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「マスコミは○○を報道していない」に要注意

ネットでウケやすい話題の1つに「マスコミ叩き」があります。

その内容は報道の中立性から情報の真偽、取材方法まで多岐にわたり、それに対してマスコミ寄りの立場から反論するユーザーが少数派なこともあってか政治思想の左右を問わず人気のネタとなっています。

もちろん真っ当な指摘もあるのですが、中にはイチャモンとしか表現出来ないレベルのお粗末なものも見受けられます。

特にイチャモンの割合が高いのが「マスコミは○○を報道していない」系のもの。

一例として2022年1月末に豊島区議会議員のくつざわ亮治氏が投稿した以下のツイートを紹介します。

NHKグローバルメディアサービス社員が、出張を装って旅行代理店に新幹線のチケットを手配させ、それをJR窓口で現金化しローン返済や遊興費に使っていたことが発覚。去年の7月から10月の間に85回、ほぼ毎日犯行を続け被害総額は約2800万円だった。当然ですがテレビ新聞は一切報道せず。

ツイートではNHKの関連団体が行っていた不正の概要に加えて被害総額等が書かれていますが、特に最後を締めくくる「当然ですがテレビ新聞は一切報道せず。」のインパクトは強烈です。

恐らく、くつざわ氏は「マスコミはこんなに悪質な不正をしているのに事件を報道していない。身内に甘いマスコミを許すな」と言いたいのでしょうが、実はこのツイートには重大な間違いが含まれています。

NHK関連団体社員を懲戒解雇 約2800万円 代金払わず

そう、この事件は「テレビ新聞は一切報道せず」どころか、むしろ当事者と深く関わりがあるNHK自身がしっかり報道していたのです。

改めて考えてみれば、くつざわ氏はツイート内で事件の経緯や内容を事細かく書いていたわけで、もしも本当に事件が報道されていないなら情報を入手することも出来なかったはずです。

くつざわ氏は過去にもデマを意図的に拡散した「前科」があるだけに、恐らく今回も事件がNHKによって報道されていることを知った上で、敢えて「報道されていない」と嘘をつくことでNHKを含むマスコミ業界への憎悪を煽ったのでしょう。

この件に限らず「マスコミは○○を報道していない」系の批判には、

実際には報道されているが、それに気付いていないか、記事を探そうともしていないだけ

というものが少なくない割合で紛れ込んでいます。

これは情報を発信するマスコミではなく情報を受け取る側の問題なので、ネット上に溢れるマスコミバッシングを安易に信用せず、本当に報道されていないのかを自分で確認することが大切です。

しかし、中にはどれほど探してもマスコミによる報道が見つからない案件というのも存在します。

理由は様々ですが、大抵は新聞本紙には記事が掲載されていても電子版が未公開、もしくは単純にまだ取材中で記事が公開されていないだけというものがほとんどです。

もちろん、反マスコミ界隈が度々言及している「報道しない自由」が影響して全く報道されていなかったり、報道されていても扱いが極端に小さかったりする場合も皆無ではありませんが……。

ですが、もしも貴方がネット上で「マスコミは一切報じない真実」と銘打って紹介されている書き込みや記事を見かけたならば、「真実をひた隠しにするマスコミは許せない!」と憤るよりも先に考えるべきことがあります。

それが……

そもそも、それは本当に真実なのか?

ということ。

ネット上に溢れる「マスコミは○○を報道していない」論において、マスコミが特定の話題を報道しない理由として挙げられるのは「都合の悪い真実を民衆から隠すため」というものが主流ですが、果たして本当にそうなのでしょうか?

こんな事例があります。

2018年1月末に群馬県の草津白根山が噴火した際、付近で訓練中だった自衛官8人が巻き込まれて死傷者が発生しました。

後に、亡くなった自衛官の方は他の隊員を守ろうとして噴石を受けたことが判明するのですが、当初ネット上では事実と異なるデマ情報が拡散しました。

きっかけは電子掲示板5chに投稿された書き込みです。

内容は「現地から」の情報として「自衛官が私達親子を守るために円陣を組んでくれたために噴石の犠牲になった」といったもの。

参考記事→草津白根山噴火「自衛隊員8人が円陣になって民間人を守り、死亡した」は本当か BuzzFeedNews

前述の通り、これは事実と異なる作り話なのですが、ネット上ではこの書き込みを元に「自衛官の危険を顧みない英雄的な行動で助かった親子がいるのに何故マスコミは報道しないのか?」と不満を漏らす人々が現れました。

