見出し画像

怪談最恐戦2022 怪読戦 参戦記

2022年10月9日に実施された、竹書房Presents「怪談最恐戦2022」怪読戦において、私、御前田次郎が優勝することができた。せっかくなので私が何を考えてどのように関わってきたのかを、自分の中の整理も兼ねて、ここに記そうと思う。

怪読戦とは

怪読戦の前に怪談最恐戦を知っていただく必要があるだろう。怪談最恐戦とは、竹書房が主催し、プロ・アマ問わず応募できる怪談コンテストである。「日本で一番恐い怪談を語るのは誰だ!?」をキャッチコピーに2018年から開催されている。

この大会でいう「怪談」は主に現代の実話怪談を台本無しで語るものだが、2020年、文字で書かれた話を朗読する「朗読部門」が設立され、翌2021年も形式が変わりつつ実施された。御前田次郎はいずれの年も参戦した。

そして、2022年は「怪読戦」として生まれ変わった。決勝は有観客のライブ形式、予選は顔出し必須の動画で、決勝進出者決定までは一般公開されなかった。優勝賞金は10万円。他には賞はない。

>> 怪談最恐戦2022 怪読戦 公式ページ

怪談と私

そもそも怪談とは何か。人によってイメージするものが結構違うのではないかと思う。もし分類するとしたらポイントは、書き物か口伝か実話か創作か古典か現代か、などだろう。そして怪談最恐戦を含むその界隈で口演されるのは「口伝で実話で現代」に当てはまるだろう。創作は対象外というわけではないけれども、実話が圧倒的に多いのではないだろうか。また、怪異現象ではなく、人間の心や行動の怖さを題材にした話、いわゆる「人コワ」は除外されたり嫌われたりする傾向があるようだ。

私はというと、そういった分類の怪談には全く関わってこなかった。朗読を10年以上やってきて怪談や幻想に分類される作品を読むことは多かったが、それらは前に挙げた分類でいうならば「書き物で創作で古典」であった。

オカルトとかホラーとかそういう世界にまったく縁がなかったわけではない。ナレーターとして少しだけ仕事をしたことがある。それは「次の映像をご覧いただきたい……これは」といった心霊動画のナレーションであった。それを機に多少は興味は持ちつつも、どっぷり嵌るということはなかった。とは言え、怪談を読むということに対しては得意意識はあった。

過去二年の参戦

怪談最恐戦2020 朗読部門

開催を知ったのは、朧げな記憶では音声配信プラットフォームhimalayaのツイートだったはずだ。賞金10万円が私の目の前に輝いて見えた。怪談の朗読。私のためにあるコンテストではないか。そうとまで思って参加を決意した。

やることはたくさんあった。自由作品を選ぶ。himalayaにアカウントを作る。集票のための仕組みを考える、など。そうだ、名前はどうしよう。長いこと本名そのままの河崎卓也として活動してきた。しかし何の権威もない普通の名前よりは何か気になる名前がいいのではないかと考え、「次はお前だ!」というベタな決め台詞からの連想で「御前田(おんまえだ)次郎」にした。

名前の次は作品選びだ。課題作は、小田イ輔 作「雑木林で立っていた」と決まっているが、自由作は何にしようか。5人の怪談作家の所定の書籍から一作品を選ばなければならない。Kindle Unlimitedに加入し、対象の書籍をダウンロードして順に流し読みをしたが、これだと思う作品がなかなかない。何冊目かの住倉カオス著「百万人の恐い話」を開いて、最初にあった話が「私は此処にいる 貯水槽殺人事件」。カオス氏自らの体験として書かれたルポルタージュ風の作品で、そのリアリティーに引き込まれた。しかし、朗読応募作としてはかなり長い。他の作品ではどうかと読み進めたが、「私は此処にいる」ほど惹きつけられる作品はなかなか出て来ない。やはりこれにしようかとなった。だが、それはひとつの賭けである。途中で聴くのをやめてしまうリスクは高くなる。けれども、もし最後まで聴いて下さったとしたら、ずっしりと重く残るのではないか。そう思いながら「私は此処にいる 貯水槽殺人事件」を録音し、エントリーした。全体の応募人数は120名ほどだったようだ。

