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創作大賞2023・イラストストーリー部門投稿作「終末は神とワルツを」前編

こちらのイラストをイメージした創作小説になります。
先にイラストをご覧いただくとイメージがしやすいかと思います。

あらすじ
名門私立高校聖踏学園の女生徒、西園寺明美が死んだ。けれど、その生徒は翌日、息を吹き返す。何事もなかったように登校し、学園生活をおくる彼女に、学園の養護教諭、新田旭(にったあさひ)は疑問をもっていた。なぜならば、新田は西園寺が忌まわしい悪魔を呼び出す魔術で命を失ったことを知っていたからだ。しかも不登校だった彼女は活発で明るくクラスメイトとお喋りを楽しんでいた。まるで人が変わったように。
そして、ある日、西園寺明美が新田のいる保健室を訪れる。
話があるから、教室で待っていると。
妖しげな微笑みを浮かべて。
一人の少女の死から始まる、天使、悪魔、人間が入り乱れるファンタジーストーリー。

人物紹介
・新田旭(にったあさひ)
学園の養護教諭(つまり保健室の先生)。実は天界から追放された元天使。ある過去により数千年の時を経て人間を見守っている。元天使なので性別はない。今は都合上女性型。
・パルウス
新田の使い魔。いろいろ化けられるけど黒猫が多い。いつもは新田の机の上の招き猫の置物になっている。人型の時は少年。
・西園寺明美(さいおんじあけみ)
聖踏学園の3年生。悪魔を呼び出したため命を失う。
・水無瀬玲(みなせれい)
西園寺の親友。2年生の時に事故のため死去。
・神谷美香(かみやみか)
倫理教師。新田の天敵。
・シェムハザ
西園寺が呼び出した悪魔。



「間に合わなかった…!」

しっかりと施錠された窓ガラスに手を翳す。
するりと魔法のように鍵がスライドし、窓が開いた。
夜になってもまだ熱を孕む空気が、窓の内側に流れ込む。
レースのカーテンが揺れ、その間から目をそむけたくなるような惨状が闇の中から浮かび上がった。
そして何よりも鼻に付くのはむせ返るような血の匂いだ。
常人であれば、叫び声を上げるであろうその中に、一つの影が音もなく滑り込む。
フードから覗く髪色は金。月明かりに長くゆるやかにウェーブを描き透けるように輝く。
白く透き通った頬、涼やかな双眸は厳しく目の前のものを見つめていた。

「マスター…これ」
影の肩口が分裂して猫の形をかたどり、するりと足元に降り立った。
黒猫は、少年のような声で、マスターと呼びかけた人物をふり返って見上げた。
「ああ、間違いないな」
部屋の主である、少女はベッドと机のあいだのスペースに俯せに倒れ事切れていた。
その周りには血文字で描いた何処の言葉ともわからない円形の文字の羅列。
少女は自身の体をあらゆる箇所を傷つけて、自らの血でこの陣を描いたようだった。
金髪の人物が少女のもとに近づき、膝をついて顔を覗き込んだ。
静かに首を振り、もう何も映すことのない瞳の瞼をそっと手を翳して目を閉じさせた。

その時、金髪の人物は跳ねるように顔を上げた。同時に黒猫は身震いして主人の肩口に戻る。
階段を誰かが上ってくる足音、微かに聞こえる呼び声が近づいてくる。
マスターと呼ばれた人物は大きく息を吸い込んだ。長く長く吸い込む。眉間に皺が寄り、苦悶の表情を浮かべながらも続けた。
次第に、血文字の陣もそこら中に飛んだ血しぶきも全て消えていった。
息を乱し、膝をつく。

