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【ミステリー】お届け物です (1) 【創作大賞2024 応募作品】


あらすじ


横浜のタワマンに宅配業者の格好をした強盗が入った。強盗は手際よく口座に入っている預金を準備した口座に振り込み、まんまと大金を手にしていた。しかも、被害届を出せないお金ばかりをターゲットにしていた。ところが翌日、その被害者が何者かに殺害されてしまう。強盗事件は被害届が出ないため事件化されなかったが、殺人事件はそうはいかない。関係者から事情を聞いていくと、タワマン内で開かれていたセミナー関係者が容疑者として浮上した。次第に発端は大学時代に起こった交通事故にあるとわかり、強盗事件の関係者との繋がりも出てきた。横浜署の担当刑事達が、通話履歴やスマホのバックアップやカメラ映像を元に犯人を割り出していく。


第一章 宅配業者

いつもの朝

 六月八日、朝九時五十分、マンションの一室でモニターのチャイムがなった。

「お届け物でーす」

「はーい」

 モニター越しにオートロックの玄関に立っている帽子を被った配達業者の男性が映っていることを確認し、百合はオートロック解錠ボタンを押し、配達業者をマンション内に招き入れた。どこにでもあるような光景であり何気ない日常の一部である。

 ここは、横浜にあるタワーマンション。もちろんオートロックもあり高いセキュリティ・レベルを保持しているマンションである。フロントには有人のコンシェルジュや防犯カメラもあり、マンションへの入口とエレベーターホールは常に監視対象エリアだ。不審人物の場合はしっかりと記録が残る。コンシェルジュも不審人物やロビーで騒いでいたりする人がいれば声をかけ、確認したり注意を促したりしている。エレベーターホールの前には来客や宅配便業者のための呼び出しモニターが設置され、訪問を受けた部屋から映像を見ながら訪問者を確認できる。訪問者は訪問先の部屋から開錠してもらわないとエレベータホールには入れない。最も、住人が入った後に続いて素早く入れば侵入も可能だが、全ては監視映像として記録が残るのである程度の抑止機能は働いている。訪問を受けた部屋では、映像を確認していやなら居留守も使える。やはり、マンションに住んでいると安心だと思う設備の一つである。

 しかし、そんな環境にも慣れてしまうのが人間の悲しい習性だ。入居まもない頃はマンション住人の意識も高く、ちゃんとモニターを見て対応し、不審に思えば問いかけ直すこともしばしば。そんな光景もしばらくの間だけであり、年月が経過しデリバリーや配達が増加せざるを得ない環境の変化とともに「また、荷物がきたのね」と軽く考え、オートロックを開錠してしまうようになってしまう。ある意味仕方のないことかもしれないが。

 朝、九時五十分、モニター表示とともにチャイムが鳴った部屋に住む百合は、微塵も不思議に思う事なくマンション入り口のオートロックの解錠をした後、独り言を呟いていた。

「今日はなんの荷物が届くのかしら。最近はよくネット注文するからわからなくなっちゃうわね」

 そう呟きながら、台所の後片付けを続けていた。百合は市役所に勤める夫との二人暮らしをしている専業主婦だ。変わった苗字で五本木といい、夫の名前は京一という結婚して既に八年ほど経っている夫婦だった。百合の身長はそんなに高い方ではないがほっそりとしているので周りからは背が高いように見られていた。少し明るい茶色に染めたショートヘアが似合う三十二歳の女性だ。綺麗な顔立ちというより可愛い顔立ちの女性だった。今では完全に専業主婦となっているのだが、どうやら大学を出て銀行で働き出していた時から専業主婦に憧れていたらしい。夫の京一は身長が百七十八センチ程度あり、市役所で市内の住環境を向上させるプロジェクトに参加している。縁なし眼鏡をかけて、髪が少し薄くなり始めているせいで歳より老けて見られる三十六歳だった。最近は住環境調査のために近隣の県への出張が増えて自宅に居ないことが多くなっていた。

 宅配業者は、マンションのような集合住宅では、大抵複数軒分の荷物を一度に配達して回ることが多い。百合は少し時間がかかって部屋にはくるだろうと思い、キッチンの片付けを続けていたのだ。ところが予想に反し、それほど待つこともなく玄関のチャイムがなった。

「ピンポーン」

 荷物を持った配達員がオートロックのマンションの玄関を通って、エレベーターに乗り自宅の部屋までやって来た。「はーい」と聞こえるはずもない返事をしながら、インターホンで応答することもなく、百合は急いでマスクをつけ印鑑を取り出し、赤いカーディガンを羽織って廊下から玄関に小走りで向かった。小走りといっても五、六歩歩けば玄関なので本人だけが走っているつもりなのかもしれない。玄関横のシューズクローゼットにあるサンダルを履いて玄関のドアロックを外し、外側へ開く玄関ドアをそっと押し開けた。

「ご苦労様でーす」

 声をかけた途端、押し開けたドアが軽くなったかと思うと、いきなり配達員の男の厳つい左足の靴が玄関ドアから内側に差し込まれた。「えっ」と思う間もなく玄関ドアが閉まってしまうのを防ぐかのようにスルッと男は玄関の中に入ってきた。一瞬の出来事だった。そして男は目元でニヤッと笑い「ありがとうございます」と言いながら、その大きな体を玄関の内側に滑り込ませ、玄関ドアを閉めロックをした。配達員は、キャップを深めに被り、黒縁のメガネをかけ、黒い大きめのマスクをしていて顔がよくわからない上に手袋もしている。しかし、肝心の荷物は持っていないようだ。

 百合は、自分の部屋の玄関で何が起こっているのか理解できないまま目の前にいる大きな男に恐怖を感じ始めていた。帽子を深く被っていて俯き加減になっている姿は威圧感まで感じられた。だがメガネ越しの目は笑っているかのように見え、余計に恐怖を感じていた。夫は仕事に出ているので今玄関にいるのは見知らぬ男と二人っきりなのだ。しかも出かける予定のなかった百合は薄化粧を習慣でしてはいるものの、パジャマの上にカーデガンを羽織っただけの格好だということに気付き、余計に怖くなり思わずカーデガンを両手で掴みパジャマを隠すような仕草をしながら、声を振り絞った。

「えっ、なぜ入ってくるんですか? 荷物を置いて出て行ってください」

「ははは、僕が荷物を持っているように見えますか? ほら、持ってるのはこのパソコンだけですよ。今日は、奥さんの家の中に用事があるんですよ、さぁ、リビングに案内してください、奥さん」