困ったのは集票だ。もともと私は友人やファンを増やしていくことに積極的ではなかったし、自信を持って何かを勧めたりお願いしたりするのが苦手だった。しかも御前田次郎としてエントリーしており、身内にもそれを明かすつもりはなかった。ファンをたくさん持っている者勝ち、売り込んだ者勝ちというシステムは今の世の中の主流なのはわかっているが、そもそもそれを良く思っていなかった。しかし、そういうルールに納得して参加した以上、勝ち残りたければ何としてでも集票しなければいけない。

まず、考えたのはhimalayaのアカウントに魅力的な音源を投稿してそれで引き付けるということ。そこで、このコンテストにまつわる話を創作して朗読した。そして同じ音源を、Radiotalkにもアカウントを新たに登録して投稿した。しかし、ほとんど効果はなかったようだ。ただ、身内ではなく純粋にこのコンテストに興味を持って多くのエントリー作品を聴いてくださった方々がそれなりにいて、その中の何人かが票を入れてくれたのだと思う。得票は多くはなかったがゼロでもなかった。

「やはりダメか。得票とは関係なく内容だけで選んでくれたら、きっと上位に残れるのに」などと考えたこともあった。そういう淡い期待も持って願った。願ってみるものだ。幸運なことに、10名の審査員選出枠が追加されたのだ。
そして、決勝進出者発表。審査員選出枠には御前田次郎の名ががあった。

あとは最恐戦ファイナルの日の発表を待つだけ。何もすることがない。いや、何も考えないことにした。そして11月3日、私は用があって都心に出かけていた。帰りの電車でそろそろ最恐戦のイベントが終わる頃だと思ってTwitterのタイムラインをシュルシュルと見た。すると最恐戦のアカウントに結果発表があり、「住倉カオス/倍音の魅力賞」として御前田次郎の名前があった。受賞は期待どおり、しかし狙ったグランプリではなかったという、嬉しくもあり悔しくもある複雑な心境だった。

エントリーしてから自分の音源を何度か聴き返した。結果発表後も聴いた。そこそこ良い出来とは思ったが、完璧とは程遠い。いちばん惜しいのは読みの速さ。速くなる癖は自覚しており、ずっと治そうとしてきた。しかし、朗読しているときは気づかず、録音を聴いても録り直すほどではないと感じていた。それが、時間が経てば経つほど速さが致命的に思えるようになってくる。録り直したいという欲求に悩まされもした。そして、優勝できなかったとき、これじゃあ当然だなと思えた。

締め切り間際に録音したのが敗因の一つだと思った。やはり時間を置いて聞き返すということが必要だった。それによって録音直後より欠点が見えてくるし、録り直すこともできる。いつものことだが、崖っぷちに立たないと動かない私の性格が災いしたのだろう。

怪談最恐戦2021 朗読部門

開催の発表があったとき、まずは賞金が3万円に減っていることに幻滅した。前年とは色々と変わっているらしい。まず、主催者からhimalayaが外れていた。そして予選/決勝と二段階にせず、一気に優勝者を発表するらしい。エントリーの仕方も変わっていて、配信プラットフォームに自分でアップロードするのではなく、一旦事務局に音声を送ったものがYouTubeで公開されるようだ。作品は20作品の中から一作品を選ぶ。課題作は無い。

さて、どれを読もうかとひと通り目を通しても、これだという作品がない。いくつか候補を挙げてその中から選んだのはムーンハイツ作「」という作品。住み込みアルバイトの部屋で夜中、窓いっぱいに映る顔を見てしまうという話だ。顔を見たときの驚き、小屋を飛び出して山道を駆け降りる疾走感。そんなものを上手く表現できたらと思って朗読した。悪くはない出来だと思ったが、たいして怖くないなとも思った。

一般公開期間は一ヶ月弱。応募者数は140名ほどだった。予想どおりではあるが、私の動画の視聴数はあまり伸びなかったようだ。結果発表までどのように過ごしたかは覚えていない。受賞の可能性は考えつつもどうにでもなれと余り気にしないようにしていたのではないか。結果、私は落選した。

