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生きて、いたくても――Oct#14

 喫茶店は、多くの緑に囲まれた場所にある瀟洒な建物だった。やや古めかしい感じが雰囲気を盛り立てている。いかにも、と言う外観だった。いつの間にか冷え込んで来たこの秋の空気に、凛と立って見える。
 今日が二八日だから、文化祭はまでもう一週間もない。授業を終えた僕たちは、予定通り三上に連れられて、学校から一五分程歩いた所にあるその店へと向かっていた。三上の家とは近所らしく、また喫茶店のマスターが趣味で絵を描いており、月替わりで五、六点を壁に飾っていて、それでよく通うのだと言う。
「へー、みかちゃんの家ってこの辺なんだ」
「うん、近いから、通学は凄い楽だよ。自転車は許可とかヘルメットとか色々面倒そうだったから、三年間ずっと徒歩だけど、それでも不便がないくらい」
「……三上、美術の専門とかは考えなかったの?」
「ほら、美術の先生、細井先生じゃないですか。小さい頃からご縁があって、実は、それで。学力レヴェルも問題なかったし、近いのもあるし、先生に師事するのを目的で」
 細井先生は教鞭を取る一方で、現役の芸術家だ。と言ってもそれはどこかから耳にした情報で、授業で例示する為に多少筆を持つ事はあっても、それ以外で実際に作品や活動を見た事はない。僕は現役作家に疎いけれど、それでも高名なアーティストの知識なら多少なりとも持っているし、寡聞にして、先生の名前を校外で聞いた覚えはなかった。
 三上の絵を見るに、技量は間違いない。それでも美術に特化した学校に行くより、古くから縁のある一人の人間を求めた。それだけの腕があるのだとしたら寧ろ、普通の高校に勤務している先生の方が不思議に思える。
 ベルを鳴らして中に入ると、木の温もりを活かした内装が落ち着いた空間を演出し、奥の壁一面に掛けられた六枚の絵が、主張し過ぎる事もなくインテリアーとして融け込んでいて、センスと拘りが感じられた。店内は程よく暖かい。
「こんにちは、マスター。奥のテイブル席、いいですか?」
「はいどうぞ、空いてますよ」そう言って、カウンターの向こうに立つ初老の男性がこちらを見る。鼻筋の通った、溌溂そうな印象の人だ。
 少し遅くともまだティー・タイムと言える時間ではあったけれど、店内には一組の客が居るだけだった。特別に求めた四人席は他より少し離れていて、絵画群の下に位置している。混雑していない時は、一人でもここに座らせて貰っているのだと、彼女は悪戯そうに笑った。
 偶見と並び、三上と向かい合う形で着席する。僕は無難にオリジナル・ブレンド、偶見はカプチーノ。三上はマスターを呼ぶと、視線で合図を送っただけで注文が成立した様だった。
「それじゃあ、早速始めましょうか」
 三上が、通学鞄から一冊のノートを取り出す。
「私たちが文化祭で行う、『クエスチョン』の説明をします」


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