窓の外の闇の中に影が一つ消えたのと、部屋のドアが開けられたのは瞬き一つの差だった。

残ったのは、部屋の真ん中で冷たくなった少女だけ。

程なくして辺りは救急車両のサイレンが鳴り響き、夜の静けさは破られた。

けれど、既に姿を消した奇妙な来訪者の耳にはもう届かなかった。

水無瀬玲と出会ったのは、高校に入学してすぐだった。

自分の席の前に彼女は座っていた。
恐らく席が近くなければ彼女と親しくなる機会はなかっただろう。
それほどまでに自分と彼女の性格は、そしてとりまく世界は真逆だったからだ。
誰とも会話をする気のない自分は中学のときと同じように本を読んでいた。
突然、追っていた文字が長い指に遮られる。驚いて顔を上げると、悪戯を見つかった子供のような、くりくりとした二つの澄んだ目と目が合った。それはとても綺麗だった。
そして彼女は言ったのだ。
「ね、そんな本を盾みたいにしてないで、ちょっと話そうよ」
その言葉にひどく動揺させられた。
本に集中しているふりをして、周囲の会話や空気の気配を探っていた自分を言いあてられたようだったからだ。

それから、玲と他の何人かのグループと行動を共にすることになった。
玲は明るくいつも輪の中心にいた。
短く切った髪、長く細い手足。自由で美しい獣を見ているようだった。眩しかった。
でも、それは玲の一面にすぎないことは、次第に少しずつわかりはじめる。
玲は自分にだけ秘密を打ち明けることがあった。
活発で行動派だった彼女は、イメージと違って本を読むことを好んでいた。自分しか知らないと思っていたマイナーな小説家で意気投合したこともある。
その著者の彼女の持っていない本を貸したことがあった。
渡した本をまるで宝物のように抱きしめてやや大げさに感じるような感謝の言葉を言われ驚いた。
そんなに好きなら買えばいいのにと言った時だ。
少し躊躇しながら、彼女にしては珍しく目を逸らした。
「家、実はあんまり余裕なくてさ」と小さな声で呟く。
「このこと知ってるの明美だけだから。秘密ね」と恥ずかしそうに笑った。

それからだった、彼女が時折自分だけに零す話から、家庭環境があまりよくないことがわかったのは。
それでも、あんな悲劇につながることになるとは、その時は夢にも思わなかったのだ。

高校2年生の年末のことだった。
学校も冬休みに入った日の夕方、リビングでテレビを見ていた母親が「ねえ」と呼んだ。
「これ、あなたの学校の生徒じゃない?」
母の言葉に画面を見て、息が止まった。

交通事故。水無瀬玲さん(16)。無理心中の可能性。

慌てて玲の名前を呼び出して通話ボタンを押すが、無機質なアナウンスが繰り返されるばかりだった。
母親が呼ぶ声を振り切って、外に出てみたものの、玲の家など知らないことに気付いた。
何処に行ったらいいかわからず、呆然とその場で立ちつくすしかなかった。

その時の不思議なほどに澄み渡った冬の青空だけ、何故か今でもありありと思い出すことができる。

学校に行くと、玲は交通事故で亡くなったと担任が告げた。
けれど教室のあちらこちらから「無理心中」という単語が囁く様に聞こえていた。
そのうち、ひと月、ふた月も経つと玲のことは、話にものぼらなくなった。一緒にいたグループの子たちでさえ、玲の話をするのは避けた。

まるで最初から水無瀬玲は存在しなかったように。

人間が環境に順応するためにあらゆる物事に「慣れる」という才能があることは分かっていた。
けれど、自分だけは水無瀬玲のいない世界に慣れることができなかった。
玲がいなかったように進んでいく日常に、吐き気を覚えるようになった。
最終的にほとんど学校には行けなくなった。

そんな時、この本を見つけたのだ。それは本当に偶然だった。

突然の夕立に駆け込んだ軒先は、小さな古書店だった。
カラカラという古めかしい引き戸を開けて、薄暗い中にそっと足を踏み入れる。
外は今だ雨が止む気配はなく、雷鳴が遠くに聞こえた。
明かりの少ない店内で、本棚のタイトルに目をこらした。
その中で、皮張りの箔押しの装丁に惹かれ吸い寄せられるように手に取ったのが、その本だった。
パラパラと頁をめくり、鼓動が早まるのがわかった。
これは、自分が知りたいことが書かれているという確信があったからだ。
急かされるように代金を払って、ずぶ濡れになるのも構わず、大事に本を抱えて家に帰った。

