許斐堂商店の解けない魔法(短編・1/2)

 淡い夢を見ていた、と言ってしまうのが、俺の恋心に対する、正しい解決だろう。
 
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「君みたいな若者は久々だ、歳を尋ねても?」
「一七です、明後日、誕生日ですけど」
「それはおめでたいね。何かプレゼントしよう。気に入らなければ、売りに来るといい」そう言って俺が彼女に渡されたのは、フレッド・カサックの「殺人交叉点」だった。
「……『葉桜の季節に君を想うということ』、とか、他になかったんですか」
「よかった、君はどうやらミステリー自体は好きそうだ。確かに、そんな時期だね」
 許斐堂商店の品揃えには、圧倒的に推理小説が多い。文学や哲学、専門書の類も置いてはいるが、店構えや屋号からはちょっと想像していなかった。単なる街の古書店だと思ったのだ。
 初めて商店に立ち寄ったのは、偶然に過ぎない。雰囲気と本の匂いに誘われて、ふらっと立ち寄っただけだった。何でもない縁、もう来ないかも知れない客に、初対面にして物騒なタイトルの小説を贈ってくれた――そんな奇人が、店主の芳野吹喜(よしのふぶき)さんだ。
「以後、お見知り置きを」簡潔な名刺を添えた挨拶。印象や情報、物凄い速さで、彼女が俺の中に刻まれて行く。足を運ぶのはあくまで俺なのだが、以後、は、嫌でもあるだろうな、と思わされた。
「……ええ、まあ、一応お祝いも頂きましたからね……ところで」
「何かな、少年」
「あなたの誕生日も、今月じゃないですか?」
 芳野さんの双眸が、少し丸くなる。――失礼を承知で言うと、美人だが華やかではない、この場所と退屈な主人の役柄がよく似合う――どこか低体温な余裕のある態度、魅力的な陰りを含む彼女の表情としては、あまりなさそうな、大きな変化に分類されそうだった。
「ほう。理由を訊かせて貰えると嬉しいね」
「吹喜月って、五月の異称ですよね。『吹喜』って見慣れない、特殊な字の並びだから、それを知っている人はそもそも、『吹喜』に五月って認識がある。他の月生まれに、この名前はつけないんじゃないかと思った、それだけです」
「……うん、見込みがあるな、君は。中々の推理だ」機嫌よさそうに、芳野さんが口の端で笑う。「この先、いい関係になるかも知れないよ」
「それって、どう言う」
「また来て欲しいからね、今は話さないでおこう。次の機会を待っているよ」
 含みを持たせる言い方は、成る程、俺を擽ろうとしていた。店を出るまでに、俺はついでに一冊の小説を買った。ドアーは芳野さんが開けてくれた。ありがとうございました、綺麗な声の後で、彼女が最後に言い残す。そうだ、少年。
「『吹喜』の名は、もっと厳密につけられたんだ。旧暦そのままにね」
 反応を押し隠す間もなかった。狡い人だ、このタイミングを選んだのは、絶対にわざとだ。
「私は六月生まれだよ。では、また」
 
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 条件を二つ考えていた。一つは許斐堂商店から持ち帰った小説、どちら共を読了した後である事。これは終わった。本を補充する意味で、何もなくとも行く理由になる。
 もう一つは、雨である事。感覚的だ。本を買うのに適した天候ではないから、敢えてその時と決めていないと、あまり出向く気にはならない。ただ、あの場所に至っては、憂鬱の似つかわしい時間が用意されている筈だった。暗い日の彼女が見たかった。
「いらっしゃい、ちょっと空いたね」
 傘を入り口のスタンドに挿して、店内に入る。芳野さんは眼鏡を掛けて、カウンターでノートと向き合っていた。雨のノイズがヴォリュームを絞る。ベルはない、扉が閉まると、音が二人だけのものになる。
「今日は何をお探しで?」
「強いて言うなら、以前の答え、ですかね」
「いいね、その返事なら不要だとは思うが、念の為に確認だけしておこう」この人と居ると、夜みたいな錯覚がある。「君は謎解きはお好きかな?」
「……、まあ、双眼鏡みたいなものなので」
「相当行けそうだ、私はGシリーズが好きだよ」
 既に格上だ。凡人が捻り出した意味なしジョークを、いとも簡単に見透かされる。芳野さんのぽかんとする姿を、ちょっと期待していたのに。