受賞した方々の朗読は以下のとおりである。


2022年 怪読戦予選

いつ、どうやって知ったかは憶えていない。開催をずっと待っていたわけでもないし、御前田次郎のTwitterアカウントは滅多に見ていなかった。おそらく久々に開いたタイムラインにあったのだと思う。

優勝賞金10万円! すぐさま詳細を見に行った。ルールが随分変わっている。ふむふむ、動画での応募……LINEでやりとり……決勝があるのか……なるほど……などと思ったが別段影響はなかった。ひとつだけ、顔出し必須というのが引っかかった。御前田次郎という名前で二年前から参加していることは知人にも明かしていなかった。たまたま知人が動画を観ることがあったとしたら気付くだろう。まあ、構わないのだけれど、やはり黙っていよう。もし優勝したら積極的に知らせようぐらいに考えた。

さて、作品選びである。実話系幻想系と文の一部を自分で決められる自由系に分かれているが、やはり私には幻想系が合っているようだ。その中から「」という作品を選んだ。「美しい女に逢った」で始まるちょっとエロ耽美な感じの話だ。ダンディーなおじさんが幸せに堕ちてゆく雰囲気を出せたらと思っていた。

応募は二年前の反省を活かし早めに着手したいと考えていた。だが、色々忙しくて読み込む時間も取れないままズルズルとずれ込み、締め切り当日の8月15日を迎えた。夕方にやっと撮影のプランを練りはじめる。まず、生活感のあるものは映り込ませたくなかった。とはいえ、狭い我が家にそれを隠せるスペースはない。これならと考えたのが書棚。照明は、蛍光灯ビカビカでは日常感が出てしまうので横から一点で。カメラは映像のトーンに自由が利いてズーム自在の一眼カメラ。画角は広く取ると余計なものも見えてしまうので遠目からズームインで。台本を見せたくないので正面からではなく、斜め横から撮る。服装は非日常感のある着物、浴衣でいいか。マイクはコンデンサーマイクを映り込まない位置に。などと考えた。

さあ録音とワンテイク撮ってみた。するとなんと、規定の5分を超えている。速く読めないこともない。だが、ダンディーなおじさんは速くは語らないものだ。許容範囲と思えるテンポに上げてみたがやはり収まらない。う〜む困った、仕方がない、他の作品にしよう、と選んだのが「古き場所にて」という作品。下読みをしてみたら時間内に収まり、時代物を多く読んできた私には読みやすい作品だった。時間もない、もうこれしかないと読んだ、撮った、ちょろっと編集した。そして公式LINEをフローし、送った、間に合った。いつもの崖っぷち追い詰められドタバタ力を発揮した。

結果

今回は集票の必要もないし、気にかけたところで結果には全く影響がないので発表日まで忘れることにした。発表すら忘てしまえと思ったが、そこまではなかなかできない。そして発表の8月31日夜。「もう、発表されてるかな」とTwitterのタイムラインを見たら公式のツイートが、そしてそこに御前田次郎の名前があった。嬉しいというよりも心底ほっとした。ちなみに応募者は80名ほどだったということは後に知った。

この時点では11名の名前の羅列である。しかし後にこれらは忘れられない名前となる。

決勝に向けて

決勝戦は10月9日に有観客で実施する。それ以外のことは知らされていなかった。会場すらもわからない。怪談最恐戦の二次予選会とファイナルの会場はユーロライブだ。怪読戦もその可能性があると思い、9月4日、二次予選会を観に行った。最恐戦初観戦である。さすが、勝ち抜くだけの力を持った経験豊富な方ばかり、個性も強い。怪読戦もこういう雰囲気の中でるのか、それとも違った雰囲気になるのか想像がつかぬまま、しかし熱気だけは感じつつ会場を後にした。

作品選び抽選会&説明会

9月中旬にZoomで作品選びの抽選会が開かれた。事前に13作品が送られて希望作品を伝えていたが、11人の出場者で作品が重複しない仕様だったようで、重複した場合は抽選で決めるということらしかった。私は運良く二番目の順位で選択権を得、第二希望の作品を選ぶことができた。ちなみにその作品には「光」というタイトルが便宜的に付けられていた

