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マカロニほうれん荘【第1巻】

マカロニほうれん荘 第1巻』昭和52年(1977年)11月10日初版。僕が持っているのは平成23年(2011年)5月25日61版。人類史上に燦然と輝く第1話から14話を収録。もう表紙からして鴨川つばめワールド全開。凄いパワーと圧倒的なスピード感。この内容を以て狂気と評する方もおられた(ように記憶している)が、僕はそうは思わない。様々なカッコイイと様々なカワイイと様々なイヤラシイ妄想と愛と笑いと音楽と不条理と飛躍がギュウギュウに詰まったおせち料理なのだと思う。決して豪華なコース料理や満漢全席ではないし、デカ盛りの丼やマシマシのラーメンでもない。お正月のおせち料理こそが『マカロニほうれん荘』と相対するに相応しいと考える。特に初期の作品(第1巻〜3巻)は読んでいて大変にめでたい気持ちになる。お雑煮に添えられた柚子一片の香りのように格調高く、殊の外めでたい。

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※以降、登場人物や設定等は皆さんご存じのこととして話を進めます。

何かが生まれて順調に育ってゆく様を見守ること程に楽しいものは少ない。最初はまだ角張った顔をしていたきんどーちゃんが第1巻の終盤には輪郭の角が取れて丸くなり、目よりも口(くちびる)が最重要パーツに変化してくる。トシちゃんは最初仰け反り気味のことが多かったのが、だんだんアゴを引いてこちらに正対するようになる。絵が安定してくるのと相対してエピソードの脱線具合が異次元的になってくる。各話の大筋よりも、脱線の方が重要だ。

最初の大いなる飛躍は第2話でトシちゃんがゴジラになって放射能を吐く場面。その横できんどーちゃんがミニラになって丸い輪っかの放射能を吐いている。コスプレでなく変身(後にコスプレの一種であると仄めかす話も登場するが)なのだ。この後は誰彼となく登場人物は変身するようになる。その後はトシちゃんが銭湯で身体を洗いすぎて骨だけになってしまったり、盗んだ戦車で高校に登校したり、ありとあらゆる飛躍が描かれるが、極めつけの飛躍は第12話でのトシちゃんが分身してありとあらゆるお化け屋敷の妖怪に扮している場面。それまでも単体の分身(銭湯での半魚人とネッシー)はあるが、突然膨大なバリエーションと共に分身したのだ。このシーン、このコマの破壊力は凄まじい。僕は魂を撃ち抜かれたような気持ちになった。まさにトシちゃん感激が100%花開いた瞬間だ。悪ふざけをするならここまでやらなくてはいけない。変身して分身してぶち壊す。今までの常識や思い込みを一気に覆されたような気がした。この想いは今でもしっかり心の中にあって、どうせやるなら徹底的にやると云うのが自分の中に強く焼き付けられたのだった。

僕は中学から高校にかけて、音楽を聴くのもギターを練習するのも徹底的にやった。中途半端なことをしていたらトシちゃんにもきんどーちゃんにも申し訳が立たないと真剣に思った。後に根本敬さん著の『因果鉄道の夜』で「でもやるんだよ!」のフレーズに出会うまでは、僕の根拠のない心の推進力は『マカロニほうれん荘』から得ていたように思う。心から感謝したい。

でも更に本音を云えば、僕が『マカロニほうれん荘』に心酔した要因の一つは、中学生の僕を本気で狂わせるようなお色気シーンがいっぱいあったのだ。まだ連載第2話なのにその冒頭で、そうじくんの妄想の中にかおりちゃんうふん♥️と下着姿で登場。これだけでビリビリとシビレるでしょ。どうでしたか。そうではなかったですか。第1話できんどーちゃんうふん♥️とやってましたけどね。昭和の時代はテレビでボインやポロリはかなりの頻度で登場したし、街角にはポルノ映画のポスターも臆面もなく張ってあった。でも現在のようにインターネットで身も蓋もないのが誰でも閲覧出来る時代ではなく、限られたお色気表現の範疇で中学生(もっと云えば小学校高学年から)は膨大な妄想と共に悶々としていなければならなかった。それを少年漫画雑誌でかなり克明にうふん♥️とやられたのでそりゃシビレますわな。『マカロニほうれん荘』には今だったらセクシャルな表現としてちょっと問題になるシーンもあちこちにあって(「バミューダトライアングル」「痛くない痛くない」「その前にちょっとお仕置きを」)、あまりそこを深く掘ると余計なものを召喚しそうなのでこの辺にしておこう。エロイムエッサイム。とにかくお色気は重要だった。僕にとっては特に。そして過去形でもなく。

そして今読み返すと『マカロニほうれん荘』には軍服や兵器などの描写が大変に多い。そうしたものにあまり興味がなかった僕なので気に留めなかったが、多い。僕たちが子供の頃は戦争やそれにまつわる事物が身の回りに普通に存在していた。映画でも、テレビでも、漫画でも、おもちゃでも、子供達の遊びでも、口ずさむ歌でも。だからそうした描写が多かったことを別段どうこうと申し上げることはしないが、ああ日本は反省しなかったんだなと、今になって深く思う。

マカロニほうれん荘』にロックミュージック的な描写が最初に認められるのが、第3話の扉絵にあるキッスのコスチューム。そして第3話内のジュリー(沢田研二さん)とランナウェイズ(シェリー・カーリー)。第5話にはクイーンの4人のメンバー全員が学生服を着て学生として登場。第8話にはレッド・ツェッペリン、エアロスミス、ZZトップ、ディープ・パープル(多分)、ポール&リンダ・マッカートニー、ベイシティ・ローラーズ、ジェフ・ベック(多分)とチョイ役ながらも大挙登場。お色気シーンと同等に中学生の僕をワクワクさせてくれた。この後もロック的な表現はなるべくピックアップして行こうと思う。

僕にとっての第1巻のベストシーンはどこかと考えた。やはり181頁のお化け屋敷と、157頁の「木に縞線」のくだりがベスト。おめでとうございます。次点は174頁の「今日はおまつりだったのか」からのホームドラマ的展開と129頁の「かまっ」「きりっ」の辺り。他にも心に残る名場面が目白押し。『マカロニほうれん荘 第1巻』には夢と希望と期待感が溢れている。どんなアーティストにとってもファーストアルバムは大切なもの。それが不完全なものであろうとも、いや不完全だからこそ、いつまでも美しく、限りなく切ない。

末永くがんばりますのでご支援よろしくお願い致します♫