「個人の趣味みたいなものでね、私は思考パズルや推理ゲイムなんかの『謎解き』も売り買いしているんだよ。君もどうかと思って」
「へえ……面白そうですね、例えば、どんな?」
「そうだなぁ、小手調べに『数字当て』でもしてみようか。お互いに一から一〇〇までの数字を持っている。その中のどれかをせーので言い合って、私と同じ数字を出せたら勝ちだ」
 聞く限り、あまり腑に落ちない。「それって、『謎解き』なんですか?」
「いや、このままではただの超能力適性検査だね。ルールとヒントを追加する。まずルールとして、一度使った数字は使えない。そしてヒントだが、私は必ず『偶数と奇数を交互に出す』事としよう。そして最後に、質問を一つだけ許す。何を訊く?」
 にわかに非日常めいて、少し神経が鋭くなる。謎解きに於いて、提示された条件は絶対であるべきだ。ルール、ヒント、芳野さんと同じ数字を出せたら勝ち。違和感があるのはルールの部分だ。挑戦が一回切りでない前提みたいに語られている。
「……。一度使ったら、と言いましたけど、回数制限は? 手持ちの数字を使い切るまで、一〇〇回やっても構わないんですか」
「素晴らしいね、つき合おう」
「それなら――最初の数字はランダムでいい。その次から俺は、あなたが直前に言った数字を出し続ける。もしあなたが、最初に俺の言った数字を出したら、手順を最初に戻す。使用済みの数字を後追いする事で、互いの共通の数字を、最後まで残しておくんです」
「ふむ、続けて」
「そうして……少なくとも数字が残り二個になれば、俺の手持ちは『あなたが直前に言った数字』と『共通の数字』、あなたの手持ちは『俺が最初に言った数字』と『共通の数字』、もしくはその両方が共通の数字になるでしょう。あなたは偶数と奇数を交互に出す、その法則が漸く活きて、残りのどちらを次に出すかが掴めます。それに合わせてやればいい」
 一瞬の静寂。演出的な間だ。わずかに溜めて、芳野さんが小さな拍手をする。
「お見事、的確だ」
 長めの息を吐いた。緊張がほどけると共に、充足感が全身を包む。何の脈絡もなく、雨に濡れたい、と思った。客足は依然途絶えたままの、降り込められた小さな世界。通りに目を向けると、どことなく危うい色をしていて、それが今、誰も来ない理由の様に見えた。妙な感傷、芳野さんと同じ内側に居ると、分からない安堵がある。
「君には生温そうだね。次はもっと難しいのを出してみようか」
「あ、是非。でも、売り買いって言ってましたね。幾らです?」
「相場はないが――まあ、一〇円かな」
 ちょっと驚いた。「え、安いんですね」
「これが一〇〇円もするなら、君はゲイム・センターにでも行った方が、もっと質の高いサーヴィスを受けられると思うがね」
「……『謎』が遊べる店の方が楽しいですよ、俺には」
「そうか、嬉しいね。私の趣味につき合ってくれる人が増えて。まあ、せめて君の意識に見合うものを提供しよう。これは私の作ではないんだが」
 傍らのメモ帳に、芳野さんがさっとペンを走らせる。綺麗な指のその一つに、銀色のリングが輝いていた。「解いてみて欲しい。『ダイイング・メッセイジ』を」
 
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 一見、漢字みたいなバランスの配置だ。左側には、縦に細長い「4」。右上に、横棒が傾いて三角形に近くなっている「A」に、その下の崩れた「W」は、粘土の玉に棒を差して作った様に各頂点が丸く太く、左の角度が浅い。
「殺害されたのは、推理作家の芳野吹喜」趣味が悪い。わざわざメッセイジを赤で書く辺りも徹底的だ。「友人の別荘でパーティーをしていたが、遺体となって発見。彼女は旅先に持参していた、愛読書である松本清張『点と線』に、このメッセイジを残していた」
「容疑者は?」
「言ってもいいが、敢えて伏せてみないか? 名探偵殿」
「……つまり、正しく解けてさえいれば、伏せられていても分かるんですね?」
「流石だね。さて、これは宿題にしようか。君なら大丈夫だと思ったから出したが、この問題は少し知識も必要になる。解く鍵に必要なら、検索などして貰って構わない」
 と、仰せの通りに彼女からメモを預かって、暫くは謎とじっくり対峙する事になった。4AW。「点と線」。全ての情報に意味がある。それぞれの歪んだ形、並び――