抽選が終わり、怪読戦のすべてを取り仕切っているらしい糸柳寿昭しやなとしあき氏による当日の詳細説明やアドバイスがあった。質問も多くあり、台本や衣装やマイクのことなどが具体的に見えてきた。

準備

作品が決定し、まずはいつもの台本作りに取りかかった。頂いていたデータを使わずにPCに手で打ち込む。不思議なもので、いくら黙読しても音読しても入ってこないものがこの入力作業で入ってくるのである。打ち込みながら「ああ、そうか、こういうことなのね」と気付くことも多い。出来上がった台本はいつもの紙のサイズ、いつものフォント、いつもの文字の大きさ。やはり落ち着く。

台本をすぐに作ったものの私生活がバタバタと忙しくなり、稽古する時間が取れない。はじめて声に出したのは三日前ぐらいだったろうか。とにかく文を慣らし、身体に入れることだけを考えた。間違えてはいけない。噛んではいけない。噛まなければそれなりのものにはなるという自信はあった。しかし噛んだら聞き手の意識は一瞬で作品から離れる。そうなったらパフォーマンスの魅力は半減する。そう言い聞かせて少ない時間で読み込んだ。

決勝戦当日

会場入り

小田急沿線に住む私にとって浅草は意外と遠い。銀座線の駅から会場の雷5656会館までがまた遠い。歩きながら、日曜昼どきの仲見世や伝法院通りはこんなに混んでいるのかと驚いた。浅草へは古着着物や小物などを探しに来ることもあるが、考えてみればほとんどが平日だ。自分は休日の浅草を知らないのだと知らされたのである。

会場には楽屋と呼べる部屋は無いようで、普段は観光客が食事をするのであろう広い座敷が控え室だった。広い部屋をどこでも自由に使っていいとのことだったのにも関わらず、なぜか11人が二列にコンパクトに収まって座った。必然か偶然か、男子列と女子列に分かれる中、私だけ女子列に混じっていた。これは偶然。ほんとに偶然。

お弁当が三種類あるの知らなかったとか、青森から来たんですかとか、声優の仕事がどうだとか、動画すごく良かったとか、たわいもない会話で盛り上がった。え? 動画? どうやら予選の動画が数日前に公開されていたのを私は知らなかった。知ったところで本戦には影響がないだろうと思いながらも、私はちょっと悔しかった。

弁当を食べて一息ついたところで、コンタクトレンズを装着し、衣装の着物に着替えた。やはり着物は気が引き締まり尚且つ落ち着く。女性は五人中三人が着物。しかし男性は私一人だった。

リハーサル

リハーサルを兼ねて本番仕様の動画を撮ることになっていた。準備ができた人から順に撮っていくという話だったが、結局全員一斉に舞台へと向かう。

まずはマイクテストが行われた。マイクは全ての演者が全く同じ状態のマイクで演ずるということらしい。身長差がある中でマイクの高さは中間に設定し、マイクゲインも固定して、聞こえ具合は演者とマイクとの距離で調整することになった。 このテストで、演者各々の声質や声量を知ることができた。中でもやまねこおじさんの声量と低音の響きに「これは強い武器だな」と思いつつ私は嫉妬した。

次に照明のテスト。当て方は決まっており、台本が読めるか、台本で顔が隠れないかなどを気にしつつ各自が持ち方や向き方を確認した。

ここまでで時間が押してしまい、動画撮影兼リハーサルは結局やらないこととなった。だが、不満を口にする出場者は一人もいなかった。

開演〜怪談拝聴

16時の開場まではまだ時間があった。開演までは更に一時間ある。控え室では皆ゆったりと時間を過ごしている。私は台本を開いて悪あがきだ。身体に半分染み込んだ文を忘れないように、噛まないようにとブツブツと繰り返した。