「えっ、えっ、何、どういうこと。あなたはいったい誰?」

「大きな声を出さない方がいいと思いますよ。まぁ、大声で叫んだとしてもマンションなので隣近所には聞こえないでしょうけどね。それから、奥さんの心配の種を少しでも減らすために言っておきますが、奥さんの体には全く興味はありません。そんなにカーデガンで胸を隠さなくてもいいですよ。襲いかかったりはしませんから。気にせずに普段通りにしておいてください。はっはっは。でも、言うことを聞いてくれない時はどうなるか分かりませんけどね」

 配達員の男は光るものをチラつかせながら、百合を突き飛ばすようにして、リビングへと入っていった。男の足元を見ると靴跡が残らないように靴の上から靴下を履いていてそのまま部屋の中に入ってきている。そして、リビングとダイニングが一緒になっている部屋に入り、ダイニングテーブルの上に持ってきた小さなノートパソコンを開きブラウザーをシークレットモードで立ち上げた。シークレットモードで立ち上げることで履歴が残らないようにしたのだ。男は、準備を整えた後、呆然として立ち尽くしている百合に向かって指示した。

「奥さん、そんなに怖がらなくてもいいですよ。とりあえず座ってください。まぁ、さっきも言いましたが、言う通りにしてくれれば何も危害を与えることはしませんから。でもね、言うことを聞かないと大変な事になるかもしれません。私は短気だから。このノートパソコンから今奥さんが一番使っていて残高が多い銀行口座にログインするので、銀行名とネット用のログイン情報を教えてください。その後、新しい端末からのログインに対する認証メールがきたら、奥さんのスマホで承認しますから、奥さんのスマホをテーブルの上に出して置いてください。分かりましたか」

「えっ、えっ、何を言ってるんですか。荷物を届けにきたんじゃないんですか」

「あのね奥さん、鈍過ぎですよ。この状態を把握してくださいよ。私は強盗ですよ。いい子にしていれば危害は加えません。大きな声を出したら指を一本、変なことをしたら更に指を一本、逃げようとしたら、足の指全部、このナイフで切ってしまいますよ」

「ひぃ、そ、そんな、私が何をしたっていうんですか」

「何もしてないからこうやって訪問してきたんですよ。さぁ、早く。五分以内にログインしないと大変なことになりますよ。さぁ、早く」

 百合は恐怖のあまり、体が震え始めた。自分のスマホを開いていつも使っている銀行へのネットアクセスのためのIDとパスワードを男の方に差し出して言った。男はその情報の写メをとっていた。

「こ、これです。私の使っている口座の情報です」

「そうそう、素直に出してくれればいいんですよ。では、最初にこの錠剤を飲みなさい。毒ではないから安心していいですよ。そして横に座って見ていなさい」

 そう言って薬のような錠剤を一錠飲ませて、男は百合が使っている銀行のホームページにアクセスしログインした。案の定、画面には初めてのデバイスからのログインを確認するメッセージが表示された。すかさず男は、女性のスマホのメールを開き、「確認」処理を実施してまんまとログインに成功した。

 男が最初に実施したのは残高確認と一日当たりの取引限度額設定だった。残高は、四百五十八万円程度で取引限度額は設定されていなかった。男は、全額を自分たちのグループで管理している口座に振り込んだ。全ての振り込みが完了したことを確認した後、百合の銀行口座のパスワードを変更した。これは、後日ログインされて振り込み先口座を調べられることになるまでの時間稼ぎである。その間にお金は移動が済んでいるはずである。うまくいけば口座解約まで終わっているかもしれない。

「奥さん、協力してくれてありがとう。でも、まだ他にも利用している銀行口座はあるでしょう。金額的に見てこれだけではないと思ってますよ。正直に教えてください」

「そんな、これ以上は生活に困ってしまいます」

「奥さんの旦那は給料を稼いでくるんだから大丈夫ですよ、早く教えなさい。私はそんなに気が長くありませんよ」

「わ、わ、わかりました。ここです」

 最初の口座と同様に男は操作し、三百五十万円程度の金額を送金した。男が狙いを定めていたのは、普通預金のみだった。定期になっていると解約に時間がかかる上にすぐには資金移動ができないし、足がつきやすい。だから、すぐに送金が完了する普通預金のみにターゲットを絞っていたのだ。

「よし、これでいい。ところで奥さん、だんだん意識が遠ざかっていくような感じがしてきたんじゃないですか。最初に飲んだ錠剤の効果が出始めている頃なんですよ。それを中和する錠剤を今から渡すからすぐ飲みなさい。そうしないとひどい腹痛になってしまいますよ」

 百合は、すでに意識が朦朧とし始めていた。強烈な眠気が襲ってきていた。それでも強盗を前にして眠るわけにはいかず、懸命に恐怖と睡魔の両方と戦っていたのだ。震えながらも言われるがままに渡された錠剤を口に入れ水で流し込んだ。男は一通り送金が終了すると同時に、百合が追加の錠剤を飲んだことを確認してしばらく様子を見ていた。男が飲ませたのは二錠とも強い睡眠導入剤だったのだ。

「奥さん、眠くなったのなら我慢しなくていいですよ。私は黙ってこの部屋から出ていくから」

「あ、私は、い、一体、ど、どうなるの」

「奥さん、全く心配しなくていいですよ。目覚めた時にはスッキリしていると思いますから。だから安心して眠ってください」

「え、え、そうなの。もう、なんだか、わからなくなってきたわ。あなたは一体誰だった、、、の、、、わたし、、、」

 言われるがままに服用した百合は耐えられない睡魔との戦いに挑んでいたが、それも虚しい抵抗だった。十五分ほど経過して最初に飲んだ一錠が効き始めてきたのだろう。追加で睡眠薬を飲んだ百合は崩れ落ちるようにダイニングテーブルで眠りについた。

 これで丸一日は眠り続けてくれるだろうと男は確信し、無抵抗になった百合を抱き抱え寝室を探し、運んでベッドの上に横たわらせた。丁寧に掛け布団もかけ、目覚めた時に違和感が無いようにしておいた。もちろんカーデガンは脱がせてパジャマで横たわらせた。そのあと、百合が目覚めてもすぐに連絡できないようにメールの受信を全て削除し、サーバーのメールと同期させた後、スマホを初期化して放置した。認証のメール通知を削除してしまうことを男は考えていたのだ。男は自分がいた場所に遺留品がないことを慎重に確認しキッチンにあった部屋のキーを持って玄関に向かった。玄関の外に出て靴の上に履いていた靴下を脱ぎポケットに押し込んだあと玄関を施錠し、階段で二十八階に向かった。男はガッツポーズをした。たかだか三十分程度で八百万円くらいの稼ぎに成功したのである。マンションの外には、入金を確認している仲間と見張っている仲間が待っているはずだ。早く合流してこの場所から離れようと思っていた。男は成功したことを早く知らせるために仲間にラインを送った。男は完全犯罪を自覚し興奮していた。

