ディケンズ『クリスマスキャロル』訳注つき和訳:第1節より寄付を募る紳士との会話の場面
和訳第6弾。寄付を募る紳士とスクルージが会話する場面です。直訳風では分かりにくい箇所は意訳しています。既存訳にしっくりこなかった人の参考になれば幸いです。間違いを見つけたらぜひコメントください。
当時のイギリスにおいて貧困者がどう扱われていたのかをスクルージのセリフを通して浮き彫りにする興味深い場面です。背景知識がないと単にスクルージが冷酷な人物にみえるだけになってしまいますが、そうではありません。
他の箇所の翻訳も含めて以下のマガジンに、まとめてあります:
(最終更新日2022/7/29)
“Scrooge and Marley’s, I believe,” said one of the gentlemen, referring to his list.
「こちらは『スクルージ&マーレー』でよろしいでしょうか」紳士の一人が一覧を見ながら言いました。「スクルージさんとお話できることを光栄に存じます。いや、マーレーさんでしょうか?」
「マーレーは亡くなって7年になります」スクルージは返事をしました。「ちょうど7年前の今日の夜に亡くなりました[*訳注1]」
*訳注1 マーレーをクリスマスイブに失ったということ。スクルージがクリスマスを楽しめない理由のひとつと考えられる。
「残された共同経営者であるあなた様により、故人の寛大さが示されることになんの疑念もありません」紳士は信任状を示しながら言いました。
確かに二人はとても気の合うもの同士でした。スクルージは、「寛大さ」という不吉な言葉に眉をひそめ、頭を振り、信任状を返しました。
「スクルージさん、一年のなかでこの祝祭の季節には」紳士はペンを手に取り言いました。「貧困者、困窮者、それら現状にとても苦しんでいる人々のために、わたしどもがわずかでも支援すべきであると普段以上に望まれているのです。日常の品にこと欠く人々が何千人といます。当たり前の快適さを望む人々が何十万人といます」
「監獄[*訳注2]はないのですか?」スクルージは尋ねました。
「たくさんの監獄があります」紳士はペンを再び横に倒しながら言いました。
*訳注2 重労働があるとはいえ監獄に入れば屋根つきの寝る場所と食事が確保できる。本作が出版された1840年代では囚人の四分の一が再犯だったという。
「連合救貧院[*訳注3]は?」スクルージは問いただしました。「いまでも運営されていますか?」
「いまだに運営されています」紳士は答えました。「そうでないと言えればよかったのですが」
*訳注3 救貧院(workhouse)とは、社会的弱者に無償で住みかを提供する施設。当時は新救貧法のもとで教区連合(Union)ごとに運営されていた。食事は貧しく、制服着用、労働の強制などがあり、貧困者の監獄とも呼ばれ、お世話になりたくない施設と見なされていた。
「踏み車の刑[*訳注4]や救貧法[*訳注5]は、きちんと機能していますか?」スクルージは言いました。
「ともに大忙しです」
*訳注4 囚人に強制労働させる道具である踏み車を使った刑。何時間もぶっ通しで労働させられたという。
*訳注5 本作の初出版が1843年なので、1834年にイギリスで制定された改正救貧法(新救貧法)のこと。貧困者を救済する法律ではあるが、働けるものには労働を強制させた。また、老人などの一部を除き院外での救貧を全廃した。
「そうですか!あなたが最初にあんなことをいうものですから、何かが起きてそれらが役に立たなくなったのかと心配しました」スクルージは言いました。「それが聞けてとても安心しました!」
「それらが人々の心あるいは体へ、人間的な喜び[*訳注6]をもたらすとはとても思えません」紳士は言い返しました。「そこで、わたしども数人は、貧しい人々のために食べ物と飲み物と暖かくするものを購入する資金を集めようと努力しているのです。この時期を選んだのは、他の時期とくらべて、貧しさが厳しく感じられ、豊かさに喜ぶときだからです。あなた様のことはなんと記入いたしましょうか?」
*訳注6 「人間的な喜び」とした箇所は原文"Christian cheer"であり、キリスト教の隣人愛にもとづく人間的な喜びといった意味あいだと思われる。
「無しで」
「ご希望は、匿名ということでしょうか?」
「希望は、わたしを放っておくことだ」スクルージは言いました。「何が希望かを尋ねるなら、それが答えだ。わたしはクリスマスに楽しい気分になりはしないし、暇な連中[*訳注7]を楽しくさせる余裕もない。さきほど名前をあげた施設への援助になら貢献している[*訳注8]。それらには十分に金がかかるんだ。そういった暮らし向きの悪い連中は、そこへ行くべきだ」
*訳注7 当時の上層の人々の間には、貧しさとは怠けて努力が足りないからだという考え方があった。本作第二節で触れられているがスクルージは貧しいところからスタートしているので、自分は様々な苦労と努力をしたからこそ富を得たと考えていたと思われる。
*訳注8 皮肉っぽく、税金を支払っていることを寄付による援助をしてるかのようにいったと思われる。
「多くは入れません。また、多くはそこに行くなら死んだほうがましだと考えています」
「死んだほうがましだと思うなら」スクルージは言いました。「すれば良い。そうすれば、余剰な人口を減らせる[*訳注9]。それに、いいですか、そんなことはわたしの知ったことではない」
*訳注9 産業革命により生じた都市化と急激な人口増加という社会問題が背景にある。マルサスの『人口論』の影響を受けていると思われる。
「では、知ってみてはいかがですか」紳士は提案しました。
「わたしには関係ない」スクルージは言い返しました。「人は、自分がすべきことがわかっていれば十分だ、他人に干渉したりせずに[*訳注10]。わたしはわたしがすべきことで手一杯なんだ。両紳士よ、お引き取り願おう[*訳注11]!」
*訳注10 ここの一文は当時の「自助の精神」を皮肉った発言と思われる。自助の精神については、サミュエルの『自助論』が参考になる。この本の序文の一文を訳した「天は自らを助くる者を助く」は有名。
*訳注11 原文は"Good afternoon"だが意訳した
紳士たちは自分達の目的を追い求めても無駄なことがはっきりとわかり、引きあげていきました。スクルージは自分をほめて普段よりも愉快な気分で仕事を再開しました。