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ポルシェに乗った地下芸人.11

「よお、秋川、俺のネタどうだった?」

YU-TAはこちらにあどけない笑顔を浮かべて話しかけてきた。口調とは裏腹に好青年のような朗らかさを感じる。

「YU-TAさぁん、観てましたよぉ、面白かったですぅ」

甘えた口調で興奮気味に答えるアキちゃん。実に気持ちが悪い。

そしてアキちゃんは他の芸人のネタなど全く観ていない。ビルの裏手でネタ合わせもせずにスマホを眺めていたのだから。

まあ、YU-TAのネタはそもそも舞台袖で西野カナを歌っていただけなのだから、観るも観ないもないだろう。

一応フォローも兼ねて僕は言った。

「はじめまして、YU-TAさん、ネタ観てました。舞台袖で歌うだけっていうのすごく面白かったです。」

「そうですか。いやぁ、うれしいなぁ」とはにかむYU-TA。

当然僕の心には「ブリーフ一枚の奴が何はにかんでんねん」というスタイリッシュなツッコミが浮かんだが、今は口に出す時ではないような気がした。

得意げにYU-TAは続ける。

「この前はレミオロメンの3月9日を歌ったんですけど、あんまり手応えなかったんですよ。やっぱ西野カナが正解だったかぁ」

この青年は何を言っているのだろう。レミオロメンが不正解で、西野カナが正解だと確信を得たらしいが、意味がわからない。

まず彼は、このようなネタを日々やっている様子だ。舞台袖で歌うというパッケージに絶大な自信があり、何を歌えば笑いを取れるか仮説を立てて、こうしてライブで披露する事で検証しているのだ。

心の底から笑いが込み上げて、頬が上がるのを必死でこらえる。

とりあえずこの流れに乗ろう。「バラードよりミドルテンポの女性ヴォーカル曲の方が、お客さんに伝わるんでしょうねぇ」言いながら心の中では「伝わるって、何がやねん」と自分にツッコミをいれる。

またもYU-TAが満足気に言う。

「分かってくれましたか!!やっぱりお笑いって若い女性に伝わらないと売れていかないと思うんですよ!!」

ここで要点を整理してみよう。

まずYU-TAという青年は、お笑い芸人として売れようとしている。

次に売れるためには、若い女性層からの支持が欠かせないと認識している。

そして、レミオロメンよりも西野カナの方が適しているという仮説に至り、お笑いライブにおいて実地検証を行った。

検証の方法は、ブリーフ一枚にシューティングレガースを着用し、舞台袖で歌唱。舞台上には姿を出さない。

検証の結果、彼は西野カナに手応えを感じており、仮説が正しいという確証を得ている。

以上が、現在判明している彼の行動原理である。

これをYU-TAは真剣に言っている。ふざけている様子は見受けられない。いたって大真面目に、こんな寝言としか思えない事を言っている。

あまりにも素敵なYU-TAの思想に、僕は魅了されてしまった。

アキちゃんのもとへ、坊主頭の高校生のようなあんちゃんが来て言った。

「秋川、そろそろ出番だぞ」

彼はアキちゃんの相方らしい。一応挨拶をすると

「あ、カルボナールのアイアン鉄雄です。よろしくお願いします。」と律儀に頭を下げた。

アキちゃんと鉄雄は金属扉を開け、舞台袖へ入っていく。僕はYU-TAに話しかける。

「YU-TAさん、僕はまだお笑いライブ出るの2回目なんですけど、YU-TAさんはもう長くやられてるんですか?」

「高校出てから東京に来てライブ出るようになったんですけど、出始めて5年目ですかね」

手首にプロレスラーのようにテーピングを巻き付けながらYU-TAは答えてくれた。

彼は5年間お笑いを続けた結果、今こうしてブリーフを履いて西野カナを歌っている。舞台袖でだ。

すごい。どうしたら5年かけてこんな結論に至るのだろう。僕のジャーナリストとしての血が騒ぐ。

物事の経緯や発端に僕はとても興味を惹かれる。自分とは全く異なる生き方と価値観を持った相手に対する興味が湧いてしまうのだ。

YU-TAの事がもっと知りたい。しかし、あまりいろいろ聞くと怪しまれるのではないか。20代前半と思しき彼に、36才の僕がいろいろ質問したら確実に危ないやつだと思われる。

そこで、「新人芸人」のていで、先輩に教えを乞うスタイルで取材をしようと考えた。

「YU-TAさん、お笑いって難しいですよね。僕もYU-TAさんみたいに面白いネタができるようになりたいんですけど、どうしたらいいですかねぇ?」

このインタビューをきっかけに、僕らお笑いにのめり込む事になる。

皆さまの支えがあってのわたくしでございます。ぜひとも積極果敢なサポートをよろしくお願いします。