『今日は八百万程度の収穫だったよ。でもこのゲームは結構しんどいな。もうすぐ車に戻る』

 この男はこれが最初の犯行ではなかった。これまで刑事事件として問題にならなかったのは、誰も被害届を出さなかったからだ。男は甘い水を飲むことに酔いしれていた。誰も被害届を出さなければ自分たちのしていることは犯罪として認識されないという歪んだ自信が芽生えていたのだ。


不審車両の通報

 マンションのコンシェルジュの席からはロビーとマンション入り口の車寄せが見渡せる。ロビーだけではなく、玄関前でも変わったことがないかをコンシェルジュの担当者は日々確認をしている。担当者は時折交代するのだが、変だと思ったことに関しては交代の時に連携している。最近は白いワゴン車が頻繁に現れて長時間停車しているのをコンシェルジュは気づいていた。自ら注意するのは危険かもしれないので、そろそろ通報した方がいいかもしれないと考えていた矢先だった。

 六月八日朝、九時にコンシェルジュの椅子に座った当日の担当者は、その日もマンション前の白いワゴン車を確認していた。

「今日も朝から停車しているわ。絶対におかしいわね。もう通報した方が良さそうね」

 コンシェルジュの女性がそう思い、電話をかけようと思っていた時、住民がやってきて引越ししてきたばかりでわからないからと相談され始めてしまった。コンシェルジュは住民優先の対応をしなければと思い、快く相談に乗った。コンシェルジュサービスを一通り説明し、郵便受けやゴミ捨て場なども案内しながら説明した。対応が終ったと思ったら、車を買い替えるので駐車場の車庫証明が欲しいという住民がやってきてまたしても対応に迫られてしまった。結局手が空いたのは午前十時を回った頃になっていた。コンシェルジュは最寄りの交番に電話をかけて、マンションの玄関前に不審な白いワゴン車が止まっているので注意してほしいと通報をした。

「もしもし、私はスカイブルータワーマンションのコンシェルジュです。マンション前に不審な白いワゴン車が平日になると停車しているんです。注意していただけますか。マンションの住人の方ではありませんし、関係者の車両でもありません。もう十日以上連続で毎日数時間停車されているんです」

「そうですか。わかりました。ではすぐそちらに向かいます。サイレンは鳴らさないで向かいますので警官が到着するまでは、不用意に声をかけたりしないでください。停車している意図がわかりませんのでくれぐれも近づかないようにしてください」

「わかりました。よろしくお願いします」

 コンシェルジュは、時折チラッチラッと白いワゴン車を確認しながら仕事を続けた。なんとなくワゴン車から人が降りていたような気もしてはいたが、はっきりと見たわけではないので確認するすべはなかった。

 十分ほど経った十時三十分ごろ、マンションの前に不審なワゴン車が停車しているという通報を受けた警官がやってきた。ワゴン車の運転手に悟られないように、パトカーはサイレンを消して近づき、警官たちは窓をノックした。

「すみません。窓を開けてください」

「えっ、警察。なんで」

 中にいた男二人は予期せぬ警官の出現に驚き、エンジンをかけ車を発進させようと試みたが、敢えなく警官に阻止されてしまった。後ろの席にいてパソコンを見ていた男も行き場がなくなり取り押さえられた。直前に男はパソコンに対し何かのコマンドを打ち込み終わっていた。

「どうして逃げようとしたんですか」

「いや、別に理由はありません。ちょっと、突然で驚いて反射的にエンジンをかけてしまっただけです。申し訳ありません」

「そうですか。で、ここでは何をされていたんですか。マンションからの通報によると毎日のように来ていたらしいと言うことでしたが。免許証を出して貰えますか」

「・・・」

「黙っていないで、早く免許証を出してください」

「分かりました」

「えーっと。名前は、速水篤史で間違いはないですね。このマンションにお住まいではないですよね。マンションの敷地内で一体何をしていたんですか」

「いや、あのう。友達が宅配便の仕事をしていて、今日は荷物を取りに行くだけだから、終わったら遊ぼうと言うことでついて来ました。今、その友達を待っているところです」

「今まで毎日のように白いワゴン車が止まっているという通報だったのですが、毎日ここに来ていたのですか」

「いえ、今日だけです。たまたま今日来ただけですよ。そんな毎日来ていたと言うことはありません」

「コンシェルジュは毎日のようにここに白いワゴンが止まっているのを見ているようですが、あなた達ではないのですか」

「そんなことを言われても。白いワゴン車はこの車だけじゃないし。勘違いなんじゃないですか。僕たちは今日初めて来ただけです」

「マンションの防犯カメラを調べれば分かることですよ。調べてもいいですか」

「はい、構いません。僕たちは本当に今日初めて来ただけなので」

「分かりました。それではそのお友達が来るまで待っていましょう」

 やけに自信があるような素振りを男たちは見せていた。警官は疑っていたが、現状ではどうしようもない。運転席の男が仕方なく免許証を提示して一人の警官が確認している時、後ろの座席の男の携帯がなった。どうやらラインで仲間からメッセージが送られてきたようだ。もう一人の警官の動きは早かった。スライドドアを開け、後部座席の男が携帯を確認しようとした時に、素早く携帯を奪い取り確認した。どうやらラインのメッセージが着信したようだった。警官は画面を男の方に向け、ラインアプリをクリックした。未読メッセージが一件表示され、トーク画面を開くと「自由」と言う友達からのメッセージが着信していた。

『今日は八百万程度の収穫だったよ。でもこのゲームは結構しんどいな。もうすぐ車に戻る』

 内容を確認した警官はそのメッセージから空き巣の類いを想像し、後部座席の男に問いかけた。

「これはどういう意味ですか」

「多分、ゲームアプリのことだと思いますけど。飽きちゃったんじゃないですかね」

 警官は、迷うことなく即答されたことに少し驚いていたが、そのことを余計に不審に思った警官は本部に問い合わせた方が良さそうだと考え、無断駐車を注意するだけではなく任意出頭の可能性を探るために問い合わせた。

