ディケンズ『クリスマスキャロル』訳注つき和訳:第1節より甥との会話の場面

和訳第5弾。スクルージと甥の会話の場面です。既存訳にしっくりこなかった人の参考になれば幸いです。直訳風だと分かりにくい箇所は意訳しています。間違いを見つけたらぜひコメントください。

スクルージはビジネスマンとして金銭に価値をおき、甥は精神的な豊かさに価値をおく。その価値観の対立が面白いし、良く読むと色々と伏線になっています。スクルージが甥を拒絶する理由が作品内では説明されていません。仲の良かった妹が体が弱く大人になってから亡くなったことが小説内に書いてあることから推測すると、甥の出産が原因で妹を亡くし、そのために甥を嫌っているのかもしれません。

他の箇所の翻訳も含めて以下のマガジンに、まとめてあります:

(最終更新日2022/7/29)

翻訳本文

翻訳箇所の原文冒頭
“A merry Christmas, uncle! God save you!” cried a cheerful voice.

「おじさん、メリークリスマス!神のご加護がありますように!」元気な声がしました。スクルージのおいの声です。その声がして初めて入ってきたことがわかるほど、彼はとても素早くやってきました。
「ふん、くだらない!」スクルージは言いました。
 スクルージの甥は霧と霜のなかを急いで歩いて体が熱くなっていたので、全身が赤くほてり、顔は血色が良く見映えがして、目はきらめいていました。そして、白い息をもう一度吐きました[*訳注1]。

*訳注1 スクルージが部屋の温度をあげないので部屋でも寒くて白い息だったと思われる。

「おじさん!クリスマスがくだらない?」スクルージの甥は言いました。「そういうことではないですよね?」
「そういうことだ」スクルージは言いました。「メリークリスマスだと!何の権利がおまえを楽しく[*訳注2]させるんだ?どんな理由がおまえを楽しくさせるんだ?おまえは貧しいだろ、十分にな」

*訳注2 「楽しく」の箇所は原文では"merry"であり、メリークリスマスのメリーに掛けている。

「ねぇ、それなら...」甥は陽気に言い返しました。「何の権利がおじさんを陰気にさせるんですか?どんな理由がおじさんを暗くさせるんですか?おじさんはお金持ちですよね、十分に」
 スクルージは、うまい返しがとっさに思い付かず、また「ふん!」と言いました。続けて「くだらない」と言いました。
「おじさん、そんなに不機嫌にならないでください」甥は言いました。
「他に何ができる?」スクルージは言い返しました。「こういうバカな連中と同じ世に生きているというのに。メリークリスマスだと!メリークリスマスなんてなくなってしまえ!クリスマスの季節には、お前に何があるんだ?手形の決済の時期ではないか、金もないのに。ひとつ歳をとり、一時間だって得にならないと気がつく時期ではないか。帳簿をしめてすべての項目が一年を通じてだめだったとお前にわかる時期ではないか。もし、おれの思い通りにできるなら」スクルージは憤慨して言いました。「メリークリスマスを口にするすべての間抜けどもは、そいつらのプディング[*訳注3]と一緒にゆでて、心臓にヒイラギを突き立て埋葬してやる。そうするべきだ!」

*訳注3 クリスマスプディングのこと。イギリスの伝統的なクリスマス料理。葉のついたヒイラギの小枝を上に刺して飾る。

「おじさん!」甥は訴えかけました。
「わが甥よ!」スクルージは厳しく返事しました。「おまえは、おまえのやり方でクリスマスを祝え。おれは、おれのやり方で祝う」
「祝うだって!」甥は言い返しました。「祝わないくせに!」
「おれのことは放っておいてくれ」スクルージは言いました。「たくさんのすばらしいことがおまえにはあるんだろう!今までもあったんだろう!」
「金銭的な利益にならなくても、すばらしいことはたくさんあります。あえて言うと」甥は言い返しました。「そのひとつがクリスマスです。クリスマスの季節がやってくるといつも思うんです。神聖な名前や起源からくる崇高さを別にしても、それらをクリスマスからすべて取り除いたとしても、クリスマスの季節はやっぱりすばらしい季節だなって。優しく、寛容で、慈悲深く、喜びに満ちた季節です。僕の知る限りですが、長い一年の暦のなかで男も女も気持ちをひとつにし閉ざされた心を解放して自由になったように思える唯一の季節だし、自分より下層の人たちを違う旅路を行く別の生き物とはせずに同じ墓場へと向かう旅の真の仲間であるかのようにみなす唯一の季節です。おじさん、金や銀の欠片かけらが決して僕のポケットに入ることがなくても、そうしたことは僕にとってすばらしいことだし、これからもすばらしいことであると信じています。だから言います、神の恵みがありますように!」
 “貯水タンク”[*訳注4]にいた事務員は思わず拍手しました。やらかしたと思って、火を突っつきましたが、最後の火の輝きを消してしまいました[*訳注5]。

*訳注4 原文は"the Tank"で事務員がいる仕事部屋のこと。初出箇所では"a dismal little cell"(暗い小部屋)であり"a sort of tank"だと表現されている。
*訳注5 文字通り解釈すると暖炉の火の扱いのことだが、スクルージの怒りを買ってしまったことの比喩的表現だと思われる。

「もう一度そんな音が聞こえてみろ」スクルージは言いました。「無職でクリスマスを祝うことになるぞ!さて、あなた様は、実にご立派な演説家でいらっしゃいますな」甥に向かってつけ足しました。「どうして国会議員におなりになられないのでしょうか?」
「おじさん、怒らないでください。お願いです!明日の夕食を一緒にしましょう」
 スクルージは「あとで会おう」と言いました。はい、本当に言いました。これには続きがあって、最後の言葉まで含めると「あとで会おう、あの世でな[*訳注6]」と言ったのです。

*訳注6 原文は"in that extremity"であり地獄を指すが、話の流れからは「死んだら会ってやる」=「生きているうちは会わない」と言いたいだけと解釈して訳した。

「なぜなんです?」甥は叫びました。「なぜ?」
「なぜおまえは結婚した?」スクルージは言いました。
「恋に落ちたからです」
「恋に落ちたからです、だと!」スクルージはうなり声をあげました。まるで、それがメリークリスマスよりもばかげた世界で唯一のことであるかのように。「さようなら!」
「いやですよ、おじさん、それに、結婚する前にも絶対に会いに来てくれなかった。結婚が、なぜいま会いに来てくれない理由になるんですか?」
「さようなら」スクルージは言いました。
「僕はおじさんから何かもらいたいわけではありません。おじさんには何も求めていません。なぜ僕らは仲良くなれないんですか?」
「さようなら」スクルージは言いました。
「そんなにも頑固だとわかって心から残念に思います。仲良くしたかったから、いままでずっと口げんかしてこなかったのに。クリスマスに敬意を表して挑戦は続けます。最後までクリスマス気分でい続けます。では、おじさん、メリークリスマス!」
「さようなら!」スクルージは言いました。
「それと、ハッピーニューイヤー![*訳注8]」
「さようなら!」スクルージは言いました。
甥は、怒りの言葉を残したりはせずに部屋を去りました。

*訳注8 日本とは異なり「Happy New Year」は年末の「良いお年を」と年明けの「新年あけましておめでとう」の両方ともに使われる