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日記2〜最近好きな家事〜

最近好きな家事がある。ベッドメイキングだ。
これまで家事として認識していなかったが、眠る前に枕と掛け布団を整えるだけで、随分といい気持ちで眠れることに気がついた。

家事は生活の重要な一分野であり、自分を生かす活動という点で生活そのものと言ってもいい。自炊で腹を満たし、掃除で清潔を保つ。自分で自分の世話をしているようなもので、手間をかけた分だけの満足がある。自分が大切だから手間をかけるのではなく、手間をかけられたことで大切だと認識する。その効果は、生存に関係ない家事でこそ顕著である。靴を磨いたり、花を飾ったり、寝具を整えたりすることだってそうだ。

自分はものぐさなので、ベッドや布団は眠るためだけの道具ではなく、ただゴロゴロだらだらと過ごす居場所でもある。最も無防備でだらしないプライベートスペースである。だらけているとき、ベッドは寝具であることを休んでいる。そうすると、生存に不可欠な睡眠という行為と、だらける無為の線引きが曖昧になる。食卓で勉強したり、ソファで寝たり、トイレで本を読んだりしたときのように、目的を持った空間と行為があやふやになっていく。ミッドフィルダーがキーパーもオフェンスもやっているようなものだ。

ベッドメイキングをすることで、ベッドは毛布の雑然とした塊から、眠るための場所に姿を変える。それは眠るためだけの空間に改めて整える作業である。台所もソファもトイレも、それぞれ個別の目的と機能を持つ場所だ。生活の中で利用形態が混ざりあいファジーな存在になってしまうが、元来の機能通りに使用できたとき、ピースがハマったようなしっくり感がある。然るべきところを然るべき状態にして然るべきことをする。その然りが日常の中で溶けていくのを時々直してやる。毎日繰り返すベッドメイキングは、そのリズムを作るのにちょうどいい。

日常の中にリズムが生まれるとなんとなく良い。朝起きて仕事をして眠るという大きな三拍子の中に、食事や排泄や風呂や運動という小さな拍が刻まれる。ベッドメイキングもそういった小さな拍の一つだ。リズムがあれば、同じ繰り返しでも見方が変わる。ただ繰り返すだけの退屈ではなく、正確に時を刻んでいる心地がする。正しくリズムが刻まれているからこそ、時々の転調がダイナミックで面白く感じる。

とはいえ、この文章はベッドの上で書いているし、食卓の上は積読で溢れている。なかなかうまくいかないものだ。

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