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旅立ちの前に

この街に生きて、虐めも差別もたくさん経験して来たけれど、劣等感を感じて来たことで他人の痛みや気持ちが分かるようになったという意味において、それで良かったのだと思う。

お互い様とは、自分に劣等感があるからこそ相手の劣等感にも気づける訳であり、お互いに大変だけれども負けずに頑張りましょうと言える気持ちになり、相手を気遣うことができるのだと思う。

世の中には生まれながらにして恵まれている人間もいて、ボンボン育ちで他人の苦労や悲しみに気づかない、またはそんなことを考慮する必要などない人々もいるが、恵まれている状況と時代が永遠に続くはずもない。

それに誰でも歪な強みと弱みを持ち合わせていて完全な強者もいない。

歳を重ねると若い頃に比べて圧倒的に弱みが増えて来て、なおさら他人の痛みに気づくようになる。

何事も経験しなければ正確に想像すらできないことも多い。

子供の世界は残酷で、昔から特にこの街では生きて行くことが大変だった。

親や教師や先輩の言うことは絶対で、街で擦れちがう先輩と眼が合ったというだけで殴られるような状況で、高校時代は土手で血みどろの殴り合いをしてまで自分を守ることに必死だった。

弱い者を見つけては自分の受けているストレスを発散する者たち。

正義と名のつくものも自分の不利益にならない範囲で実行される社会。

この街に限らず人間の劣化が進む中、強い者たちがルールを作り、あらゆる規範が溶け続け、自由も平等も正義さえもが建前であると気づかされる。

幸福も欲望も自己完結する時代になり、これでは人口が激減するのも仕方がない。

人生百年時代と言われても、老人は牢獄で拷問を受け続けるようなものだ。

愚痴はここまでにして、それでも、この街で色々とあったけれど、旅立ちの前に、収支と辻褄を合わせたいのか、終わり方の美学を考えているのか、弱い自分をこの街が鍛えてくれたのだと考えられるようになった。

苛烈な時代を生き、バブルを経験し、子育てをしながら親を見送り、そして子供たちを社会に送り出すことができて、漸く自分に時間とお金を使うことができるようになった。

昭和の時代、男は生まれながらにして男に生まれる訳ではなく、様々な挫折と苦難を経ながら、それを糧として男になって行くのだと教えられたものだが、今思えば、まさに疾風に勁草を知るような時代であった。

経験を通じて無意識と潜在意識の中に男であることの認識と覚悟を植え付けられた時代から、現在、性差を無くす方向に社会が変化し、男らしさは流行らなくなっている。

人の評価も生まれながらにしてその人間が持ち合わせた表層的な部分に偏っている。

だから親ガチャとかいう言葉が跋扈しているのだろう。

僕は社会がどんなに安定し、進化したとしても、水が高いところから低いところに流れるような物理的な力学関係からは逃れることができないと考えている。

長く男社会だと批判されながらも穏やかで平和で優しい時代になった。

しかしそれは安定と発展を求め続けた男たちの絶え間ない努力と忍耐で築き上げた苦難の賜物ではなかっただろうか。

荒々しいブラックな社会から優しいホワイトな社会に移り変わることで、表面的には物理的な力は意味がなくなり、女性の特性が発揮される世の中にはなったが、諸行無常であるなら、何らかの危機が訪れれば、再び男性の抑止力が機能する時代に還るのではないだろうか。

世界はまさに戦乱の最中にあり、再び厳しい時代に突入しつつある。

戦後、アメリカの庇護の下に経済的繁栄を築いた日本との構図に似ていて、経済力だけではない、あらゆる危険負担において下駄を履かされていながら平等を主張する女性たちにはトランプならずとも違和感を覚えている。

確かに子供を生み出すのは女性たちだが、守り続ける基盤は熾烈な競争社会において、待遇が悪化する中、体調不良と人間関係から逃げることもせずに、失われた三十年という長い時間を、世帯主として、ただひたすら奴隷のように働き続けた男性に依存して来たのではないだろうか。

前例と先例に固執し、あるべき姿やイメージで人を縛り、そこから外れた人間を粗悪品であるかのように排除し続けた社会において、家族を守っていた男たちの苦労を知らない女性や子供たちも多い。

人は環境の生き物なので、若者たちの甘さと弱さの原因は我々大人たちの不作為にあるのだろう。

だが、現代の若者たちの気の毒な面も分からなくもないが、環境に立ち向かい強くならなければ人の世に楽園はない。

平和で優しいホワイトな時代は良いけれど、艱難汝を玉にす、という古臭い箴言は長い月日を生き抜いて来た老人の経験的真理である。



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