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日本人だけのスパゲッティ

僕の若い頃からの愛読書のうちの一冊、池田満寿夫著『男の手料理』(1989年初版、サンケイ新聞連載時期は1985年から1986年)に登場する料理を実際に作ってみようシリーズの第2回。いつシリーズにしたのかと思われましょうが、気まぐれにやるのであまり期待しないでください。ちなみにオマール海老やアワビなどの高級食材を使うのはパスします。今回は日本人だけのスパゲッティを作る。

中公文庫「男の手料理」

「われわれ(日本人)は白飯に生卵をかけて食べる。それがスパゲッティであって何故いけないか」と云うのが池田満寿夫先生の主張だ。生卵を白飯にかけるのは日本人だけ。だから生卵をスパゲッティにかけたのなら日本人だけのスパゲッティになると云う寸法だ。池田満寿夫先生はイタリアでカルボナーラに出会って、それに感動して自分でも作ったけれど、正規の調理法では上手くいったためしがないと仰られる。なので卵かけご飯の要領で作ってみたらどうかと云うことなのだ。なるほど。

この僕も実は何度かカルボナーラを作ってみたことがある。「超簡単」「失敗知らず」「絶対大丈夫」などのワードに誘われて挑戦してみたのだが、これまた上手くいったためしがない。どこで何をどう失敗したのかも判らないがとにかく失敗する。圧倒的な失敗。見事な失敗。でも池田満寿夫流であれば大丈夫だろう。そんな気がする。スパゲッティと云うからにはフェデリーニやスパゲッティーニではなくちゃんとスパゲッティにしてみようと云うことで、ディチェコの1.9mmスパゲッティを使用。

スパゲッティを茹でる。僕は若い頃スパゲティ(自分寄りの表記はスパゲッティではなくスパゲティ)をメインで出す飲食店でアルバイトをしていたと云うのを書いたことはなかったか。なかったかもしれない。半年くらい厨房に入ってタラコやらナポリタンやらバジリコやらボンゴレやら色々なスパゲティを作った。基本茹で上げがウリ(渋谷『壁の穴』系)のお店であったので、茹で上げのスパゲ(略称はスパでなくスパゲが気に入っている)の扱いはそこそこ慣れているつもりだ。スパゲを茹でる時間を計ったことはあまりない。大体そろそろかなと思ったら1本味見してみた様子でそろそろなのかまだもうちょっとなのか判断し、茹で過ぎは禁物なのでそこそこ緊張感を持って鍋の近くにいるようなスキルを得ることとなった。具材や味付けの組み合わせで大体40種類くらいは作れるようになっていたのではないかと思う。たった半年のバイトだったけど一生重宝する経験を得られてラッキーだ。まあそんなこんなでもうすぐスパゲが茹で上がる。

ステンレスの皿にお湯をいれてちょっと温めておく。生卵も冷蔵庫で冷え冷えだったので一緒にちょっとだけ温める。スパゲが茹だったらよく湯切りをして皿に入れ、生卵を落とす。

日本人だけのスパゲッティ、ほぼ完成。味付けは塩だけでよろしいと池田満寿夫先生が仰るので本当に塩だけ。

全体によく混ぜる。シンプルこの上ナシ。この生卵をバターに置き換えた塩バタースパゲティは人生でかなりの回数食べた。スパゲティがマカロニのことも多いが、得られる満足度はスパゲとマカロニでは全く違う。スパゲは抑制が効きやすい(効かないこともある)が、マカロニは抑制が効きにくい(効くことはまずない)。塩をコンソメ顆粒に置き換えるとこれがまた危ないのだ。

以前にも書いたかも知れないが、世界ビックリ何とかかんとか大集合のようなテレビ番組に、アメリカの方で体重が200Kgだ300Kgだと云う方が出ておられて、その方々が食べておられたのがまさにそのマカロニを茹でて塩とバターで味付けをしただけのヤツで、それが入った巨大なボウルを抱えながら延々と食べておられたシーンを思い出す。ああこれこそが危ない食べ物なのだと戦慄を禁じ得なかったが、ウマイのだよねこれが。シンプルだからこそ飽きも来ないし、本当に延々と食べ続けていられる。日本人だけのスパゲッティはどうであろうか。

ウマウマウー。うむ、ウマイとは思うが何か引っ掛かりが足りないような気もする。ちょっと単調すぎる。塩気が浮いてしまっているようで上手く馴染まない。もう少し何かがあればより満足度が高まる。それならば後がけ出来るアイテムを加えてみよう。

粉チーズの出番だ。昔々のその昔、僕たちが若かった頃、喫茶店やファミレスでスパゲティを頼むとみんな〇〇みたいに粉チーズをかけまくったものだ。スパゲの上に山になるくらいかけて、店員さんを呼んで「すみません粉チーズなくなったんですけど」と新しいのを持ってこさせて、またどしどし振りかけていたなんて本当に言語道断のことをやったりしたのを思い出した。反省しています。最近の若い方々はタバスコを凄く振りかけるようですね。僕たちはタバスコ1本分かけて罰ゲームなんてやりましたが、今はそれが罰でも何でもなくてどぼどぼかけちゃう人いるんですってね。どうでも良い話が長くなりました。すみません。粉チーズかけましょう。

