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夕木春央『十戒 』感想 ネタバレあり

前作『方舟』が衝撃的で、『十戒』も発売早々購入し、読了しました。

『方舟』『十戒』のネタバレを含みますので、知りたくない方は進まないでください(⁠ノ⁠*⁠0⁠*⁠)⁠ノ

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いや、犯人お前かよと。

私はてっきり、前作『方舟』で麻衣も死んだと思ってたんですね。

なぜなら、あんな温度の低い地下水の中を即席の装備で素人が長時間移動することはできないと思ったからです。
加えて真っ暗で障害物も多く、かなり難易度は高いはずです。
それこそ海上保安官とか、訓練を積んだプロでないと生還は難しいでしょう。

だから、麻衣は生き残ったように思えて、たった1人で死んでいくんだと思いました。
彼女は最期まで1人なんだなと。

麻衣を犠牲にすることに決めたメンバーの、生還できると思ってから真っ暗闇に取り残されてしまう絶望を想像すると、首のあたりがサーッと冷たくなります。

きっと、彼らはパニックに陥りながらもやがて状況を理解するでしょう。
柊一が真相を話すかもしれません。

酸欠なのか、餓死なのか…きっと楽には死ねないし、最期の瞬間まで無念で恨めしくて悔しくて仕方ないでしょう。

でも、彼らは1人では死なない。
恐怖も絶望も共有しながら死ねる。
1人で冷たいところでひっそり死ぬ麻衣とは違って。


と、『方舟』の結末を反芻しているところで『十戒』発売を知り、どこかでネタバレを目にする前にさっさと読んでしまいました。

私は最初、犯人がメンバー内にいる前提で物語が進むのに違和感を覚えました。
島の中に第三者を潜んでいたり、島外から侵入してくることも考えられるのに、「この中に犯人がいる」前提でクッションカバーの投票が提案されて、皆それを受け入れてる。

私は、存在しない犯人に怯えながら行動を律する彼らが、まるで神罰を恐れる信徒のように思えて、だから『十戒』というタイトルをつけたのかと思っていました。

真犯人はとっとと逃げおおせてるのに、残された人々だけが従順に戒律を守っていて、戒律を守るために殺人が起きて、また戒律が増える…。

見えない絶対的な力を持つものを恐れて、自縄自縛に陥る人々を皮肉った作品
ともすれば、宗教批判ともとれる挑発的な作品
なのかなーと思ってました。

しかし、実際は普通にその場にいた綾川が犯人で、やや肩透かしを食らいました。
えー…あんまり面白くないな、と。

正直、綾川が1人で犯行に及ぶには無理があります。
クロスボウを初めて射ったのに殺人に成功するわ、女性1人でゴムボートを運ぶわ、ナイフで男性の心臓を一突きするわ…。

いや、無茶苦茶じゃん。
無理があるよ…。

と、普通はそうなるのです。
(まぁ、ミステリー小説にリアリティを求めるのが違うのかもしれませんが。)

ただし、犯人の正体があの麻衣なら話は別です。
麻衣は生きることに尋常じゃなく執着していて、そのためなら全てやってのける女だからです。

これが綾川≠麻衣、全く別のキャラクターとして登場していたなら、正直、『十戒』は面白くありませんでした。

しかし、生き残ることに関してはチートの麻衣なら、こちらも納得せざるを得ないのです。
何ていうか、麻衣はそういう奴なんです。

例えばドラえもんが未来のひみつ道具で問題解決しても、誰も「未来とかおかしいでしょ!あり得ん!」とは、誰も思わないでしょう。

夕木春央が『方舟』『十戒』でやってのけたのは、麻衣というキャラクターを確立したことだと思います。

今後、夕木氏の作品を読む際にはついつい、コイツ麻衣なんじゃね…?と怪しんでしまいそうです。





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