「もしもし、横浜港交番の立木といいます。現在スカイブルータワーマンションに来ているのですが、白いワゴン車が長期間にわたり毎日のように駐車しているという通報を受け、現在車両と男性二名を確保中です。関連する事件などが発生していれば任意出頭を依頼したいと思い確認の連絡をしました」

「ありがとうございます。そういえば、最近、白いワゴンの無断駐車の連絡が何件か入電しています。任意出頭に応じるようであれば交番まで連行願います。刑事部に連携して事情聴取してもらいましょう」

「了解しました」
 
 そこに宅配業者の格好をした男性が戻ってきた。警官二人に囲まれている友人たちを見て、一瞬笑みを浮かべながら戻って来た男は警官に話しかけた。

「一体どうしたんですか。この二人は僕の友達なんですけど」

「あなたがこのラインメッセージを送った方ですか」

「えっ、ああ、そうですよ。さっきエレベーターを待っている間に送りましたけど。それが何か」

「この八百万と言うのはどう言う意味なのか、その辺りをもう少し詳しく確認させていただきたいので、みなさん一緒に交番までご同行願えますか」

「えーっ、これからですか。まぁ、今日はもう仕事も終わりなのでいいですけど。行っても時間の無駄だと思いますけどね。別に悪いことなんてしてないので」

「はい。そうであることを願っています。よろしくご協力ください」

「わかりました」

「では、三人みなさんでパトカーの後部座席に座ってください。あなた方のワゴン車は警官が代わりに運転して移動します」

「はい、はい」

 こうして、三人の男たちは警察署まで任意ではあるが交番まで同行して行った。三人の男たちはお互いに目で確認し合うような素振りを見せ、ニヤリと笑っている。警官はどうも胡散臭さを感じてはいるが、確証は何もないため手錠をかけることはできない。とりあえず三人をパトカーの後部座席に載せた。警官の一人がコンシェルジュへ行き被害連絡などあればすぐに連絡をしてくれるように依頼し、男たちの乗っていた白いワゴンを運転し、パトカーとともに交番に戻った。

 警官からの連絡は捜査一課に連携されていた。捜査一課では大地刑事と内海刑事がアサインされ交番に事情聴取のために向かうことになった。その間に若手の山丘刑事は、情報収集のためにスカイブルータワーマンションに向かっていた。捜査は大地刑事と内海刑事がペアで行動することが多い。最近は一般住民からの警察に対するクレームも多いため、可能な限り単独行動はしないように気をつけている。大地刑事は移動中の車の中で内海刑事に話しかけていた。

「最近は、ちょっとしたことでも大きな騒ぎになってしまうからな。ただの無断駐車なら我々が行っても空振りだよな」

「ええ、そうですね。ただ、最近、横浜近辺で白いワゴンの無断駐車の通報が交通課の方に頻繁に入っているそうなのでちょっと気になるんですよね。通報は多いのにナンバーがわからないっていうのも気持ち悪いところなんですよね。空き巣とか強盗だったら必ず被害届が出そうなものですけどそれもないらしいんですよね。なんかおかしいと思いませんか」

「そうかなぁ。世の中には変な奴は大勢いるから、何も考えずに時間潰しに駐車してるだけかもしれないぞ。まぁ、ここ最近は殺人事件や強盗事件も起きてないから時間があるからいいけど」

「大地刑事、そんな発言は控えた方がいいですよ。どんな小さなことでも我々警察官は真摯に向き合って市民を守らなければならないんですから」

「はい、はい。内海は本当に正義感が強くて真面目なんだなぁ。時々息抜きした方がいいぞ。刑事の前に人間なんだから」

「そうですね。でも、大地刑事は、息抜きの方が多すぎませんか」

「ワハハ、俺はそれくらいで丁度いいんだ。さぁ、もうそろそろ到着だな。さて、待っている男達はどんな奴らかな」

 二人の刑事が交番に到着した時、すでに三人組は交番にいた。警官の一人は白いワゴン車の車内を確認している最中だった。三人組は、交番に来る間に警官によって名前と住所が確認済みで免許証との照合も終わっていた。特に気になる箇所はなかった。一通り、警官の説明を受け、大地刑事は、交番の奥の部屋で一人ずつ話を聞くことにした。何か情報が聞き出せれば、現場のマンションに向かっている山丘刑事と連携して対応できる。ワゴン車の中に残っていた男二人に対し、事情聴取を実施したが特に変な箇所はなかったのだが、なぜマンションの敷地内に入って駐車する必要があったのかと言うことに関しては、友達の宅配を待つためという理由以外は話さなかった。穿った見方をすれば口裏を完全に合わせているとも感じ取れた。三人目の事情聴取が始まった。大川自由という男だ。

「大川さん、あなたの名前は珍しい名前ですね。これ、なんと読むのですか」

「ああ、よりよしと読みます。ちょっと変わった親ですからこんな名前をつけたんでしょう。いい迷惑ですよ。毎回説明しなければならないので」

「いやいや、いい名前だと思いますよ。ところで、今日はどんな用件があってスカイブルータワーマンションに行かれたのですか?」

「どんな用件って。宅配の仕事に決まってるでしょう。2803号室の方から荷物を送りたいので取りに来て欲しいという依頼をWEBで受けて訪ねて行っただけです」

「それで、預かった荷物は?」

「それが、誰かの悪戯だったらしく2803号室の方は依頼していないと言われたんです。それで仕方なく手ぶらで戻ってきたってわけです」

「そんなことがあるものなんですかね」

「ええ、時々あります。嫌がらせなのかもしれませんけど。僕らには調べる手段がありませんから、いつも泣き寝入りです」

「訪ねた先の方の名前は分かりますか」

「えーっと、確か、平井さんだったかな。女性の方でした」

「分かりました。確認をとらせていただいてもいいですか」

「どうぞどうぞ。嘘なんて言ってませんから」

 後ろで聞いていた内海刑事が携帯で山丘刑事に連絡を入れた。その様子を見ていた大川は、クスッと笑った。

「何かおかしいですか」

「あ、すいません。刑事さんってなんでも疑って調べるんだなって思ったらおかしくなっちゃって。そんな無駄なことにも時間を使わなければいけないんだって思ってしまいました」