 ――最初の閃きをどうやって掴んだか、全てを解き終えた後ではもう覚えていなかった。気づき、調べ、やがて確信に変わって、点は線になる。緻密な構成の謎だ。学校でも時間を充てたが、四日目の晩に突然答えへと辿り着いて、ちょうど翌日は休みだった。少し寝不足の、逸る気持ちのそのままに、午前一〇時の許斐堂商店へと向かう。
「おや、少年。おはよう。私の怨みは晴らせそうかな」
「おはようございます。……容疑者の中に、白鳥さん、と言う人が居ませんか?」
「特定の名前が出たね、聞こう」
 取り出したメモを、カウンターの上に開く。一息置いて、
「まず始めに、特徴的なWの文字と『点と線』。やや平べったく、まるで『点と線』で出来た様なこの形と、全く同じものがありました――星座。カシオペア座です」
「本のタイトルが、それを表していた訳だね」
「ええ、そしてカシオペア座はポラリス、つまり北極星を探す目印になります。この細長い4は、方角を表す矢印だった。Wより北にあるAは、北極星の事なんです。これが犯人です」
「……? これが、犯人」
 不意に鼓動が乱れる。予想した反応と違っていた。構わず、続ける。
「そうです。ダイイング・メッセイジは、犯人を探し出す目印。カシオペア座は、北極星を。だから犯人は北極星、と言う事になります」
 徐に、だった。ついさっきまで不思議そうな顔つきをしていた芳野さんが、明らかに瞠然とした表情を湛えた。それこそ、自分の凶行が露わにでもなったみたいに、強く。
「……ところで、北極星はポラリスとイコールではない。何千年と言う単位ですけど、春分点歳差によって入れ替わる。過去にはベガや、りゅう座アルファ星・トゥバンなどが北極星でした。ここに来て、Aの意図が判明します。横棒が傾いているのは、二つの文字の間を取った形だから、つまりそれは――アルファと、デルタ」
 己の推理を信じる。合っている筈だ。犯人を暴く、詰めの一手。
「過去現在、予測されている未来も数えて、自身に含まれる星の内、アルファ星とデルタ星の両方が北極星になる星座は一つだけ。……『はくちょう座』です。犯人は、白鳥さんだ」
 芳野さんは固まっていた、以前の様に焦らす素振りではなく、真実放心していた。沈黙の時間、告げられるべき結果をじっと待つと、やがて彼女が口を開く。
「……。この問題は、今までも何人かは解き明かしている、だが……『その答え方』をしたのは、君が初めてだ」
「その、答え方?」
「カシオペア座と北極星の解釈までは、一緒なんだよ。その情報と4の矢印から、Wは南側、Aは北側と言う事になる。それに従って、図に文字を補足する。方角を表す、NとSだ」
「……あ、っ」
「気づいた、みたいだね。これで文字の並びは『NAWS』、そして改めて、『矢印の向き』が指し示す通り、下から上へ読み直すと――『SWAN』、白鳥だ」
 全く考慮の外だった、思い至りもしなかった。解法は二つあって、そのどちらも、同じ答えに収束していたのだ。本来、暗号的なダイイング・メッセイジ最大の弱点は、所詮は解いた人間の解釈でしかないところにある。だがこれは、双方が互いを裏打ちし合う、答えを動かされない仕上がりのデザインだった。枝分かれしながら層を成す、たった三つ限りの文字。気づけば肌は粟立って、体が季節を忘れ去っている。
「……二通りの読みを揃えて初めて、本当の正解なんですね。参りました」
「いや、容疑者の候補もなしに、よくこのルートを掘り当てたものだよ。知識が要る、と言ったのは、あくまでカシオペア座の特徴だけを念頭に置いていたんだ。そうか……君だけが、あの目線に立てたんだな……」
 小さく、寂しげな独白。俺は尋ねない。今、誰かが彼女の隣に居る。もう充分だった、察してしまえる事だけで。
「……なあ、少年、」
「何です、芳野さん」
 優しい声は、俺には難しい。カウンターに凭れて、床を見ていた。
「実に勝手な事を言うが、また、来て欲しい。必ず」
「宿題でも出しますか?」
「……そうしよう。期限はないから、都合のいい時にでも頼むよ」
 彼女が次の問題を用意している間、店の奥の方を歩いた。俺まで、感傷に誘われない様に。手に取った、初野晴「1/2の騎士」のノヴェルス版を、新しいメモと一緒に鞄に収めて帰った。改題された文庫版は持っている。
 意味はない、そのつもりだ。
 