自分ちの粉チーズですから、たっぷりと、心置きなく。

ウマウマウー。味わい的にはまとまった。塩味がチーズの旨味と繋がって浮かなくなった。これはこれで良い方向性であるとは思うが、日本人だけのスパゲッティではなくなってきた。日本人だけと云う鎖国的な方面に持って行きたいのなら生卵に醤油のセレクトだけど、それは何となく気に食わない。元々が池田満寿夫先生がカルボナーラを作ろうとして、どうも上手くいかなくて、それで生卵で日本人だけでどうだと問うていたのであるから、僕も最初からカルボナーラの方を向いても良いのではないかと考えた。思い付いたことがあるのでやってみる。

日本人だけのスパゲッティ、改。ベーコンを細切りにして少量のオリーブオイルと炒めておいたのを、茹で上げて湯切りをしたスパゲッティと和えて、生卵を落とす。

よくかき混ぜて出来上がり。この時点でのベーコンの塩加減が判らないので、味付けの塩はまだ控えてある。

ウマウマウー。なんだなんだなんだピュンピュン丸ではないが、なかなかのカルボナーラ方面ではないか。塩やら粉チーズで整えたらもう絶品に近いのではないだろうか。いや、ちょっと待て。ここで日本人だけと国粋主義方面には行かずとももっと和風の要素を加えられないだろうか。醤油じゃない。何かないかと考えた時に、ふと思い付いた。

ふき味噌どうですか。ふき、日本原産ですし、日本人以外は食べないでしょ。食べるのかな。どうだろう。子供の頃に大の野菜嫌いだった僕が、ふきはなぜか食べられたのだ。食べられたどころか好きだったくらいだ。おじいちゃん(母方の)が鍋で煮ていたふきがあまりにも良い匂いがしたので、ちょっと食べさせてもらったら(そんなチャレンジもたまにはしたのだな)僕的にゴーサインが出た。黒いきゃらぶきも好きだった。そんなわけでふき味噌を急遽日本人だけのスパゲッティに参加させてみた。

ウマウマウー。でもこれはタイトルが絶対に違う。ふき味噌とベーコンと生卵のスパゲティだ。クリームやラッシュでなく、エマーソン・レイク&パーマーやベック・ボガート&アピスだ。他にジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスやフランク・マリノ&マホガニー・ラッシュのパターンもあるが今はトリオバンドの話は置いておく。チャンバラトリオが4人編成だったことにも触れずにおく。ふきの話はまた別の機会に譲るが、ふき味噌とスパゲティはナイスマッチでした。

名古屋「めん亭はるもと」の麺

スパゲッティではなくなるが、名古屋「めん亭はるもと」の麺に生卵を落とすとどうなるだろう。気になって気になって夜眠れなくなったので(ただの正月的自堕落による昼夜逆転とも云う)実践してみた。お正月は実践が多かったので気持ちは満ち足りたが体重も増えた。

日本人だけのはるもとの麺。なんだそりゃ。生卵の黄身も潰れた。さっさと混ぜないと麺がくっつくので早く早く。

混ぜました。基本に立ち返って、池田満寿夫先生の仰る通りに味付けは塩だけ。ちなみに塩は粗塩。どこにでもある塩です。

ウマウマウー。池田満寿夫先生に申し上げます。これは釜玉と云うヤツです。昔からあった云い方かも知れませんが、僕には馴染みがなかった。そしてこれがビックリする程にウマイ。茹でた麺に生卵を絡めるだけのシンプルな成り立ちなので、麺がどうであるかによって完全に決まってしまう。結論としてはるもとさんの麺がヒジョーにウマイ。今までもウマイとは思っていたけれど、この食べ方でまた衝撃を受けた。味付けは塩だけなのに全く物足りなさがない。麺が旨く、甘く、香り高く、豊か。ひゃー。蒸したり急冷したり煮たり炒めたり色々やらせてもらいましたが、釜玉サイコーじゃないですか。日本だけでなく、世界に広く申し上げます。釜玉サイコーです。釜玉ブラボー

ウマウマウー。それにしてもウマイ。魂が洗われるような気持ちになる程にウマイ。これ、もしかしたら扱い的には生パスタなんてことになるのでしょうか。そんな風に見えないこともない。この釜玉系はまた色々とやってみたいと思います。また旅か。釜玉の旅。そんなに遠くに行かないように気を付けます。そんなわけで日本人だけのスパゲッティは底抜け脱線しました。池田満寿夫先生すみません。次回の『男の手料理』はカキの天ぷら丼をお送りします。どうぞお楽しみに。

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