ネットユーザーの「プーチン賛美」に思うこと
以前からずっと違和感を覚えていたことがあります。
ロシアの大統領ウラジミール・プーチン氏に対する日本のネットユーザーの評価です。
プーチン氏と言えば、ロシアの大統領職を計15年以上務める人物ですが、近年では自身への権力集中や野党勢力への弾圧で国内外から批判を受けています。
また、チェチェン紛争ではチェチェン人への人権侵害に関わり、2014年にはウクライナのクリミア半島を併合するなど、はっきり言って政治家としての行動は褒められたものではありません。
しかしながら、そんな世界規模の問題児が日本のインターネットでは何故か肯定的に扱われているのです。
2021年2月6日には「プーチン大統領の恐ろしい発言」と題してプーチン氏が過去に放った脅迫めいた発言を紹介した投稿がTwitterで大きく拡散されたのですが……
投稿者を含め、ほとんどのユーザーがプーチン氏の発言内容に肯定的な反応を示すか、もしくは「恐ロシア」の一言でネタのように扱うだけ……といった傾向が見られました。
つまるところ、日本のネット世論ではプーチン氏の「恐ろしい発言」を目にしても彼に対して明確に否定的な見解を述べる層は少数派に留まっているわけです。
先ほど紹介した投稿にも登場したこちらの発言は、チェチェン紛争の際にプーチン氏が敵対するチェチェン人の「テロリスト」に向けて放ったものです。
プーチン氏に肯定的なネットユーザーのほとんどは、この発言を見てもなお彼を「テロリストに強気な態度で挑むカッコいい政治家」として捉えているのだと思いますが……彼らにこう問いかけたい。
その認識、本当に正しいですか?
件の発言のきっかけとなったチェチェン紛争は、ロシア南部の北カフカース地方に位置するチェチェン共和国の主要民族であるチェチェン人が、ロシア連邦からの独立を目指してロシア軍と戦った紛争です。
チェチェン人には民族の独立国家を打ち立てようとする独立派勢力と、ロシア連邦内の一共和国として留まることを希望する残留派勢力の2つが存在しており、紛争は独立派勢力と残留派及びロシア軍との間で発生しました。
独立派はロシア国内で幾度となく大規模なテロを起こしたため、ロシア政府は独立派を「テロリスト」と認定して軍事的な掃討や弾圧を正当化します。
しかし、この「掃討」の過程でロシア軍によるチェチェン人に対する重大な人権侵害が発生し、多数の民間人が犠牲になりました。
結局、単なる武装勢力に過ぎないチェチェン独立派は圧倒的な力を持つロシア正規軍に敗れ、チェチェン独立の夢は果たせぬまま紛争は終結します。
チェチェン紛争は「独立を目指す少数民族が中央政府に武力で弾圧される」という典型的な少数民族弾圧ですが、これによく似た事例を我々は知っていますよね。
そう、中国における「ウイグル問題」と「チベット問題」です。
これらの問題は日本のネットユーザーの間でも認知度や関心が高く、近年では現地住民から伝えられる悲惨な人権蹂躪や陰湿とすら言える抑圧政策が報じられる度に中国政府に対する激しい抗議の声が挙がるようになりました。
また、強大な軍事力を背景とした周辺国への威嚇行為や香港への政治的介入、覇権主義的な一帯一路構想等も否定的な文脈で語られることがほとんどで、肯定的に捉える意見が支持されることはまずあり得ません。
中国に対する反発は問題の原因である中国政府、すなわち中国共産党とその一党独裁体制に対する批判にも発展し、とりわけ国家主席として党と国の権力を一手に握る習近平氏は「悪の親玉」として蛇蝎の如く嫌われています。
これだけ見れば、ネットユーザーの多くは少数民族弾圧や反民主主義的な政治体制はもちろん、覇権主義や権威主義も「悪いこと」と認識して明確に反対していると考えて良さそうです。
が、しかし。
不思議なことに、彼らはプーチン氏が行う「悪いこと」には驚くほど無関心なのです。
無関心なだけならまだマシですが、数々の問題行動を知った上で肯定的に扱ったり「恐ロシア」と軽く茶化すだけで終わらせたりして極力言及を避けるような態度をとる人々が非常に多いことにも驚きます。