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 俺がもし二〇歳か、そうすぐでないにしろ、二五歳くらいだったのなら、多分こんな時、煙草を吸うと言う解決で、憂鬱に寄り添う様な気がする。少し長くなった爪で、とん、と灰を落とす。容易な想像だ。億劫な夜。煙草の火だけが、熱量になる夜。
 水平思考問題を解いた。質問するのは、俺ではない。ネットの中で既に終わった、誰かと誰かの応酬をなぞりながら、自分なりの結論を固めるだけだ。それでも、謎と答えがあって、感心するには充分だった。生み出すのが難しい事は、一時間前から身に知らされている。
「少年と薔薇」。或る家に贈られて来た薔薇の花束で、無知な少年は指に小さな怪我を負う。お婆さんが危ないよと窘めた翌日、少年はまた花束を手に取り、遥かに多くの怪我をしていたが、お婆さんは喜んだ。なぜ、……。
 お婆さんが怪我をしない様に素手で棘を取り除いた、では、因果関係が見えやすい。実は老婆は魔女で、少年に掛けた天邪鬼の魔法が成功した事を喜んでいた。……作問マナーに詳しくはないが、答えで非現実要素が突然現れると、恐らくはよくない。これは、破棄してしまう。芳野さんのプロセスを知りたかった。彼女が供する、彼女の愛すべき問題たちは、どうやって生まれて来たのだろう。
 少しばかりの、子供の勘違い。憧れとか慕わしさとか、本当は淡い夢みたいな感情に勝手に深入りしてみせて、何かもっと、壮大で尊貴なものに誤想しようとしている。分かってはいても、冷静な分析を図ろうとしても、自分の中を訪ね歩く程に気持ちは強まって、足が止まらなくなる。彼女が、色濃く映る。
 俺は決して、彼女と一緒にはなれない。
 数日が経った。いつしか、数週間が経っていた。
 
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「お話しするのは、『不思議の国の人狼』です。或る小さな村に、人狼が現れました――」
 梅雨が明ける。からっと晴れた日の紫陽花は虹の代役の様で、そんな快い昼下がりの小径を抜けた先に、小さな佇まいで許斐堂商店は来客を迎える。
 芳野さんが求めるのは勿論、オリジナルな問題だ。多少の類想があるのは仕方ないにせよ、基本的には作者が一から編み出したもの。その為に彼女はお金を払うのだし、俺たちが解く側になる時も、同じ理由でその方がいい。芳野さんの買い集めた謎は、許可が得られていれば俺たちにも提供される。システムは殆ど善性頼みだった。
「ほう、今日は売る側になるんだね」
「考えるのは初めてでしたけどね。遅めの誕生日プレゼントにでもなれば」
「いいだろう、君の挑戦を受けよう」
 彼女は心底面白がっていて、その笑みが深い。誕生日プレゼント、なんて大見得を切ったのは、自分へのプレッシャーと、薔薇の棘程の痛みにしかならなかった。……それは、嫌な想像だ。呼吸を整える。
「人狼を当てれば、あなたの勝ちです。今からヒントを与えてくれる能力持ち、役職を紹介します。本物の同じ役職は一人までですが、村には居ないかも知れません。役職持ちが欠けていても、能力のない村人が常に人数を補うので、村人だけは複数の可能性があり、人狼は確定で存在します。但し全員が、役職を偽る事で同等の能力を行使する事が出来ます」
「不思議の国だね。役職は?」
「占い師、選択した対象一人が村側なら白、狼側なら黒、と言う判定を得られます。霊能者、村に存在しない役職を全て表示する事が出来ます。狩人、選択した対象の自称している役職が本物なら白、偽りなら黒、と言う判定を得られます。そして村人で、村側は以上」
「少なくとも、霊能者の能力は一回でいい訳だ」
 その通り。同時に、霊能者が欠けていた場合、それを知る事が出来るのは偽の霊能者だけであり、能力を使った瞬間に嘘つきだと分かってしまう。
「村人は身分を偽る事で能力を使えるが、狩人からは不利なレッテルを貼られる訳か。……よし、続きを聞こう」
「狂人、占い師を騙った場合、村側に黒、狼側に白と、本来と逆の判定を表示します。人狼も同様の能力を持ち、更に狩人に選択されても必ず白、本物の判定が出ます。狼側は以上」
「村側が占った場合、狂人にも黒が出るんだね」
 本来の人狼ゲイムと違う点だ。ここが大きいポイントになる。
「さて、村にはAからEの五人が居て、四人が占い師だと主張し始めました。Cだけは霊能者を名乗っています。一人につき、能力を使えるのは一回限り。内訳は俺のメモに書いていますから、質問や促したい行動、能力の判定があれば答えます。制限時間は一五分。どうぞ」