何故か、その店の場所も店主の顔も想い出すことはできない。

そしてついに時は満ちた。

暗い部屋で、古びた本を開く。
何度も何度も読んだから、もう中身を暗記しているほどだ。
月明かりを反射して銀色に光るナイフを掲げる。
恐怖はなかった。

玲がいなくなってから部屋の中でずっとずっと考えていた。どうして玲が死ななければいけなかったのか。玲のいない世界にどうして自分は生きなければいけないのか。
玲が死ななければいけなかったことに納得がいかなかった。許せなかった。
この苦しみを断ち切るには、答えは一つ。

玲は生きていなければならない。

ふと、別な面影が脳裏を過った。
数少ない学校に行った日に、唯一の居場所だった保健室の養護教諭。
白衣に長い金の髪をして、いつも薬草のような不思議な香りがしていた。
吐き気を堪えながら保健室に辿り着くと、いつも穏やかに迎えてくれた。
彼女の淹れる特性のハーブティーを飲むと、その日はよく眠ることができた。
学校において、唯一の自分にとっての安全地帯だった。
あの人は、悲しむだろうか。
今更そんなことを考える自分が少し可笑しかった。
やめる気など微塵もないくせに。

そうして、西園寺明美は、柔らかい皮膚にそっと銀の刀身を当てた。



名門私立高等学校、聖踏学園の会議室の空気は張り詰めていた。この字型に配置された机についた教員の誰しもが、戸惑いと動揺を抱えているのが伝わってくる。
その中で、新田旭(にったあさひ)だけは、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

学園の3年の生徒である、西園寺明美が亡くなった。

今朝早く保護者から連絡があり、職員室には衝撃が走った。授業は取り敢えず通常通り始業し、昼休みから緊急職員会議が開かれることになった。
新田の耳には校長の上擦ったような喋りが通り過ぎていく。

生徒へ余計な憶測を広めないように、早急に説明とケアを行っていくこと。
大事な受験期である。生徒を動揺させないように慎重を期する。
また、保護者への説明もしかり。
なんにせよ、西園寺明美は病死だったのだから…。

「病死」
その言葉に新田は鼻を鳴らした。
そうなるのが妥当だろうと思う。というか、自分がそうなるようにしたのだ。あの夜に全ての忌まわしい血塗られた痕跡を消したことで。
己の無力さを思い出し、思わず眉間に皺が寄った。
結果、病死となったとはいえ、自宅における不審死である。司法解剖に回されたのだろう。
通夜告別式はまだ未定のようだった。

肥え太った額の汗をハンカチで拭いつつ、不明瞭な説明を繰り返す校長を見ながら、溜息をつく。
西園寺明美は不登校だった。
2年生までは普通に登校をしていたが、ある時を境に学校に来ることが、いや教室に入ることができなくなったのだ。
ただ、自分がいる、保健室には月に何日かは通うことができていた。
おそらくこの学園内で彼女と一番接点があったのは自分だ。それなのに…。思わず膝の上の拳を固く握りしめた。

言葉を選びつつ話す喋り方は、校長の意図が透けて見えるようだった。
不登校という背景から、学園内のいじめや教師の責任など余計な憶測を広げたくないのだ。私立高等学校はイメージに傷がつくことをことさら嫌がる。入学者の減少はそのまま経営に影を落とすからだ。
しかも、以前にも学園の生徒が亡くなったという過去もある。原因は事故だったが。

長い話をただ聞いているのは苦行に近い。昨夜は「力」を大幅に消費したため、特に身体が重くひどく怠い。
油断をすると、休息を求める身体が休眠状態に入ってしまいそうだった。
さすがに、この会議で眠ってしまうのは不味い。

