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告ックリさん

 これは、ある二十代の男性――名を優斗さんとしよう――彼が小学六年生の時の話である。

 ある日、クラスの男の子四人でコックリさんをやろうということになった。優斗はその中の一人だった。
 放課後の教室。やり方を詳しく知っているのは翔太という子だけだった。彼はリーダー的な存在で生意気な態度も多く、ルールを説明するのもシート作りを指示するのも得意気だった。
 さあ、はじめようと、鳥居の記号の前に十円玉が置かれた。四人が指を乗せ、視線を合わせてうなづき合う。
「コックリさん、コックリさん。どうぞおいで下さい。おいでになられましたら『はい』へお進み下さい」
 五秒ほどの沈黙の後、十円玉がススーっと動き出し、左上の「はい」のところで止まった。ほっとした空気が流れる。だが、緊張は続いている。
「なに訊こうか」
「明日の天気でも訊いてみる?」
「そうだな」
 再び四人の指に力が入る。結果、十円玉は「あ」「め」と示した。優斗は天気予報では雨であることを知っていたので納得のいく結果だったが、自分の他にそれを知っていた者はいたのか、いなかったのか、それは気になるところではあった。
「次はどうする?」
「なあ。優斗の好きな子が誰か、訊いてみないか」
 言い出したのは翔太だ。
「え? なんでだよ」と優斗。
「それ面白そうじゃん。やろうぜ」
 ほかの二人、一樹と駿も乗り気だ。
 優斗にしてみればたまったものではない。だが、ほかの三人は興味津々である。有無を言わさずコックリさんへの質問が始まった。
「コックリさん、コックリさん。優斗が好きな子は誰ですか」
 優斗の指に力が入る。ごくりと唾を飲む。彼にはクラスに好きな子がいた。「麻衣」という子で、男子の殆どが好意を寄せているであろう可愛い子だった。ただ、誰もそれを口に出したことはない。もしこの場でコックリさんの力を借りてそれが明かされたとしたならば先手を取るいい機会ではないか。たとえまずいことになったとしてもコックリさんの間違えという言い訳ができる。優斗はそうも考えた。
 優斗が力を緩めたせいか、十円玉がススーと動き出した。鳥居から左へと真っ直ぐに進んでいる。そして「ま」の上でピタリと止まった。四人が顔を合わせる。おそらく四人とも「麻衣」を意識しているのだろう。再び十円玉が動き出した。今度は右側に勢いよく流れていく。向かう先は「い」であろう。「ひ―に―ち―し」と通過し、「い」に到達しようとしたとき、四人の指はその手前の「き」でピタリと止まった。優斗の力は「い」へ向かっていた。ところがそれにあらがう強い力が働いているのを感じた。もう動かない。動かしてはいけないと思い、彼は指の力を抜いた。
「ま……き」
 四人が口にしたその名前。「真希」という子。具体的な容姿はここでは記さないが、多くの男子の中で「ブス」に分類されている女子の一人である。
「嘘⁉︎ お前、真希が好きなの?」
「違うよ。そんなわけないじゃん」と、優斗は必死に否定するも、三人は面白がるばかりである。
「じゃあ、告っちゃえよ」と、翔太。
「コクルってなんだよ」
「告白する。好きだって本人に言うことだよ」
「まじ? 優斗、コクれよ。みんなで見ててやるから」
「いやだよ、なんで真希になんか告らなきゃいけないんだよ」
「じゃあ、コックリさんに訊いてみようぜ」
「えっ?」
「ほら、指置けよ。コックリさん、コックリさん。優斗は告るべきですか」
 強引に質問が始まり、コインは案の定、『はい』を示した。

 翌日の放課後、ほとんどの子は帰宅していた。幸か不幸か、真希はまだ残っていた。優斗は廊下を歩く真希を呼び止めた。
「真希」
 彼女はもっさりとした動作で振り向き、怪訝そうな顔をした。
「あのさ」
「え、なに?」
「おれ、真希のこと……」
 三人が隠れて見ていることを知っている優斗は遠目にそう見えるようにごまかすつもりだった。一度告白した後、三人から見えていない状態で即座に種明かしをして否定するつもりだった。ところが、まだ言い終わらぬうちに真希が口を開いた。
「ごめん。私、好きな人がいるの」
 走り去る真希を、優斗はただ呆然と見送った。