「刑事としての仕事ですからね。もう一つの質問をします。友達の方にラインでメッセージを送りましたよね。あのことについて詳しく教えていただけませんか」

「ああ、そんなことまで気にするんですね。あれは、しょうもないチンピラが少しずつ金を手にしてのし上がっていくというスマホのゲームがあるんですよ。そこで、稼いだお金のことをラインしました。遊びですよ。でももう飽きちゃったので戻る途中で削除しましたけど。また、面白いゲームを見つけないと」

「ほう。どこかに押し入って八百万円を手に入れたのではありませんか」

「そんな大金持ってませんよ。みんな調べたでしょ」

「まぁ、確かに車の中も含めて所持しているのは確認されませんでしたね」

「そうでしょ」

「最後にもう一つ、なぜパソコンを抱えているんですか」

「これは、個人的な勉強のためです。秤田からプログラムを教えてもらっていて手が空いた時に問題を解くためです。エレベータの中とか荷物を受け取る間の待ち時間とかで。まぁ、本当は仕事に集中しないといけないんでしょうけど。いつまでもこんな仕事を続けてるわけにもいかないので、勉強しているんですよ。秤田もパソコンを持っていたでしょう。今日も仕事が終わったら、少し勉強して久しぶりに三人で遊びに行こうって話をしていたんです」

 大地刑事は、一応辻褄が合っているなと感じていた。その時内海刑事のスマホがなった。チラッと内海刑事の方を見ると少し興奮したかのようにスマホでの会話を終え大地刑事に耳打ちをして何かを伝えた。
 


被害者発見

 大地刑事や内海刑事と別行動でスカイブルータワーマンションに到着した山丘刑事はコンシェルジュの女性と話をしていた。マンション内で何か起こったかもしれないということでコンシェルジュの女性は不安げな顔をしている。

「こんにちは。今朝は大変でしたね。ご連絡ありがとうございます。もう一度確認なのですが、玄関横に止まっていた白いワゴン車はかなり前から頻繁に停車していたんですよね」

「ええ、そうだと思います。私たちは交代勤務ですが、引き継ぎの時にいつも話題になっていましたから」

「なるほど。同じ白いワゴン車だという確証はありますか。ナンバーの控えとか」

「いえ、それはありません。ここから見える範囲でのことなので、ただ白いワゴン車のような車としか言えません。それに」

「それに、何ですか」

「車が止まっていた位置は丁度防犯カメラの死角なので映像も残っていないんです」

「えっ、でも車に向かって丁度カメラがありますよね」

「ええ、防犯上、大きな声では言えませんが、あの場所に向いているカメラがなかったので、ダミーを設置してあるんです。色々と予算の関係もあるみたいです」

「なるほど。それを知って止めていたとすると間違いなく何かの犯罪に関与しているのかもしれませんね。もしかすると偶然なのかもしれませんけど。住民の方から何か連絡は入っていたりしませんか。大きな音かしたとか、変な人を見たとか」

「いいえ、特に私のところには連絡は入ってはいません。何人か宅配の人や住民の方がエレベーターで出入りはされましたが、いつもの光景でした」

「そうですか。分かりました。また、何か思い出したことがあれば教えてください」

「分かりました」

 山丘刑事が話をしている最中、交番で取り調べをしている内海刑事から連絡が入った。

「山丘刑事。至急二八〇三号室を確認してくれ。名前は平井さんだ。その部屋に荷物を受け取りに行ったけど、依頼していないと断られ、手ぶらで戻ったと言っているので裏を取ってくれ」

「分かりました。丁度コンシェルジュに話を聞いている最中でした。これから確認に向かいます。その前に一つ情報をお伝えします。白いワゴン車が止まっていた場所は防犯カメラの死角になるそうで映像が一切残っていないとのことです。また、ナンバーなどの控えもないそうです。なので、何日も繰り返し止まっていた白いワゴン車が同一のものかどうかは確証がないそうです」

「死角の場所とはな。それを知ってて止めていたとしたら、計画的犯行だな。よしわかった。では確認できたら至急連絡をくれ。それまで、三人組は拘束しておくから」

 山丘刑事はオートロックのガラス戸の前に行った。だがインターホンで部屋番号をプッシュしても返事がない。仕方がないので、コンシェルジュにオートロックを開錠してもらい、一緒にエレベーターで二十八階に向かった。エレベータが二十八階で止まると待ちきれなかったかのように開き始めたエレベータの扉から体を滑らせて廊下に出た。追いかけてコンシェルジュの女性もエレベーターを降りた。山丘刑事は二八〇三号室の前に行き、インターホンを押した。返事がない。胸騒ぎがした山丘刑事は手袋をつけて玄関のドアノブに手をかけて押し下げた。コンシェルジュの女性は不安そうな顔をして見守っている。

「ん、鍵がかかっていない。開いているじゃないか。廊下で待っていてもらえますか。僕は中に入って確認しますから」

「え、ええ、分かりました。ここでお待ちしています」

 山丘刑事はドキドキしながらも、慎重に玄関ドアを引いて開けた。白い大理石の玄関フロアが目に入ってきた。「平井さん」と声をかけるがやはり返事がない。留守なのか、何か起こっているのか分からないので廊下にいるコンシェルジュの女性の方を一度振り向き、頷いて合図を送ると、ゆっくりとドアを閉め静かにリビングの方を覗くように確認した。最悪のことを考えながら周りを観察して部屋の中へと入っていった。

 リビングに通じる扉をゆっくり押し開けると、ダイニングテーブルに突っ伏している女性が目に入ってきた。山丘刑事の心臓はドクドクと高鳴っている。一人で来たことを少し後悔し始めていたが、仕方がないと自分自身を勇気づけ、女性の側によって背中に手袋をした手を当てた。手の平に暖かい体温を感じ、少しほっとした。

「平井さん、大丈夫ですか」

 少しだけ揺さぶってみるが、やはり返事がない。これは救急車を呼ぶべきだと判断し不用意に女性を動かさずスマホを取り出して消防署に連絡を入れたほうがいいと判断した。同時に内海刑事に連絡した。こんな場面に出会わせた経験がなかったので、山丘刑事は結構焦ってはいたが、何もしないほうがいいと自分に言い聞かせ深呼吸をして電話をかけた。

「はい。消防です」

「横浜署の刑事、山丘と申します。現在、スカイブルータワーマンションの二八〇三号室で女性がテーブルにうつ伏せのままぐったりとして起き上がる気配がない状態です。外傷はありません。至急警察病院に搬送して治療をお願いします。何らかの事件に巻き込まれている可能性がありますので」

