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【エステバン・ヘルマン】来日する助っ人には珍しく俊足好打のリードオフマンタイプの巧打者は複数ポジションに複数の打順を打つユーティリティープレイヤーとして西武ライオンズの中で躍動したドミニカの永久欠番

割引あり

おはようございます。
日本で戦うために、海を渡ってきた
愛すべき助っ人たち。

今回はエステバン・ヘルマンを
取り上げていきます。

https://www.youtube.com/watch?v=jBM7rDuJYa8

1978年、ドミニカ共和国に生まれた
ヘルマンは、
サン・ペドロ・デ・マコリス高校を卒業した
1996年、アマチュアFAにより
オークランド・アスレチックスに入団し
プロ生活をスタートさせました。

1998年、1Aのアリゾナリーグで
打率3割7厘に、40盗塁をマークして
オールスターに選出されると
2000年には2Aにステップアップ、
迎えた2002年5月21日、ついに
メジャーデビューを飾ったのです。

2004年のシーズンオフ、
テキサス・レンジャーズへ移籍すると
3Aオクラホマシティ・レッドホークスを
主戦場として117試合に出場、
打率3割1分3厘、43盗塁を記録したのを
キッカケに
カンザスシティ・ロイヤルズへ
トレードとなった2006年シーズンは
開幕からメジャー入りを果たして
106試合に出場、3割2分6厘の高打率を
マークしました。

守備の方でもバッテリーとライト以外、
全ポジションを守るユーティリティーぶりを
発揮すると、
翌年もレギュラーとして121試合に出場しましたが
メジャー生活は長く続かず、
2008年に成績を落として
マイナー生活を送っていたところ、
2011年のシーズンオフ、西武ライオンズは
国内FA権を取得して日本人選手扱いとなった
ホセ・フェルナンデスの引き留めに失敗、
マルハーン、ブラウンといった両助っ人も
解雇した事から
4番中村の後を打つ人材を探していたのです。

身長175センチ、体重88キロと小柄ながら
優れた選球眼とミート力で
3Aにおいて毎年コンスタントに
打率3割近くをマークしていた
ドミニカンに白羽の矢を立てると、
どこでも守れる器用な俊足助っ人は
海を渡ってきたのでした。

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