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クリスマスね

 年の瀬も迫った冬の夜、彼女と近所の公園を歩いていた。人もあまり通らない小さな公園にもかかわらず木々が青白くライトアップされている。こんなの税金の無駄遣いだよなと思いながらも枝の形に広がる冷たい光を見上げていた。彼女は俯いて歩いている。さっきからずっと俯いている。すると突然、
「××××ね」
 彼女が俯いたまま何かを囁いた。
「クリスマスね」
 おそらくそう言ったのだろう。何をあたり前のことを、街中クリスマスムードなのに今さら気づいたのかと思ったが
「そうだね、クリスマスだね」
 そう返した。言葉にしてみると不思議なもので、年の終わりという実感が強く湧いてきた。そうして彼女との一年を振り返ると随分と酷いことをしてきたなと申し訳ない気持ちがジワリと湧いてきた。
 コンビニに酒を買いに行かせるのはいつものことだった。
 勘違いがもとで彼女を朝まで罵倒し続けたこともあった。
「ごめんな。俺、いつも早合点しちゃうから」
 彼女は顔を上げない。まだ赦されていないのだろうか。
「そうだよな、仕方ないよな」
 すると彼女はまた囁いた。
「クリスマスね」
「え? いや、それ分かったから」
 思えば反省すべきことは次つぎに出てくる。ゲーム用の高性能PCを買うために金を借りてまだ返していなかった。
「来年には絶対返すよ」
「クリスマスね」また繰り返す。
 タメ口を利いたとビンタを喰らわしたこともあった。
「これからは対等な立場でいいからさ」
「クリスマスね」
 一度だけ、他の女といい感じになってひと晩共にしたことがあった。朝帰ると彼女は寝ないで待っていた。早口で語った嘘はバレバレだったが、彼女は何も言わなかった。
「もう絶対に浮気しないから」
「クリスマスね」
 彼女はいつからか何かをする度に確認をとるようになった。それも疎ましかった。
「クリスマスね。クリスマスね」
 それしか繰り返さない彼女に腹が立ってきた。いま自分は反省を伝えなければいけない状況である。それは分かっている。分かっていながらも我慢ができなかった。
「いい加減にしろよ!」
 その瞬間、梢を飾っていた灯りが消えてあたりは真っ暗になった。そこでようやく気づいた。彼女はこう言っていたのだ。
「殺しますね」

―― 了 ――

(この話はフィクションです)

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