「分かりました。直ちに出動します。そのままお待ちください」

 救急車の手配で少しほっとした山丘刑事はもう一度頭の中で整理して、内海刑事に連絡した。

「内海刑事、二八〇三号室で被害者を発見しました。玄関の鍵がかかっていなかったので、中に入ってみたところ、テーブルにうつ伏せになってぐったりしたまま、声をかけても目を覚まさない被害者を発見しました。もしかしたら何らかの薬を飲まされたのかもしれません。部屋の中は荒らされた感じもなく争った形跡もありません。とりあえず救急車を手配しました。警察病院に搬送すれば何らかの事実がわかるものと思います」

「何。二八〇三号室で間違いはないんだな。被害者というわけだな。わかった、じゃあ、救急車と一緒に病院まで同行してくれ。目が覚めるまで側を離れるなよ。万が一まだ仲間がいたとしたら狙われるかもしれないから気をつけろ。我々も交番から三人組を署に搬送したらできるだけ早く合流するようにする」

「了解しました」

 山丘刑事は最後に廊下で待っているコンシェルジュの女性の元に行き、まもなく救急車が到着するから玄関を開錠してやってくれと依頼し、ロビーへ戻ってもらった。途端に一人になった心細さが込み上げてきた。しんとしたマンションの無機質な廊下はまるで生活感を感じさせない。誰も住んでいないのではないかと錯覚させるほどの静けさだ。時折動いているエレベーターの音がかろうじて人がいるということを伝えているようだった。こんな時は一分一秒がとても長く感じるようで、手に汗をかきはじめていた。この時ほど一人というものが心細いと感じたことはなかったようだ。程なくしてスカイブルータワーマンションの玄関に救急車が到着し、ストレッチャーを抱えた救急隊員が二八〇三号室にやってきた。山丘刑事は玄関前で待機して救急隊員を招き入れた。

 ロビーでは、コンシェルジュの女性も緊張しているのか青ざめた顔になっている。救急隊員が到着した時、オートロックを開錠する際、手が震えていたようだった。たまたまロビーで近くにいた住民も何事が起こったのかと興味津々で遠巻きに見守っている。マンションの住民同士は深い付き合いはないので、何か事件が起こっても他人事のように傍観するようだ。もうすぐ夕方になると、幼稚園の送迎バスや小学生などが帰ってくる時間帯に突入する。そうなるとロビーもざわついてしまう。今はまだその前の時間でロビーには人が少ない。救急隊員もスムーズにマンションのエレベータに入ることができたことは幸いだった。到着した救急隊員に山丘刑事が説明していた。

「声をかけても起きる気配がありません。動かさないほうがいいと思い、発見した状態のままにしてありますので、よろしくお願いします」

「分かりました。至急、警察病院に運びたいと思います。病院で合流でよろしいですか」

「お願いします。後をついて行きます」

 こうして、二八〇三号室の平井という女性は眠ったまま警察病院に搬送されていった。病院側も連絡を受け、胃洗浄の準備をして待機していた。状況の連絡を受け、何らかの薬剤を飲まされた可能性が高いと判断していた。病院に着くとすぐに処置室に運ばれ、胃の洗浄が実施された。しかし、被害者はまだ眠っている。どうやら薬の成分がすでに血流の中に溶け出したあとだったようで、自然に目を覚ますのを待つことになった。その間に胃の内容物から薬の成分が分析されていた。分析を担当した医者が山丘刑事のところにやってきた。

「山丘刑事さんですか。服用した薬が判明しました。割と強い睡眠導入剤でした。分かりやすく言えば睡眠薬ですね。飲まされたのか自ら飲んだのかは分かりません。もし、自ら服用したとすれば、何か心の病気か神経の病気を患っている可能性はありますね」

「そうですか。先生、分析ありがとうございました。しかし、女性が一人でいた部屋で玄関の鍵もかかっていなかったので、自ら服用したとは考えにくいような気もします」

「そうですか。ここから先の真相解明は山丘刑事さんたちの仕事ですから、お任せします。では、私はこれで失礼します。あっ、患者さんは後三十分もすれば目を覚まされると思いますよ」

「分かりました。ありがとうございました。では、病室の前で待たせていただきます」

 全ては女性が目を覚ませば分かる。二八〇三号室で何が起こったのかも分かるはずだ。これで三人組の男が犯した罪も明らかになるものと思われた。


逮捕への道筋

 横浜港交番では、山丘刑事からの連絡を受け、にわかに殺気だっていた。そのただならぬ気配に驚いたのは三人組だった。自信満々だった男たちの顔色が変わっていく。そこに内海刑事が言葉を放った。

「被害者が発見されました。まだあなた方三人との関係は立証されてはいませんが、大川さんが訪問したスカイブルーマンションの二八〇三号室の平井さんが倒れた状態で発見されました。身に覚えがあるでしょう。よって、あなた方を横浜署の方に移送することにします」

「えっ、ちょっと待ってください、刑事さん。まるで我々が何か犯罪を犯したかのような扱いですが、説明してもらえませんか」

 大川だけは、まだ平然としていたが、他の二人は確実に青ざめた顔になっている。そのことを見ていた内海刑事は、確信していた。三人組は、犯罪行為を犯していると。しかし、まだそれを立証するすべがないし、被害届も出ていないことを懸念していた。だが、そんなことはお構いなしに大地刑事は畳み掛けるように三人に対し犯罪が確定したかのように話しはじめた。

「悪いことをすれば必ず捕まるんだよ。その償いを君たちはしなければならないんだ。何もしていないというのは簡単だけど、何かをしたことが立証されたら、その罪はもっと重くなると認識していたほうがいいぞ。すでに被害者も発見されたわけだから、もう逃げ道はないんだよ。自分の心に問いかけて自供してしまいなさい。楽になるためにね」

 三人組のリーダー格の大川は、他の二人が話してはまずいと思ったのか、自らが答えた。だがその内容は他の二人に対して説明しているようにも聞こえた。大地刑事は気づかないようだったが、内海刑事は気づいていた。やはりこの三人組は何かを隠そうとしていると。

「刑事さん。さっきも言ったように、荷物を受け取りに行ってそれが依頼していないと聞かされ、がっかりして帰ってきたんですよ。だから、部屋の中に入るどころか、玄関にも踏み込んでいませんよ。僕の靴のあとが玄関にあるかどうか調べれば分かるじゃないですか。お願いしますよ」

 大地刑事は、自分では全く証拠を掴んでいないので、それ以上追求ができず、言葉に詰まってしまった。チラッと内海刑事を促して、あとは頼むといっているようだった。内海刑事は仕方なく、三人組に説明しはじめた。

