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僕のウルトラマンは孤独だ

僕は昭和37年生まれですのでちょうどテレビのウルトラシリーズのリアルタイム体験に間に合った世代です。再放送での追体験は大きかったと思いますが、その作品が最初に放映された時にそれを体験しているのは何よりも大きな影響があると思います。実際に僕はウルトラシリーズが完全に自分の一部になっています。今57歳にして色々なことを考える時にウルトラシリーズの中にあった言葉を思い出すことがあります。子供の頃よりも明確に自分の生きる指針となってもいます。でもウルトラシリーズは完璧ではない。様々な矛盾や齟齬がいっぱいあってご都合主義に満ちてもいる。でも完璧でないからこそ好きだとも云える。嫌いなお話もある。好きだったり嫌いだったり色々な気持ちが混在しています。それが僕のウルトラシリーズです。

僕たちの世代だとウルトラセブンを語る人が多い。僕の個人的なことを云えば自分の感覚が大きく広がった時に放映された帰ってきたウルトラマンが一番思い入れがあります。だけど、一番最初の帰ってくる前のウルトラマンこそがウルトラマンであってそこに全てがあると云っても過言ではない気がするのです。時間がいっぱいありますので、ウルトラマンについて考えてみたいと思います。他の人がもう語ってしまったことも決着したことも改めて書いてみるかも知れません。

僕は学校に馴染めない子供でした。特に小学校。偏食が誰よりも激しかったのもありますが、運動神経もなく、引っ込み思案で、人を追い抜いたり先頭に立ちたいと云うバイタリティも少なく、いじめを受け、教員にもちょっと詳しく書けないような仕打ちをされて、笑われて、無視もされました。それでも何か自分に出来ることはないかと少しは奮起して、他の子供達よりも早く図書室で本を貸し出し出来るようにしてもらったり、絵をいっぱい書いて教室に貼らせてもらったりして、何とか自分の尊厳を守ることは出来ました。それでも子供にとって学校に馴染めないのは生きていることの大半に馴染めないと云うことになります。そんな自分にとって救いは本とテレビくらいでした。

小学生の頃はウルトラマンの怪獣や宇宙人、仮面ライダーのショッカー怪人などの名前や特徴、武器や弱点などは出て来るそばから次々に暗記しました。それこそ怪獣博士などと呼ばれたこともありますが、それは褒め言葉だけではなく蔑称の意味合いも含んでいました。特に女子には全く理解のされないジャンルで、根が暗く薄気味が悪いと思われていたこともあったでしょう。直接言葉で指摘されずとも普段の態度から感じられました。大人に至っては云わずもがな。ウルトラマンは大好きでしたが好きになればなるほどに孤独になりました。孤独なんて格好良い文字面ですが、子供心にはずっしり重くのしかかって、心の隅っこの方からガサガサに枯れてくるんです。あの頃感じていた絶望的な気持ちを時折夢の中で追体験して、物凄く目覚めの悪い朝をたまに迎えます。

今ウルトラマンをじっくり観ると、何だかとっても辛く悲しい気持ちになる時もあります。でも改めて観てみて良かった。僕が生きてきた意味は誰にも説明出来ない気持ちを持ち得たところにあるのかも知れない。その気持ちに少しでも寄り添えるようにこれからウルトラマンについて書いてみます。最後に、ありがとう、ウルトラマン、ともう一度云うために。

末永くがんばりますのでご支援よろしくお願い致します♫