挙げ句の果てには「マスコミは自衛隊が嫌いだから、自衛隊の素晴らしいエピソードをわざと隠蔽しているんだ」などとデマを元に勝手な憶測を膨らませてマスコミへの憎しみを募らせる人まで出てくる始末。

もう一つ、別の事例を紹介します。

これは、デマサイトとして有名なアノニマスポストが「テレビが絶対に報道しない成人式風景」と題して公開した記事に対するTwitterユーザーの反応の一部です。

「テレビが報道しない成人式風景」は誤り 別のイベントの画像

こちらも後にデマであることが判明し、現在は記事自体が非公開になっていますが、当該記事を信じたユーザーの多くは「成人式の風景を報道しないマスコミ」という存在しない敵を憎悪し、デマを流したアノニマスポストではなく、デマで攻撃されていた被害者側であるマスコミへの不信感を募らせる結果となってしまいました。

このように「マスコミは○○を報道していない」の中には、

そもそもデマだから報道されていないだけ

というものも少なからぬ割合で存在しているのです。

例えば、新型コロナウィルスのワクチン接種に反対する所謂「反ワクチン」の人々は一時期「コロナワクチンを接種すると体が5Gに接続されたり磁石がくっ付くようになる」というデマをSNS上で積極的に拡散していました。

もちろん、そのような現象は起こっていませんし、本当に被害者がいるのだとすればもっと大々的な問題になっているはずです。

しかし、彼らは「有識者やマスコミはそういったワクチンの有害性を公開せず、ひた隠しにしている」と語り、あくまで自分達の意見が真実であると主張し続けました。


2020年アメリカ大統領選挙では、トランプ氏を支持する所謂Qアノンと呼ばれる人々や大紀元エポックタイムズ、ワシントン・タイムズといった宗教系メディアが「トランプ氏の票が廃棄されている」「この選挙は不正だ」「最終的にはトランプ氏が復活当選する」として、連日大量のデマやフェイクニュースを流しました。

不正や復活当選の根拠とされたデマは作り込みの粗末なものが多く、大半は有志のファクトチェックにより素早く否定されていきましたが、それでもなお彼らは「本当はトランプ氏が勝利しているのに一般のマスコミが報道していないだけ」と主張し、氏の敗北という現実からさらに目を背けていったのです。

事実無根の憶測やデマを「真実」と称して流布し、当然のことながらそれを報道しないマスコミを「偏向」であるとしてバッシングする一連の流れは、マスコミに対する不信感を募らせる手法として陰謀論界隈で頻繁に使われています。

これは、既存マスコミを「嘘つき」として敵視させることで、仲間内に都合の良い情報を流すメディアやインフルエンサーだけを信用させるように仕向けたり「我々はマスコミやそれを信じる一般民衆が知らない真実に触れている」と錯覚させて選民意識を高めたりする効果があるからです。

こうした、いわば「常識への逆張り」で結束力を強化した集団は自ずとカルト化・先鋭化して社会的に孤立してしまうことが多いのですが、彼らを利用して金儲けを目論む人々からすれば、それはむしろ好都合。

やがては散々バッシングしていたマスコミの「偏向報道」とは比較にならないほど悪質で荒唐無稽な怪情報すらも疑問を抱くことなく受け入れるようになり、陰謀論から抜け出せなくなってしまうのです。

「マスコミは真実を報道していない」が「マスコミが報道していないから真実に違いない」に変換され、知らず知らずのうちに何らかの政治・宗教団体のプロバガンダに利用されてしまう……

インターネットの一般化により、そういった事例が増えてきたように感じます。

ある人がこんなことを言っていました。

「反マスコミをこじらせて陰謀論にハマるくらいなら、マスコミを盲信していたほうがマシ」

多少言い過ぎな気もしますが、本音を言えば自分も同意見です。

ネット世論に長年触れていると感覚が麻痺しがちですが、TVや新聞等のマスコミはネット上に溢れる怪情報、とりわけアクセス数稼ぎを目的としたまとめサイトや、いいね数稼ぎのために出所不明のデマを流して回るインフルエンサーと比べれば遥かに信頼出来る情報源です。

もちろん、マスコミも誤った情報を流してしまうことはありますが、それだけで「マスコミは信用ならない」と決め付けてしまうのは早計です。

マスコミへの逆張りに染まった結果、プロフィールに「マスコミの偏向報道が嫌いです」「真実を追い求める」などと書いておきながらツイ速だのアノニマスポストだのShare News Japanだの大紀元エポックタイムズだのをフォローしたりRTしたりする残念な人間になってしまいます。

マスコミへのバッシングはほどほどに、「報道していない」系の批判は本当にそうなのか自ら確認するなどして情報リテラシーを高めていきましょう。

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