「あなた方は非常に疑わしい状況にいます。被害者と思われる女性が目を覚まして真実を話してくれた時、あなたたちをどうすべきかが決定するでしょう。女性は間もなく目覚めるようですから、解放できるかどうかはその時までお待ちください」

「いやいや。それって限りなく我々を黒だって判断したってことですよね」
「まぁ、疑わしいということには変わりありません。確証が取れる前に解放することは立場上できないので、理解してください」

「分かりましたよ。じゃあ、横浜署にいきましょう。その、誰だっけ、ああ、平井さんが目を覚ませばきっと全てが分かると思いますよ。刑事さん」

 こうして、三人組は交番から横浜署に移送された。手錠はかけられないものの完全に容疑者扱いだった。しかし大川だけは自信たっぷりの顔をしている。それを見て他の二人は少し安心したような顔になっていた。

 その頃、警察病院では胃の洗浄を終えた平井が眠りからさめていた。ゆっくりと両目を開け、一瞬戸惑ったような顔を見せた。

「あ、あの。ここは」

「気が付きましたか。もう大丈夫ですよ。ここは病院ですよ。ご安心ください。あなたは部屋で昏睡状態になっているのを発見され、病院に運ばれてきました。こちらの刑事さんがあなたを発見して救急車を手配してくれたんですよ。さぁ、ゆっくり起き上がってください」

「はい。ありがとうございます。でもなぜ刑事さんが、私の部屋に来られたのでしょうか。ああ、だいぶスッキリしました」

「初めまして、山丘と申します。ちょっとした通報がマンションのコンシェルジュから入って、見回っていたら鍵が開いたあなたの部屋にたどり着いたんです。申し訳ありませんが、お名前を伺ってもよろしいですか」

「はい、平井悦子と申します」か弱く細い声での返事だった。

「平井さん、私は玄関が開いていることをおかしいと思い、中に入らせていただきました。そこであなたがテーブルに突っ伏しているのを発見し、救急車を手配したんです。お昼前、何があったか話していただけますか。おそらく宅配便の男性が訪ねてきたと思うのですが、覚えていらっしゃいますか」

「ああ、そうでした。朝十時半過ぎに、宅配の人が荷物を受け取りに来ましたと言って訪ねて来られました。それで、私は玄関を開けて依頼していませんとお答えして帰っていただきました」

「えっ、帰ってもらったのですか。でも、あなたの部屋の玄関の鍵は開いたままでしたけど」

「ああ、よくやるんです。申し訳ありません。内廊下のマンションでもあり、ほとんど同じ階の人にも会うこともないので時々鍵をかけるのを忘れるんですよね」

「はぁ、でもあなたは何か薬を飲まされて眠っていたのではありませんか」

「えっ、いいえ。実は、私は強度の対人恐怖症なんです。急に玄関のチャイムがなったので、お友達が来てくれたんだと思い、インターホンに出ることもなく急いでロックを外して玄関を押し開けたんです。そうしたら、宅配の男の人が立っていて、もう心臓が飛び出るくらいびっくりしてしまって、まともに会話もできませんでした。しかも、覚えのない宅配便の依頼を受け取りに来たということだったので、余計に心臓がドキドキしてしまい、めまいがしたんです。それでなんとか覚えがないということを伝えて宅配の人が帰ったあと、急いでキッチンに戻って常備薬の鎮静剤を飲んだんです。それでなんとか落ち着いて、そのまま眠りに落ちてしまったんだと思います。鎮静剤は定期的に病院で処方してもらっているものです。多分その時に玄関のドアを閉め忘れたのだと思います。はっきりとは覚えてはいませんけど。鎮静剤はしばらく眠れば元に戻れるので、いつでも飲めるようにキッチンに準備してあるんです。まだキッチンに予備の鎮静剤があると思います」

「えっと、申し訳ありません。整理させてください。平井さん、あなたは、宅配便が来たときに、慌てて玄関に向い、ドアを開けた。しかし、それは友達ではなく、見知らぬ人だったため対人恐怖症が出てしまった。それで、宅配の人が帰った後に常時服用している鎮静剤を飲んで眠ってしまった。そういうことでしょうか」

「ええ、その通りです。申し訳ありません」

「いえ、あなたが謝ることはありません。早合点してしまったこちらが悪いのですから」

「でも、なんだか迷惑をかけているようで心苦しいです。でも、今も初めての人たちを目の前にしてとても息苦しくなり始めています。ごめんなさい」

「ああ、そうとは知らずに申し訳ありません。我々はすぐにこの病室から出ていきますのでご心配なく」

「あのー、マンションで何か事件があったのでしょうか」

「ええ、ちょっとした事があって調べていました。その時に平井さんの部屋を訪ねたものですから、こんな事になってしまいました。すみません」

「いいえ、私の方こそ何も知らなくて。これからはちゃんと鍵をかけるように気をつけます」

「はい。そうですね。それでは、私は失礼して署に連絡を入れます」

 結局、山丘刑事は空振りをしたのだった。完全に被害者だと確信して対応していたにもかかわらずそうではなかったということが分かり、病院に向かっているであろう、内海刑事たちになんと説明しようかと考えていた。俯き加減に病室の前のベンチに腰掛けて頭を抱えていると、不意に声をかけられ我に戻った。