新田旭は人間ではない。
外見は、金色の長い髪、華奢な身体と手足といった20代後半女性形をとっているが、本来は性別もない。年齢に至っては、数千年を越える膨大な時を越えている。
この世界の言葉で分かりやすく言えば「堕天使」かもしれない。いや、「堕天使」にもなり切れない曖昧な存在。
天界から追放されて、かといって悪魔になるわけでもなく、人の傍で人のふりをして長い時を生きてきた。
天界では薬草を扱う職務だったため、薬や癒しの術を多少使えるが、その力も年々弱まっていることを感じていた。
それでも、その時、その時目の前の人間を助けてきた。
何故なら、遠い昔にある人と約束をしたからだ。

――お願い!あの子たちを守って…!

押し寄せる濁流。暗く深い水の底に沈んでいく身体。
伸ばした手は届かなかった。

「――では、そのように進めていただいていいですか? 新田先生聞いてますか?」

名前を呼ばれ、はっと追想から覚めて慌てて顔を上げると、複数の視線がこちらに向いていた。
勿論、話など聞いていなかった。
「えーっと?」
困ったような校長の横に、長身の女、倫理教師の神谷美香が軽蔑の眼差しをこちらに向けていた。
艶やかな黒髪は顎のラインで真っすぐに切りそろえられている。細いフレームの眼鏡。夏の暑い季節にもかかわらず、白いブラウスの袖のボタンはしっかりと止められている。タイトなスカートはひざ下。さすが風紀委員会顧問でもある、嫌味なほどの折り目正しさだ。

神谷がわざとらしく大きな溜息をつき、眼鏡を指で神経質そうに直す。
「校長先生、もう一度新田先生にお話してください。今後の生徒のフォローを私と彼女で進めるということを」
その言葉を聞いて思わず叫びそうになる。
絶対に嫌だ。
この倫理教師のことを新田は苦手だった。というか近寄るのさえ遠慮したかったのだ。なぜかはわからないが、この学校で初めて顔を合わせた時からそうだった。半径1メートル以内で見かけると鳥肌が立つほどだ。
その神谷と一緒に生徒のフォローをだと??
今度は、さっきとは別の理由で校長の話は新田の耳に入ることはなかった。

「新田先生、そんなに嫌がることないじゃないですか?」

神谷が可笑しそうに含み笑いをしつつ言った。

放課後。全ての授業は終了し、グラウンドから運動部の掛け声が聞こえてくる。
小会議室にて、新田は神谷と向き合っていた。
さっきのは神谷から一番離れた席に座った新田に対して発した言葉だった。
「それじゃあ、打ち合わせしにくいですよ」
「……いえ、充分できますから」
「仕方がないですねえ。新田先生子どもみたいですよ」

結局、二人しかいない会議室では、距離はあれども、会話は支障なく行うことができ
打ち合わせは問題なく終わった。

どちらにしても、二人で暫くは連携をとる必要があり、新田は始まる前からうんざりした。

「西園寺さんの件は、本当に残念でした」
「ええ…」
「とても素直で素敵な子だったのですが」
書類を揃えながら神谷が言った。
「実は最初は自ら命を絶ってしまったのかと懸念いたしました」
「はあ…」
「幸いに病死だったとのことでしたが」
幸い?
神谷の言葉に引っかかり、顔を上げた。
「自死では…救われませんから」
耳を疑う。
「自死だろうと、病死だろうと、西園寺が亡くなったことには変わりないでしょう…」
強めの語気で反論する。
「いいえ、全くちがいますわ」
ところが、神谷はそんな新田を意に介さず言い切った。
その目に迷いはなく、一筋の疑問を挟む余地もなかった。

その目を前に、新田は唐突に胃の腑から湧き上がるような強烈な嫌悪感を覚えた。言葉にならない、けれどどこか既視感がある感情だった。
何か反論したくても、喉は震えるばかりだった。

そうしているうちに、「では、明日から宜しく。新田先生」と言って、神谷はドアを開けてその向こうの夕闇に消えていった。

残された新田は、明日なぞ永遠に来ないことを願うばかりだった。

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