36:とうとう消えてしまった

※登場人物は全て仮名です。また一部詳細を変えています。

久し振りにクボさんに声を掛け、一緒にイナダさんが経営する"あの"Barに顔を出した。

ヒロやノリさんなど、久し振りに顔を合わせるイツメン達。

当日スタッフで入っていたメグミちゃんとも久し振りだった印象。

元々、酒が弱いくせに酒飲みで"やらかし"が多いヒロが、この日も上機嫌で大声を出していたのだが、ちょっと中抜けで他の店に行き、そこで大迷惑を掛けてきたらしく、戻って来たヒロに対し、クボさんが強めの説教をしたのだが…

酒の力もあってか、必要以上に落ち込んでしまったヒロを周りが慰めようとするも逆効果で、とうとう泣きながら"死にたい"とまで言い出してしまったヒロ。

見かねたメグミちゃんが『ここにいるみんなが、そうなった時にどんな気持ちになるかを知ってる人達なんだから、そういう事言うのやめなよ』と言った。

オレは知らなかったのだが、酒場の常連だった役者さんが昨年9月に亡くなったのだそうだ。
オレも1度は会った事あり、どんな人かを知っているので、その話には驚いた。

細かい話は聞かなかったが、口振りからすると、恐らく彼も自死だったのだろう。

そして、それに引っ張られたかの様に、みんなが口を閉ざしたかの様になっていたエミちゃんの名前をメグミちゃんが口にした。

この一年間、ここでエミちゃんの事をあまり話せなかった事を後悔している、という趣旨の事をメグミちゃんは言ったが、それは仕方ない事だろう。
Barはパブリックスペースであり、プライベートスペースではない。

当然ながらエミちゃんの事を知らない人だってたくさん来る。

ところが、この日は違った。
もちろんエミちゃんの事を知らない人も1人か2人かはいたみたいだが、その場にいた殆どのみんなが、エミちゃんの事を、そしてエミちゃんの身に何があったかを知っているメンツだった。

ここの常連でもあったエミちゃんという女性がね…と、要領を得ない人にメグミちゃんが説明しつつ、恐らくメグミちゃんの中で暴走しない様に気を付けながら話していたであろうエミちゃんの話題。

そんな中にあった「何日か前に、エミちゃんのLINE消えたよね…」という一言があった。

あ、そう言えば…とクボさんも反応した。

オレはその事を知らなかった。

オレは左記にも書いた通り、自分の操作ミスでエミちゃんとのLINEトーク履歴を自ら削除してしまった。

それから新たにトークルームを作る事もしなかったので、友達リストの中にこそエミちゃんのアカウントはあっても、トークリストの中には存在せず、普段目にする事もなかった。

オレは言われて自分のLINEを見るも、友達リストの中にもエミちゃんのアカウントは無かった…トークルームがあれば、そこにあった形跡こそ残るものの、トークルームが無い場合は最初から何もなかったかの様に跡形もなく消えてしまう様だ…。

フッと思い立って、グループの方をのぞいて見ると、エミちゃんが加入していたグループすべてのトークルームの一番末尾にUnknown Userが退出しました、と4月8日付けで記されていた。

トークルームを遡り、エミちゃんの発言を見ると、エミちゃんのアイコンも名前も無くなっていて、プロフページにもアクセス出来なくなっていた。

メグミちゃんは「この4月8日で1年経ったんだろうね、スマホを解約してから」と言った。

オレはLINEのアカウントが消えるケースとして、本人が機種変をしてアカウント引継ぎをせずに新たにLINEに登録した場合、或いは解約された契約番号を他人が取得して新たにLINEを登録した場合…いずれにしても、特定の番号で新たにLINEアカウントを登録した場合しか知らなかった。

その他にも、電話番号の持ち主がいない場合…つまり持ち主が居ないアカウントも、1年間という猶予期間を経て削除されるというケースを知らなかった。
携帯番号が他人に渡っても、SNSと紐づけさえしてあればLINEは消えない…そう聞いていたので、アカウントはSNSと紐づけされて、だから残っているものだとばかり思っていた。

メグミちゃんは、エミちゃんが亡くなってからも、もう既読にならないそのアカウントに何通かメッセージを送り、そして時々は見返していたそうである。

オレも似た様な事をしていた。
亡くなった当日から四十九日を迎えるまでの間、極々短文も含めると28通ほど送った。

内容は時期によって変化していて、亡くなった当初は、なんでそんなことをしたの?という類の問いかけ、後悔や謝罪、また当時一番病みが酷かったコガくんを早く呪縛から解放してあげて欲しい、という悲しみに満ちた内容だった。

それがやがて、コガくんやマイちゃんと会った日の報告、出会った記念日の報告、一緒に行く約束をしていて本来は一緒に過ごす筈だった日の報告、約束の日が全部終わった報告、労いの言葉、そして四十九日に送った最後のお別れの言葉、と柔らかい内容に変化していった。

そして同じく、時々は見返していた…操作を誤って削除してしまう日までは。

オレやメグミちゃんだけではなく、恐らく似た様な事をしている人は他にもいるんだろうな…そしてきっとそれは自然な事なんだろうな…。

そうやって読み返してたから、アカウントが消えた事に気付いたとメグミちゃんは言っていたが、それはつまり亡くなってから1年3ヶ月が経った今でも割と頻繁に読み返している、という事になる。

オレは、エミちゃんとのLINE消しちゃったから、気付かなかった…と言ったら、メグミちゃんは信じられない…とでも言うかの様な表情で「なんで…?」と聞いてきたので、慌てて弁明した。
もちろんわざとじゃなくて、手違いで消してしまい、凄くショックだった、と。

メグミちゃんは、遺書にオレの名前があった事も知っていた。
ひょっとしたら、遺書の内容も知ってるのかも知れないな…そう思ったので、もう少し時間を掛けながら、エミちゃんの話をメグミちゃんとしていきたいと思う。

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