中国の「悪いこと」にあれだけ敏感に反応するならば、プーチン氏とロシア政府によるチェチェン人への抑圧も、クリミア半島の併合も、野党勢力への弾圧も、ジャーナリストの暗殺も、全て中国の人権問題や覇権主義と同様に強く非難すべきではないでしょうか。
はっきり言って、習近平氏率いる中国とプーチン氏率いるロシアは悪い意味で「似た者同士」です。
どちらも誰かが苦しんでいることには変わりなく、どんな屁理屈を用いても正当化することなど不可能なのですから、どちらか一方ではなく両者共にバッシングするのが本来あるべき態度のはずですよね。
では何故、大半のネットユーザーはそんな当たり前のことが出来ないのか。
理由は分かりきっています。
ネットユーザーの大半は「人権」や「民主主義」など本心ではどうでもいいと思っているからです。
彼らは中国の問題を人権や民主主義という言葉を使って声高に非難しますが、その情熱をロシアをはじめとする中国以外の国家にはほとんど向けようとしないばかりか、日本国内で発生した人権問題にすら冷笑的な態度をとることがしばしばあります。
2021年11月20日にはプーチン氏がデモを否定的に語る画像がTwitterに投稿され、1.9万もの「いいね」を獲得しました。
この画像でプーチン氏は「女性や未成年を先頭に立たせるべきではない」という理由でデモを「テロリストのやり方」だと断じていますが、こんなものは単なる屁理屈に過ぎません。
まず、デモは民主主義で認められた権利の1つであり、決して「テロリストのやり方」ではありません。
そして、先頭に立つ人々の年齢や性別という、デモ隊が訴える主張とは何の関係もない部分を理由にデモ自体の正当性を否定すべきでもありません。
何より、件の発言はチェチェン紛争の時と同じく、自身と敵対する勢力を「テロリスト」扱いして抑圧するための方便であり、実際にプーチン氏は現在進行系で野党勢力のデモを弾圧する立場にあることも念頭に置く必要があります。
さて、Twitterにはこのような反民主主義的な屁理屈に何の疑問も抱かず賛同してしまうアカウントが少なくとも1.9万は存在するわけですが、彼らは中国の政治的介入に対抗すべく立ち上がった香港の人々に対して、習近平氏が「デモの先頭に女性や未成年を立たせる香港民主派はテロリストだ」と語ったとして、それに賛同するのでしょうか?
否、猛烈にバッシングするでしょう。
しかし、彼らは別に人権や民主主義を重んじるが故にバッシングするわけではなく、単に「中国だから」「習近平だから」条件反射でバッシングしているだけに過ぎません。
実のところ、今回紹介したプーチン氏への賛美とも表現すべきムーブメントも「プーチンだから」「みんなが評価してるから」条件反射でいいねを押してしまうユーザーが大半なのだと思います。
長年ネットを使ってきて痛感したことですが、ネットユーザーにとって最大の正義は「みんなが評価してること」であり、みんなが評価してさえいれば明らかに間違った主張でも正論とされてしまう最悪の文化が形成されています。
逆に言えば正しい主張であってもみんながバッシングしていれば間違っていることにされてしまうわけで、今回の場合は人権や民主主義のような普遍的な価値観よりも「みんなの評価」が優先されてしまった典型例と考えるべきでしょう。
とは言っても、人間誰しも多数派に抗うのは辛いものですし、それが間違っていることに薄々気付いていたとしても、場合によっては敢えて馬鹿になってみんなと一緒に盛り上がるほうが世の中をより楽しく上手に生き抜けることもまた事実です。
ですが……
そういった不誠実な態度のまま政治や人権にまつわる話題に首を突っ込むのは絶対にやめて欲しい。
忘れてはいけないのは、プーチン氏はアニメに登場するカッコいい悪役などではなく、現実に存在して数々の人権侵害に関わっている「ロシアの習近平」だということ。
「同じことをやってても習近平(中国)は気に入らないけどプーチン(ロシア)なら許せる」などと本気で考えているのであれば、もう二度と政治に関わるべきではないです。
ここまで長々と書いてきましたが、要するに
軽々しく独裁者を肯定するな
ってことです。
プーチン氏を語るなら、これだけは常に心の何処かに留めておいてください。
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