[野球] 追悼・野村克也

プロ野球 野村克也さん死去 84歳 戦後初の三冠王

 私が野球を好きになるきっかけとなった人。現役時代からいろいろ思い出は尽きないけど、阪神監督時代が1番楽しかったかな。著書は主だったものはすべて読んだ。野球だけに限らず、いろいろ影響を受けました。そんなノムさんの追悼文を書こうとしたが、書くことが多すぎて全然まとまらない。

 ニュースサイトを見ていると、いろんな現役選手やOBの追悼コメントがどんどん流れてくる。片っ端から読むうち、涙腺が緩くなって困った。その数の多さは、最近の物故したどのプロ野球関係者よりもけた外れに多い。いや、もしかしたら過去最多かもしれない。もちろん通り一遍の型通りのコメントもあるが、多くが「野村さんに会わなければ今の自分はない」「自分の野球人生で最大の恩人」「野村さんの教えは今でも自分の中に生きている」といった最大級の賛辞と感謝の言葉。単なる技術じゃなく、人としての生き方を教えてもらったと言っている。ヤクルトや阪神や楽天の教え子たちだけでなく、まったく接点がなさそうな工藤や井端、ダルビッシュまで同じように言っている。功なり名遂げた84歳の老人の教えが、彼らの中にしっかりと残っているのだ。

 ノムさんの金言は多いけど、一番印象に残っているのは「金を残すは下、仕事を残すは中、人を残すは上」という言葉。たぶんノムさんが考えたんじゃなく、有名な財界人の言葉とか中国の古典とか、そういうところから引用してきたんだと思うけど、要は、人間にとって一番価値のある、大事な生き方とは何かという話。これだけ財産を残した、これだけの仕事をしたとか自慢してるようじゃまだまだ二流三流。自分の後継者として、立派な人材を育ててこそ、人間として価値のある、一流の仕事をしたと言えるのだということ。

 今のプロ野球監督の半分(辻、三木、栗山、矢野、高津、与田)が、ノムさんの監督時に選手として薫陶を受けている。コーチや解説者、あるいはアマチュアの指導者まで入れれば、その数はさらに膨れあがる。そしてノムさんの場合、著書の数がやたらと多い。つまりノムさんと直接の接点がなくても、面識がなくても、プロ野球選手でなくても、いや、野球とは全く関係のない仕事をしていても、その著書を通じてノムさんの薫陶を受け、人生に多大な影響を受けた人は、たぶん我々が想像するよりはるかに多いはずだ(もちろん私もそのひとり)。選手としては全く接点がなかった工藤公康が「野村さんの著書は全部読んだ。それが僕の野球観のすべてを作った」と語っているのは、そのいい例だ。そうした「野村克也の弟子」が有名無名を問わず日本中にいる。それが野村克也の残した最大の業績なのだ。

 選手としてはもちろん、レジェンド級。弱いチームを何度も優勝に導いた名監督でもある。もちろん解説者、評論家としても超一流。だがそれらすべての業績よりも、数多くの人材や指導者を直接間接に育て、多くの人々の人生に影響を与え、野球の素晴らしさ、面白さを伝えてきた教育者・語り部としての業績のほうがはるかに大きいと、私は思う。

 ノムさんは評論家などユニフォームを着ていない元選手たちに会うと必ず「早く現場に戻れ」と説いていたようだ。「野村克也の弟子」たちが、指導者としてノムさんの考えや教えを、新たな弟子たちに伝えていくのを心待ちにしていた。そうして糸は繋がっていく。

 「伝統を受け継ぎ、次の世代に渡していくのがオレたちの役目だ」と言ったのはキース・リチャーズだけど、オレもそろそろそういうことを考える歳になったな、と考える今日この頃であります。

 ありがとうございました。安らかにお眠りください。

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通りすがりのヨッパライ。主に音楽に関する文筆業。野球はファイターズ。