悩ましいことがあった。本番での各人の流れが定まっていないのだ。要するに、舞台に出て行くきっかけは何なのか、MCの紹介なのか。最初に名前を言うのか、作品名を言うのか。「よろしくお願いします」「ありがとうございました」は言うのか。怪談最恐戦の二次予選会ではMCによる紹介あり、名乗りあり、挨拶ありだったと記憶している。しかし今回は違うようだ。糸柳氏の説明によれば全部無し無しのようだったが、結局「お任せします」とのこと。出場者は皆困惑した。謎を掛けられている。何かを試されているような気がする。幸か不幸か、共通の不安を抱えることによって私たちの一体感が増したようでもあった。

糸柳氏が様子を見にきたとき、誰かが質問した。怪読戦の前にある怪談を聴きたいのだが可能なのかと。OK、ただし途中の出入りはせずに最初から最後まで観ること、ということになった。私は観られなくてもいいかなと思っていた。客席で観るのも結構疲れるのだ。控え室にいた方が落ち着くのではないかとも思ったが、客席の空気を知ることも大事な準備だし、結局皆と一緒に観ることにした。

開演。何のアナウンスもなく始まる。実力者揃いの怪談師が出て来ては語り、不思議な不気味な世界を作る。会場は温まっている。いや、冷えているのか。登場した怪談師は以下のとおり(敬称略)。

  • 糸柳寿昭しやなとしあき

  • 住倉すみくらカオス

  • 今仁英輔いまにえいすけ

  • 木根緋郷きねひさと

  • 宜月裕斗よろづきひろと

  • 上間月貴かみまつきたか

  • 朱雀門出すざくもん いづる

すっかり雰囲気を作っていただいた。ありがたい。しかし怪読戦はまた違った雰囲気になるだろうとも思った。

スタンバイ

怪談が終わり、さあ本番だとみんなで控え室に戻った。いつでも仲良くみんな一緒だ。ライバルなのにこれでいいのだろうか。いいのだ。敵を蹴落とそうとしてもしようがない。結局は自分次第なのだから。

私の出番は最後の方だったのでまだまだ時間はあると思い、崩れていた着物を帯を解いて直していた。着替えて気を引き締めたところで一息ついてさあそろそろかと舞台へ向かう算段だった。ところが困ったことに全員一緒に舞台袖に向かうという。ちょっと待ってと慌てて着付けて列につき、みんなで並んで舞台袖へと向かった。

第二部開演の合図。緊張の中、以下の順番で怪読戦本番が始まった

1.北城椿貴きたしろつばき
2.やえがしたまも
3.武田たけだメイ
4.環友加里たまきゆかり
5.和泉茉那いずみまな
6.有野優樹ありのひろき
7.みちくさ
8.飯塚いいづかこと
9.やまねこおじさん
10.御前田次郎おんまえだじろう
11.松永瑞香まつながみずか

舞台袖に漏れる声だけが聞こえ、演じている姿は見えないが客席の空気感は分かる。真剣に聴いて下さっているのが伝わる。私もその空気の中でるのだ。期待と共に気が引き締まる。

他の演者の朗読にはもちろん興味はあったが内容までしっかり聴くことはなかった。それよりも自分に集中することを心掛けた。いや、心掛けずとも最高の状態に入っていった。リラックスして真っ直ぐに立ち、重心が地の底まで下りて雪駄を履いた足の裏に強い圧を感じ、氣がジリジリと動き、張り詰めた空気を感じている。とはいえ、自分の出番ふたり前あたりから緊張しはじめる。100%リラックス100%集中なんてそんなに簡単ではない。だが、この程度の緊張は当たり前に経験してきている。いつもそれなりの緊張の中で演ってきている。気が抜けてしまうよりは遥かにいい。大丈夫、いける。そう言い聞かせた。

私の出番

前の演者のやまねこおじさんが拍手と共にハケてきた。マイクの消毒が入るのでそれをちょっと待つ。さあ、出番だ。ゆっくりとした足取りでマイクへ向かう。いい空気だ、ありがたい。マイクの前に立ち、輪郭がうっすらと見えるほどに暗い客席を見渡しながら静かに台本を開く。

