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ポルシェに乗った地下芸人.14

YU-TAはアキちゃんを打ち上げに誘いに来たらしい。

なるほど、こういうライブにも打ち上げというものがあるのか。そう思っているとアキちゃんが言った。

「ジョニーさんも一緒に行きましょうよ」

なんて可愛いやつなのだろうか。初対面のおじさんを打ち上げに誘ってくれるとは。見た目は気持ち悪いが、いいやつなのだ。

「お邪魔にならなければ、ぜひ」後輩芸人感を崩さないようにそう答えてみた。

「割り勘になっちゃいますけど、それで良ければ行きましょう」

YU-TAは粗末なジャージに着替えて言った。しかし、なんとも汚らしいジャージだ。ひざの生地がすり減って、ストッキングのように薄くなっている。粗悪な洗濯機しか持たないのだろう、生地は毛玉が満遍なくできていて、その毛玉さえくたびれていた。

カルボナールの2人も合わせて4人、テクテク歩く。打ち上げとはいえ、彼らの貧困具合を考えたらそこいらの激安居酒屋だろう。

そういえば、激安居酒屋なんて、前に行ったのはいつだっただろうか。そうだ、東日本大震災の日だ。

新宿の高層ビル群のあたりで仕事の打ち合わせをしていた僕は、大きな揺れを感じて建物の外に出た。大きなビルが小学生がいたずらに振り回す長い定規のように左右にしなるのを地上から見上げたのをよく覚えている。

交通機関が完全に麻痺し、夕方まで待ったが復旧の見通しが立たない。仕方なく徒歩で帰ろうとするが、革靴では高田馬場が限界だった。

車で現場を回ってるうちの会社の従業員に電話し、どうにか迎えに来てもらう事にしたが、都内の道路は全て大渋滞。何時間かかるか分からないらしい。

そこで、たまたま店を開けていた高田馬場の激安居酒屋で時間を潰す事にした。

ギリギリ在庫が残っていた既製品の下品な味がするナスの浅漬けと、ノンアルコールビールでひたすら待ち続けた。

たぶんその日以来の激安居酒屋だ。まあ、それも一興だなと思いながら粗末な身なりの若者3人に続く。

彼らはコンビニに入った。お金でも下ろすのだろうか。しかし、大した収入もないのに、なぜ手数料がかかるコンビニATMで金を下ろすのだろうか。前もって何万かまとめておろして財布に入れておけばいい。この辺が、貧乏人が貧乏人から抜け出せない生活習慣なのかもしれない。

YU-TAがストロングチューハイを手に取りながら僕を振り返り言った。

「ジョニーさん何飲みます?飲み物だけおごりますよ」

ん?どういう事だ?とりあえず彼が「後輩芸人である僕に飲み物をおごってくれるらしい事は分かる。

もちろん、彼の経済力からすると飲み物を人に買い与えるというのは思い切った決断なのだろう。

そうか、分かった。彼らは居酒屋での会計を安く済ませるために、コンビニでお酒を買って飲んでから行くのだ。一杯目を先に済ませる。なかなかの策士ではないか。

アキちゃんが後ろから声をかけてきた。

「ジョニーちゃん、おつまみは何買うんですか?」

まず2点。既に僕がジョニーちゃんと呼ばれるようになったようだ。

そして、おつまみ。こいつらは居酒屋前につまみまで食うのか。

そこで気がついた。この子達はコンビニで買い出しして、それで打ち上げを行うのだと。

油断していた。経営者特有の先読みと裏読みが完全に外れていた。なんたる事だ。そりゃそうである。彼らの身なりから推測される経済状況であれば、「外食」などするわけがないのだ。

さて、システムは理解できた。YU-TAには

「僕はクルマなんで、ソフトドリンクにします。このお茶おごっていただいていいですか?」

と、コンビニPBの安いジャスミンティーを選ぶ。にこやかに受け取りレジは向かうYU-TA。いいやつめ。

僕はおつまみを探す。彼らの腹を少しでも満たしてあげたい。プリングルスの長い方と6Pチーズをカゴに入れる。これは腹持ちがよいだろう。

それと、魚肉ソーセージを人数分。タンパク質もバランス良く与えてあげよう。

チータラはアキちゃんが手に持っている。だから乾き物はやめて、柿ピーのパーティパックを買ってあげよう。柿ピーを買うのも何年振りだろうか。

先程から一言もしゃべらないアイアン鉄雄は、素朴な坊主頭でチョコあんぱんとワンカップ焼酎を手にしている。こいつはこの組み合わせで酒を飲めるのか。なかなかやるではないか。

コンビニ袋を手にぶら下げて、僕たちは公園に向かった。人生で初めて、僕は公園で飲食をする。不思議か興奮が全身を包んでいた。



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