の午後の恒例のイリュージョンであった。随分とお世話になりました。

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発売は1975年(昭和50年)。今でもマルちゃんの主力商品であり続けているとのこと。若い頃、自分で作る時は、具なんて切ったりするのが面倒でこの状態で食べることが多かった。かけ焼きそばとか素焼きそばとかになるのか。あまりにも殺風景なので青海苔と紅ショウガくらいは載せよう。

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これでよかろう。

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ああ、これこれ。これです。これこそが僕に一番馴染みのある味です。特に何の特徴があるわけではないけれど、魂をふっと震わす味わい。ソースはやはり粉末粉末ブラボー。思い出したけれど、これを大きな中華鍋で3人前いっぺんに作るのが結構大変で、作っている時にちょっと気を抜くと麺が鍋肌にくっついて難儀したっけ。油を入れすぎるとくどくなるし、水を入れすぎると麺がふにゃふにゃになって、それがまた鍋肌にくっつくと云う負のスパイラルに陥ることもあった。僕のお父ちゃんはこれをいつも上手いこと作っていたなぁ。大量に作っても自分の食べる分はいつも残っていないって嘆いていたこともあったな。今度お供えするよ。

ここでまた情報が入った。サッポロ一番には焼きそばで粉末ソースタイプがあると。なのでちょっと袋麺に戻る。

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サッポロ一番アラビヤン焼そばである。発売は1967年(昭和42年)とまたもベテラン登場。当初はサッポロ一番のカテゴリー内ではなく、全国発売されていたが80年代から20年ほどは千葉や茨城の一部で販売されているのみと勢力を弱め絶滅危惧種となった。2008年にサッポロ一番ブランドになり、2009年より再び全国販売されることとなったなど数奇な運命を辿っている。そして僕はこれをあまり知らなかった。昔のテレビCMを見てもピンと来なかった。縁がなかったようだ。

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モチロン粉末ソースである。青海苔も付いている。

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粉末ソースってスバラシイと改めて認識した次第。ここまで色々な種類を作っていると、作る方にもちょっとしたコツが掴めてきて、良い状態に仕上げられるようになった。何事もそのちょっとしたコツなんだなぁ。ああ美味しかった。御馳走様でした。

と、ここで終わるような旅ではなかった。第1回はここまで。次回予告。

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焼きそばの果てしなき旅はまだまだ続きます。

焼きそばの果てしなき旅【その2】
焼きそばの果てしなき旅【その3】

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