第一声。緊張で喉が詰まって声が出ないことはたまにあるが今日は大丈夫だ。おや、ちょっと音量が小さいかとマイクテストで決めた位置より半歩前へ出る。んん? 声が違う。重く低くねっとりするような読み方をするつもりだったのに、緊張で重心が上がって声も浮いているのかもしれない。それでもこれくらいなら何とかなるかと開き直って読み進める。この作品は前半は数字が出てきたりして理屈っぽい。なので聞いていて嫌気がささないように丁寧に情報を伝えなければならない。観客は集中して聴いて下さっているので恐らく伝わっているだろう。伝わっていなかったとしても先への期待を失わなければいいのだ。

中間部に問いかけの文があり、そして後半の怖〜い体験談。この作品を選んだ理由はこの部分にある。ここは声を張らずに空気感を大事になどとプランを立てていたがプランに頼るのは良くない。かと言ってノープランもいけない。大事なのはプランに支配されないこと。観客を信じろ。プランを忘れろ。気持ちで繋がれ。この調子でいい。俺はやれている。

そして最後の決め台詞。これは台本を見ずに前を向いて言わなければならないところだ。だからしっかり憶えた。憶えたはずだ。「おれは死んだ、くるしい」(えっと、次なんだっけ? あれ!? しまった!) 仕方がない、と台本をチラッと見る。「たのむ。たすけてくれ!」

終わった。読み終わった。でもまだ終わらない。顔は意味ありげに客席を見たまま心の中でニヤニヤしながら黙っている。五秒くらい経ったろうか。よし、と思って台本を閉じ、下手しもてに向って歩き出した。少し遅れて拍手が聞こえた。それが大きいのか小さいのか、私には判断しかねたが、なんらかの手応えを感じることはできた。

審査発表&表彰式

結果発表まで、夜馬裕やまゆう氏、吉田悠軌よしだゆうき氏による怪談が語られていた。怪読を終えた私たちは何人かは控え室に戻り、何人かは舞台袖に残った。緊張から解き放たれて満面の笑顔を見せる者、静かに己れのパフォーマンスを反省している者。この舞台に立てた喜びをしみじみと噛み締めている者、お互いの怪読の感想を述べ合っている者、それぞれの思いで結果を待っていた。私はというと、不出来はあったもののやり切ったなという実感はあった。もちろん、結果は気になった。優勝をねらって参加したわけで、優勝できるだろうか、どうだろうかという思いはあった。どちらの可能性も当たり前に考えた。しかし、誰が優勝しても心から喜べる、そんな仲間とここにいるんだという思いが強く湧いてきて、そんな自分に驚いた。わずか半日過ごしただけなのに。

審査が終わったのだろう。審査員が舞台袖へ階段を上がってきた。吉田氏の怪談が終わり、バタバタと舞台でセッティングしている音がする。審査員が先に舞台に上がって結果発表のステージがはじまったようだ。出場者が呼ばれ、私たちは舞台後方にずらりと並んだ。
発表は出場順に点数を読み上げる方式だった。最初の4人の点数が読み上げられた時点で最高点は環友加里の79点。ここで一旦、審査員が感想を求められた。なるほど、そういう聴き方をしているのかと思った。採点が妥当なのかはしっかり聴いていない私にはわからない。
さらに4人の点数が読み上げられる。やはり暫定1位は変わらず。そして最後の3人の発表。やまねこおじさんが81点という最高点を獲得。審査員の一人は20点満点をつけた。予想どおりやはり強い。続いて10人目の私の番だ。17点、20点、15点、17点、15点。暗算では数値は出てこなかったが、感覚的には80点より大きい気がする。読み上げられた合計点は84点、暫定1位だ。よし! そして最後の一人、松永瑞香。16、17……、これも高得点だ。合計80点。ということは……。MCの小森躅也こもりたくや氏がひと呼吸おいて言う。「優勝は……」。御前田次郎の名前が読み上げられた。優勝だ。こんなに素晴らしい大会で優勝した。それなのに私は冷静だった。目の前の景色がスローモーションになることもなくはっきり色着きで見え、音声もエコーが掛かることなくしっかり聴こえていた。冷静な中、只々ほっとしたのを憶えている。
(詳しい採点は公式ページに)