「……」
 芳野さんは黙り込んでしまう。この時点で、俺は負けを感じていた。どんな状況をも無関係にする、完全な正攻法を検討しているに違いなかったから。……難易度はともかくとして、正直、自信作だ。あっさり解かないで欲しい。
「……AにBを、騙りで構わないから、占い師としてCにDを占わせてみてくれないか」
 六分程が経って、芳野さんが初めて指示を出す。
「プロ棋士なら、ここで投了するんでしょうね」
「やかましいぞ。結果は?」
「はいはい。どちらも判定は黒、でした」
 却って俺は堂々としていた。どのパターンが難しいとか、そんな意味はもう失われている。内訳のメモ、なんて言ったが、何も書いてはいない。ただのブラフ、白紙だ。
「この問題で占いの結果に黒が出る場合、白が黒を占ったか、或いはその逆のみだ。つまりABとCDのどちらのラインにも狼側が居る、そして狂人と人狼の二人までしか狼側が存在し得ないなら、Eは白で確定だ。適当でいい、Eに誰かを占わせる」
「Aは白、でした」
「つまりBが黒だな? Bに、CかDを占わせる」
「Cも白です」
「結果が逆だから、Cは黒。能力権を残したDが黒のどちらかに、狩人の能力を使う」
「詰み、ですね。Bは白、『本物』でした」
「黒なのに『本物の占い師』なら、Bが狼だね。ああ、いい問題だ。よくやった」
 俺の願望とは裏腹に、少し報われた気になった。彼女が、満足そうな反応だったから。成る程、完膚なきまでに暴かれるなら、悪くないのかも知れない。
「折角だ、感想戦でもしてみないか?」
「最初の手順ですね。AがBを、CがDを占った結果、どちらも判定は白、でした」
「判定が白なら、白から白か、黒から黒のどちらかになる。BがDを占う」
「黒です」
「これが白だったなら、『黒は二人まで』から、Eが一匹狼だ。が、黒だね。どちらかのラインが狂人と狼のセットを指していて、Eは白。ならば後の追い詰め方はさっきの応用だ」
 感想戦と言うより、消化試合に近い。「ABが白、CDが黒なら?」
「その場合、CDのどちらかは黒。『黒は二人まで』から、AB両方の黒は否定され、逆にABの白が確定する。BにEを占わせる」
「白、としましょうか」
「大事なのは、白黒問わず『色が確定した占い結果は信用に足る』、ところだね。Eが白でも黒でも構わない、EにCDのどちらかを占わせて、謎が残れば狩人で絞り込む。どうあっても占い四人と最後の狩人で、絶対に解決するんだな、これは。霊能者の存在が完全にミスリードなのも味がある。上質なプレゼントを貰ってしまったよ。この問題は、誰かに提供しても?」
「プレゼントですから」
 すかさずノートが開かれる。無邪気の、少女みたいな一面だった。ああそうだ、君の方は。書き留めながら、彼女は以前の答えを待った。
「――様子を見に行き、鍵が掛かっていたと証言しました。確かにその通りですが、施錠されているかは、ノブを握って確かめないと分からない。しかし、女の指紋は検出されなかった。手袋をしていたからです。証拠を残してしまったのではなく、残すべきものを残さなかった」
「うん、しっかりと見つけたね」
 頷きながらふと、懐かしそうな目をする。刹那、互いに躊躇いの間が生まれた。彼女は瞬き一つでそれを消してみせるが、俺は彼女程、器用じゃない。……どこかで、鳥が鳴いた。建物越しの、不透明な声で。
 彼女に気配を感じた。俺は、素直に時を委ねる。
「……素晴らしいよ、君は。元の観察眼や推理力が優れているだろう、これまで、的確に謎を解いてみせた。4AWには、本当に驚かされたんだよ。そして……『不思議の国の人狼』は間違いなく、私のお気に入りの一つになる」
 影がちらつく。やめて下さい、とは言わなかった。もう少しだけ、身長が欲しかった。
「……これ以上はきっと、君にしか、頼めないんだ」
 切迫した様な、懇願する様な――傍目には微細で、心の一滴が融け込みでもした程度の変化だったが、やはり、あまり見たくない顔をしていた。彼女が身じろぎをした時、自然な経緯で髪が揺れて、ストリング・カーテンみたいでそれは、それは綺麗に映った。
「君の力を貸して欲しい。私が未だ解けない、唯一の謎なんだ」


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