 翌日、優斗がクラスで視線を感じるようになったのは三時間目が始まった頃だった。それが、昼休みが終わる頃には全員が優斗を見ているように感じられた。そして、女子のヒソヒソ話の中に「優斗」と「真希」という言葉を耳にして、優斗は真っ赤になった。昨日の出来事が広まっている。誰だ。真希が自分で漏らしたのか。それとも――。火照った顔を三人に向けると翔太がこちらを見てニヤニヤと笑っていた。
(あいつら)
 優斗の怒りは翔太ひとりに向かっていた。いつも翔太に追従ついしょうするだけの一樹と駿が自分から噂を広めたりするはずがない。これは翔太の企みだと確信していた。コックリさんが真希を示す結果になったのも翔太が意図的にやったに違いない。
 優斗が瞬時に思いついたのは翔太にも同じ目に合わせてやるということだった。恥ずかしさは既に復讐心に変わっていた。彼は翔太の前にツカツカと歩いて行ってこう言った。
「今日、またコックリさんやろうぜ」
 翔太は一瞬ためらったが、
「ああ、やろう」とニヤリと笑った。

 放課後、四人が机の前に座って指を突き合わせている。
「コックリさん、コックリさん。翔太の好きな子は誰ですか」
 十円玉がススーっと動き「ま」の位置で止まる。実にスムーズな動きだ。そして更に横にススーっと動き「き」の位置で止まる。優斗の指に力が入る。そこで止まるはずだ、止めてやる。しかし、まだ横に動こうとする力が働いている。優斗の指がしなる。翔太の指もしなる。一樹と駿の指は力が入っていないようだ。翔太が二人を睨む。すると十円玉はスっと動いて「い」で止まった。
「ま、い」誰ともなくポツリと呟く。
「さすがコックリさんだ。当たってるよ」
 翔太が興奮した声で言う。優斗は悔しさで真っ赤になっていた。一樹と駿は俯いている。
「じゃあ、明日、麻衣に告るからな」
 翔太は意気揚々と教室を出て行った。残った三人はなんとなく顔を見合わせた。白けた空気が漂っていた。

 数日後、翔太と麻衣が付き合っているという噂が流れていた。誰が流したというでもなく、彼氏面かれしづらする翔太の振舞いから皆が察したのだろう。
 そんな中、学校に来なくなった子が一人いた。真希だ。「優斗を振ったらしい」という噂は彼女にとって良いものではなかったのだろう。中には「あの子は一生のチャンスを逃した」などと言う者もいた。優斗ら男子の悪戯のせいで傷つき、登校できなくなったのではないか。しかし事実は本人にしか分からない。

 ある放課後、優斗が忘れ物を取りに教室に戻った時である。麻衣がひとり窓際に立っていた。窓から顔を出して下にいる誰かに手を振っているようだ。優斗は自分の机に向かって歩いて行く。麻衣が気配を感じたのか優斗の方へ振り向いた。
「あ、忘れ物……」
 自然と口から出た優斗の言葉はどこか言い訳じみていた。麻衣……。コックリさんの結果が違っていたら今頃は……。そんな思いが優斗を締め付ける。すべては翔太のせいだ。
 恨めしい視線は麻衣に向けられた。麻衣は冷たい視線を返し、優斗の横を抜けて出て行った。
 去って行く麻衣を背中に感じながら優斗は窓から空を見上げた。青い空が眩しかった。――遣る瀬無い――。そんな言葉をまだ知らない彼はそれより先にその心情を深く体験することになった。
 突然、青い空を何かが通過した。上から降って来た何か。一瞬通過しただけのそれが何なのか、優斗にははっきり分かった。それは人だった。女の子だった。真希だった。登校していないはずの真希だった。あっと思う間もなく、窓の下でドサッという音がして、すぐ後に悲鳴が続いた。
 優斗は窓に駆け寄って下を覗いた。その真下、花壇の真ん中に真希が仰向けに倒れていた。そしてすぐ側にもう一人倒れている。翔太だった。

 二人はすぐに病院に運ばれた。真希は翔太がクッションになっていたせいで腕の骨折で済んだ。翔太は意識不明の重体。下が花壇でなければ即死だったろうと先生は話していた。

 冬休みが終わっても翔太は登校していなかった。意識がはっきりしない状態が続いているらしい。結局、卒業式までには彼は戻って来なかった。
 優斗は私立の中学に行ってそれまでの同級生とも疎遠になったので、翔太のことも麻衣のことも真希のことも、卒業後のことは分からなかった。

 それから数年経ち、優斗が高校三年のとき、彼は街で車椅子を押す同年代の女性を見掛けた。真希だった。

 その時のことを振り返って優斗さんはこう話してくれた。
「麻衣ではなく、真希だったんですよ。自分の犠牲になった翔太の世話をする形で責任を取ったんでしょうかね、一生かけて。ただ、乗っていたのが翔太だったのかは分からなかったんですけどね。乗っていたのかすらわからなかったので」
 そして彼はこう付け加えた。
「真希がこっちを見た気がしたんですよ。彼女の顔、とても幸せそうでしたよ」

―― 了 ――

(この話はフィクションです)


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