そのまま表彰式へと移った。受け取った賞状とトロフィーはどちらも他とは違う怪しい物だったが、糸柳氏の表彰状の読み上げはもっと怪しかった。怪しくなければ怪談ではないのだ。そう言いたかったのかもしれない。
それからすぐに優勝者からの一言を求められた。私が喋ったのは概ねこんな内容だったと思う。「朗読を長くやってきたが、怪談には取り組んでこなかったよそ者みたいな存在。でも賞金を貰ってサヨナラというわけにはいかないので、この世界に貢献できるよう活動していきます」と、正直な思いと決意を述べたつもりだ。

トロフィーと賞状を抱えて控え室に戻ったが、自分でもよくわからない動揺を抱いたまま黙々と着替えと片付けに没頭した。落ち着きを取り戻したのは荷物が纏まってしばらく経ってからだった。本番の方がずっと落ち着いていたような気がする。

ともに戦った11人の仲間

打ち上げ

会場は近くの中華料理屋。怪談の人たちが続々と集まってくる。特に形式張ったことはせずにとにかく飲んで食べて語らう懇親会のようなものだった。多くの方々は怪談仲間としてお互いに知っているのだろうか。私には以前から知っている人は誰もいなかったけれども、そんなことはどうでもよかった。怪談の人たちはとにかくみんないい人だった。もしかすると怪談というものは健全な心を持っている人でないと出来ないのではないか。言い換えると、心に闇を持っている人は更に闇を深めるようなことはしないのではないか。そんなことも思った。実際のところはわからないのだが。

いつまでもここにいたいと思ったが帰らなければならなかった。私はいつも早朝に仕事をしており、特に月曜は休めない。本来ならば21時半には床に就いているはずだった。とうに時間は過ぎているが、いくら遅くなっても家には帰らなければならない。そろそろ出なければと挨拶をすると、みんなこれ以上ないほど好意的な笑顔と言葉で送り出してくれた。最後に吉田悠軌氏が言った。
「怪談を見捨てないで下さい」
私はこの日、朗読の世界からこの世界へ深く足を踏み入れた。私と同じように何かのきっかけで歓迎されて踏み入れた人もいただろう。その中にはすぐにきびすを返して去っていった人もいたかのもしれない。怪談にすべてを捧げてきたであろう吉田氏の言葉は酔っては居たけれど切実だった。

店を出ると小雨が降っていた。昼間はあれほど賑わっていた通りもひっそりと静かだ。その夜、私は大きな賞を獲り、代わりに終電を逃した。


終わりに

当然ながらこの優勝は私一人の力では成し遂げられなかった。主催の竹書房の溝尻賢司氏はじめ関係者の皆様。住倉カオス氏はじめ、怪談最恐戦を創り、動かし、参加者として大会を育ててきた多くの怪談師の方々。「怪読」の発展を願い、怪読戦の企画・運営を一手に引き受けて動き回った糸柳寿昭氏。MCの小森躅也氏はじめ当日のスタッフとしてサポートして下さった皆様。怖い怪談で会場の空気を作って下さった怪談師の皆様。公正に審査して下さった審査員の皆様。ときわホールに集まって怪談・怪読を聞いて下さった観客の皆様。挙げればキリがないし、私の把握していない方々も関わって尽力されているのかもしれない。そんな方々も含めて、本当にありがとうございました。

そして、怪読戦一期生の、私を含めて11人の仲間たち。本当に楽しかった、嬉しかった、幸せだった。ありがとう。彼等・彼女等は結構すごい人たちだったりする。ガチの怪談師として活躍していて怪談最恐戦のステージにも立っていたりテレビに出ていたり、怪談を書いて出版もしていたり、ナレーターや声優として活躍していたり、前二回の「朗読部門」で受賞していたり。そんな中で優勝できたことの重みを改めて感じている。

何度も書いているように、私は怪談の世界では外からやって来た人間である。朗読家として活動している人間である。考えようによっては朗読が怪談に嫁入りしたとも言えるかもしれない。不束者ふつつかものですが共にこの家を守っていく所存ですので今後ともよろしくお願い致します。

―― 了 ――


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?