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愛犬タケオの思い出

ゴールデンウィーク明け、こんな話を聞いた。 犬を飼っているその人は、犬を預けて旅行に出かけた。旅行後は預けてた犬は、ご主人のところへ戻ったのだが犬の声が明らかに違っていたんだとか。
要は ず―と吠え続けていたため、ものすごく声が かすれていたんだそう。
それを聞いて 私は「当たり前だけど、犬は人間の言葉がわからないから、旅行に行ってくるよ って説明してあげられないですもんねぇ。説明できれば 犬にしてもイヤだろうけど 諦めて 1日中 吠えっぱなし ということもないだろうに。状況が全くわからないんだから捨てられたと思うかもしれないし、不安で不安で仕方がなかったんでしょうね」というようなことを言った。言いながら私は、昔 飼っていた犬のタケオのことを思い出した。

ものすごく昔、タケオを残して家族みんなで四国へ 3泊4日で旅行に出かけた。その旅行は墓参りも兼ねていた。旅行にあたっては それなりに準備もした。タケオが自由に動ける場所を用意し、エサやり 水やりも 知り合いに お願いした。事前に知り合いの顔見せも行った。

はたして、私達家族は旅行を楽しんで家に帰ってきた。帰った 他の家族達は、家の窓を開け 空気の入れ換えをしたり、食事の用意をしたり、あれやこれやと仕事をしている。こういう時、末っ子というものは特にやることもない。なので 末っ子の私は、タケオのところへ顔を出した。私は 当然、タケオがシッポを振りながら 喜び勇んで 私に飛びついてくると 思っていた。ところが 期待は 大きく外れた。視線を チラっと私に向けたが、それっきり。シッポはピクリとも動かない。それどころか 近づいてくることもない。 器には水とエサが入ったままで食事もろくすっぽしてないように思えた。私は頭をなでたり、エサを口に持っていったり、" お手 " などと 言ってみたりしたが反応がない。表情というものが全くない。かといって衰弱している ふうでもない。反応が欲しい私をよそに、タケオは顔をそむけるばかり。さすがの私も合点した。「 こいつ怒っている 」
" ふざけるな 一人に(1匹に) しやがって " とタケオは怒っているんだと理解した。焦った私は、家族に助けを求めた。

犬はいつだって人がいい。 犬がいいのではなく、犬なのに 人がいいのだ。客観的に見て ひどいことでも まるでなかったようにしてくれる。少なくともそう見える。うちのタケオだってそうだ。いつもは。
そのタケオが無表情とは よっぽどだ  ということになる。その時 私は、まず タケオの あり様が 信じられなかった。そして ものすごく焦った。その焦りには恐怖が混じっていたと思う。このゾッとする感覚、今 思い出しても ありありと感じられるほどだ。

「タケオが大変だよ」 という私の声に、入れ替わり立ち替わり家族が来て、かまったり 謝ったりしたが、今一つで、タケオの中で たぶん ランク1位の父でさえ 効き目があったとは言い難かった。それだけ タケオにとって、家族がいなくなったことが 辛かったに違いない。 家族が帰ってきたからといって、まるでなかったようには できなかったのだろう。タケオの意地、犬の意地を見た私は、犬を なめてはいけないと心に刻んだ。

やっと その日の終わる頃になって 座ったタケオのシッポの先っぽが、わずかにパタパタと床をたたいた。 それを見て私も とりあえず 寝ることとした。

翌朝見たタケオは いつものタケオに戻っていた。心底ホッとした。

そのタケオも 私たち家族の前から いなくなって ずいぶんたつ。
「タケオ、今ものすごく 君に会いたいよ。他の犬じゃ ダメなんだよ。そのうち 私もそっちに行くと思うけど、反応なしの無表情だけは かんべんな」

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