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鉄は身体の中でどうなっている?:鉄シリーズ③

※この鉄シリーズは、以前僕がアメブロで掲載したものを加筆・再編したものです。

②のつづきです。

今回から専門的な内容になっていきます。
鉄はどうやって身体の中で使われているのか、また、どうやって吸収されるのかを解説します。

身体の中の鉄の分布

身体に吸収された鉄はこのように身体の中に分布しています。

  • ヘモグロビン 60〜70% 酸素の輸送 ヘムタンパク

  • フェリチン 30〜35% 貯蔵鉄 非ヘムタンパク

  • ミオグロビン 3〜5% 筋肉中の酸素貯蔵 ヘムタンパク

  • トランスフェリン 0.1% 鉄の輸送 非ヘムタンパク


<その他ヘムタンパク>

  • シトクロムP450 酸素原子添加

  • ペルオキシダーゼ 過酸化水素を利用した酸化

  • カタラーゼ 過酸化水素の分解

  • シトクロムC類 電子伝達

  • ニューログロビン 不明

  • サイトグロビン 不明


<吸収率>

  • ヘム鉄 約30%

  • 非ヘム鉄 約2〜20%

鉄分を摂るとどうなる

鉄欠乏では、鉄分を摂ることが推奨されています。
では、サプリメントなどで鉄分を摂るとどうなるのでしょうか。

鉄サプリの画像
貧血では通常、鉄剤を処方されることが多い

身体は鉄が足りないと判断したときに、恒常性維持のため腸管での鉄吸収を高めます。[1]
(後述するフェロポーチンを介した吸収ではありません)

恒常性維持とはホメオスタシスとも言い、生き物の内部の環境を一定に保つ仕組みのことをいいます。


しかし、鉄は蓄積すると排出する仕組みが存在していません。
また別のシリーズで詳しく解説しますが、体内での過剰な鉄は、多くの病気に関わります。


欧米では貧血について、鉄欠乏性か炎症性かを判断しますが、日本だと鉄欠乏だけの判定です。


ただし、鉄欠乏性貧血というのは、ただの結果に過ぎません。
鉄の取り込みに恒常性維持が関わっている限り、貧血には身体の状態が関係します。


その証拠に加齢マウスの実験では、鉄を豊富に含んだエサを与えた場合、鉄が過剰になって細胞死が起こったのに対し、
鉄分が少ないエサを与えた場合では、鉄過剰による細胞死が少なくなり、鉄の恒常性維持が高まりました。[2]


また、鉄を必要としているのは、人間だけに限りません。
結核菌などの細菌、がん細胞も生き残るために鉄が必要です。


地球で生まれた生命体である限り、鉄を利用している生命体が、鉄を奪い合うのは当然といえます。


細菌たちに鉄を奪われてしまうと、増殖されてしまうので、
ヘプシジンやタンパク質でコーティングして奪われないようにしています。


なお結核菌は、鉄輸送タンパク質のトランスフェリンやラクトフェリンから鉄を奪うほどの力があります。[3]

鉄吸収のメカニズム

鉄の吸収には、ヘム鉄と非ヘム鉄で異なります。

鉄吸収の画像
ヘム鉄と非ヘム鉄の吸収

ヘム鉄は十二指腸上皮細胞でHCP-1(Hem Carrier Protein 1)から取り込まれます。


一方で非ヘム鉄は、還元された後、二価鉄となってDMT-1(Divalent Metal Transporter 1)から取り込まれます。


この段階では取り込まれているわけではなく、その後フェロポーチンに取り込まれることによって、腸の細胞から血液中へ輸送されます。


血液中ではトランスフェリンによって、色んな組織へと輸送されます。

血液中のイメージ
鉄はトランスフェリンによって各組織へ

フェロポーチンをコントロールしているのがヘプシジンという酵素です。
肝臓で作られたヘプシジンが少ない時は、フェロポーチンの発現が増えて鉄を積極的に取り込もうとし、
ヘプシジンが多い時は、フェロポーチンの発現が減って、鉄を取り込まなくなります。


ヘプシジンが多くなる条件は、

  • 鉄が足りていると判断されたとき

  • 感染症があるとき

  • がんなどの疾患があるとき

です。これには炎症性のサイトカインが関与しています。

参考文献[4]

鉄の吸収率は?

鉄分でよく話題になるのは吸収率です。


非ヘム鉄は吸収されにくい。
とよく耳にしますが、ここでいう『吸収』とは、還元して十二指腸上皮細胞に取り込むことであって、フェロポーチンで吸収されたことではありません。


ここはややこしく間違えやすいです。


よく吸収しやすくするにはクエン酸鉄にするとか、ビタミンCと一緒に食べてキレート状態にすると良いと聞きますが、
鉄を摂ること自体、貧血や健康体であっても悪影響が出ます。


キレートとは、ギリシャ語で『カニのハサミ』という意味があり、カニのハサミのように金属イオンをはさむようにして、金属イオンをコントロールする化合物のことです。

キレートのイメージ
キレートはカニのハサミのように金属イオンをはさんでコントロールする化合物

キレート剤は主に、重金属中毒の緩和に使用されますが、油と相性が良いため、
うまく排出されずに組織に留まって毒性を放つことがあります。[5]


結腸がんのマウスへの鉄キレート剤の投与実験では、がん増殖のリスクを増加させてしまいました。[6]


クエン酸鉄の投与では、大腸がんが進行することが確かめられています。[7]


キレート剤ががん進行に関わる癌化増殖因子(アンフィレグリン)を誘導するからです。[8]


また、血清鉄が減少したことは、鉄が不足していることではありません。
血液中はあくまで血液中であり、体内に蓄積している鉄分は分かりません。


このように、自分の体の状態を確かめずに、安易に鉄を摂るのは危険が伴うことがあります。


そして最も危険なのは、血液中にタンパク質でコーティングされていない鉄が放出されることがあります。
鉄を過剰に摂取することで、このリスクが高まります。


つづく

【参考文献】

[1]Safety aspects of iron in food.
Ann Nutr Metab . 2001;45(3):91-101.

[2] Impaired iron recycling from erythrocytes is an early hallmark of aging.
Elife . 2023 Jan 31:12:e79196.  

[3] Exochelins of Mycobacterium tuberculosis remove iron from human iron-binding proteins and donate iron to mycobactins in the M. tuberculosis cell wall.
J Exp Med . 1996 Apr 1;183(4):1527-32.

[4] The role of hepcidin, ferroportin, HCP1, and DMT1 protein in iron absorption in the human digestive tract.
Prz Gastroenterol. 2014; 9(4): 208–213.

[5] Strategies for safe and effective therapeutic measures for chronic arsenic and lead poisoning.
Journal of occupational health 47(1) (2005) 1-21.

[6] Ferric citrate and ferric EDTA but not ferrous sulfate drive amphiregulin-mediated activation of the MAP kinase ERK in gut epithelial cancer cells.
Oncotarget . 2018 Mar 30;9(24):17066-17077.

[7] The Antagonistic and Synergistic Role of Fe3+ Compounds in Chemo- and Electrochemotherapy in Human Colon Cancer In Vitro.
Pharmaceuticals (Basel) . 2024 May 17;17(5):651.

[8] Differential Effects of Iron Chelates vs. Iron Salts on Induction of Pro-Oncogenic Amphiregulin and Pro-Inflammatory COX-2 in Human Intestinal Adenocarcinoma Cell Lines.
Int J Mol Sci . 2023 Mar 14;24(6):5507.

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