「おー。山丘刑事。どうだった。被害者は目を覚ましたか。早急に調書をとって三人組を逮捕に追い込んでしまおう。そうすればスピード解決で一件落着になるぞ」

「ええ、そうですよね。そのはずだったんですけど」

 そう言われた山丘刑事はまともに目を見ることができず、もじもじしていた。異変を感じた内海刑事は山丘刑事に話しかけた。

「どうした。そのはずっていうのはどういうことだ。被害者は目覚めていないのか」

「いえ、もう、目を覚ましました」

「そうか。それは良かった。じゃあ、事情を聞きに行こう」

「いや、ちょっと待ってください。もう事情は僕が聞きました。少し前に目覚めて
いたんですよ。だから全てを聞きました」

「なんだ、そうか。じゃあ早く言ってくれよ。で、襲われた時の男の特徴はどんな感じだったか、聞いたのか。やっぱり宅配便の格好をした奴だったか」

「いや、あの、まぁ、そのことなんですけど」

「なんだよ。歯切れが悪いな。もったいぶらずに早く言ってくれよ。それによって即時逮捕できるかできないかの分かれ道だぞ。今、大地刑事が署内で確保したままなんだから」

「ええ、そうですよね。実は、言いにくいんですけど、勘違いだったんです」

「そうか、そうか、勘違いだったのか。ん、勘違いってどういうことだよ」

「平井さんは、被害者ではありませんでした」

「は、大騒ぎして救急車まで呼んだのに。どういうことか、きちんと説明してくれよ。全く理解できないぞ」

 山丘刑事は、申し訳なさそうに項垂れたまま話し始めた。

「テーブルに突っ伏していたからてっきり襲われて薬を飲まされたと思い込み救急車を手配してしまいましたが、実は、彼女は対人恐怖症が強く、宅配の担当者とあった後、苦しくなって鎮静剤を自分で飲んだのだそうです。鎮静剤は医者に処方してもらい、時折服用しているとのことです。今回は慌てて部屋に戻ったので、玄関の鍵をかけるのを忘れてしまい、そのまま鎮静剤を服用して寝込んでしまっただけということでした。たまたまその状態で僕が部屋の中に入ってしまったので勘違いしてみたいです」

「えっ、じゃあ、宅配の男は本当に荷物を撮りに来たということか。しかし、依頼していないから何も受け取ることなく帰っていった。それだけだったということか」

「はい。その通りです」

「はぁ。ということは、無断駐車の件だけを注意して釈放ということになるな。半日も拘留したのに」

「はい。申し訳ありません」

「まぁ、話の流れを察すると不可抗力だったようだな。とりあえず、早急に解放するように連絡しよう。騒ぎになる前に」

 内海刑事はことの顛末を大地刑事に連携した。連絡を受けた大地刑事は呆然として「じゃあ、謝る役割はこの俺ってことだよな。今ここにいるのは俺だから」と悲しそうな声で内海刑事に訴えた。内海刑事は笑いたくなるのを必死で堪えて、「大地刑事に全てを委ねます。こんな時ほど頼りになる先輩は他にはいません」と少しでも大地刑事の心の負担を和らげるべく持ち上げた。

 横浜署で拘束されている三人組はまさか半日近くも足止めさせられるとは思ってもいなかった。大川は自分の行動を心の中で反芻して落ち度がないことを何度も確認していた。他の二人は車の中に居ただけなので大川の取った行動を信じるしかなかった。時折大川の顔色を伺いながらチラチラと視線を飛ばしていた。そのことを察した大川は他の二人が崩れ始めては大変な事になると思い、先手を打ってそばにいる刑事に話し始めた。

「すみません。まだ帰れないのでしょうか。我々は本当に何もしていないんですよ。車を停車していた事については今後は十分に注意しますから、そろそろ帰してくれませんか。いくらなんでも、長引かせすぎじゃあないですか」

 そこに内海刑事から電話を受けた大地刑事がちょうど入って来た。なんとなく作り笑いをしている。それをみた大川は確信した。「やはり何も見つからなかったんだな」そう心の中で確信し、追い立てるように大地刑事を捲し立てた。
「刑事さん。いい加減にしてくださいよ。こんな犯罪者扱い。ひどいですよ、こんなに長い時間、拘束するなんて。一体警察はどうなっているんですか」

「あー、いやいや。大川さん、悪気があってここにいてもらった訳じゃあないんですよ。私もね。最初からあなたたちは何もしてないんじゃないかと確信していたんですよ。でも、ほら、一応通報されて現場に向かった警官も不審な点があるというものだから、ネッ。ほら、一応、裏とりをしないといけないんですよ。まぁ、決まりというのかなぁ。嫌な商売ですよね。警察ってのは」

「それで、どうなるんです。もう帰ってもいいんですか」

「あ、そうですね。そろそろ帰らないと夕食の時間になるしね。あっ、マンション敷地内への無断駐車だけは気をつけてくださいね。また、こんな事になっても迷惑でしょうから」

「ええ、そのことは反省していますから大丈夫です。今後は気をつけます」

「そうですよね。では、今日は本当にご苦労様でした。気をつけてお帰りくださ
い。あ、ワゴン車は署の前の駐車場に大切に留めてありますので、気をつけて乗っていってください。はい、これが車の鍵です」

「おい、みんなやっと帰れるよ。まぁ、我々も無断駐車したことは反省しような。それにしても、こんな長い時間拘束してしまったことは警察も反省してほしいもんだよな。大きな問題にする気はないけど」

「ああ、全く。完全に犯罪者扱いだったもんな」

「もう忘れようぜ。早く帰ろう」

 大地刑事は歯軋りしたいほど悔しいのを我慢して頭を下げていた。そして三人を見送った後、三人の調書を見比べて「みんな辻褄が合っているよな。本当に何もしなかったんだろうか。最も被害者がいないから動くにも動けないけどな」と独り言を呟いていた。

 しばらくして、内海刑事と山丘刑事が横浜署に戻ってきた。二人とも大地刑事を慰めないといけないだろうなと話し合いながら部屋に入ってきた。

「大地刑事、ありがとうございました。大変だったでしょう」

「おう。やっと帰ってきたか。俺は頭を下げるのは好きじゃないんだよ。知ってるだろ。全く泣きたくなるくらいだった。全くあの三人組は最初ビクビクしたような顔をしていたくせに、最後は上から目線だよ。あー、思い出しただけでも腹がたつ。本当にあいつらは何もしていないのか」

「今の所、被害者も出ていないのでなんとも言えませんね。ただ、白いワゴン車の無断駐車はここ数ヶ月の間に、何件か発生しているので気にはなるんですよね。ただ、どこからも苦情は出ていますが被害届は出ていないんですよね。なんとも歯痒いですよね。山丘刑事、申し訳ないけどスカイブルータワーマンションの防犯カメラの映像を入手しておいてくれないか。最後の確認をしておきたいんだよな。どうも、何となく何だけど気になって仕方ないんだ」

「分かりました。連絡を入れておいて明日にでも貸出してもらうように手配しておきます」

 こうして、逮捕したと思った三人組は解放された。大地刑事はよっぽど悔しかったのか、内海刑事たちが戻ってきたらさっさと帰り支度をして出ていってしまった。内海刑事と山丘刑事は顔を見合わせて「悪いことを頼んでしまったな」というような仕草をしていた。内海刑事はこの後調書にもう一度目を通し頭の中で想像していた。もし、三人組が何らかの犯行を実行したとしたら何が考えられるのだろうかと。しかし、日が沈む頃まで考えては見たものの閃くようなことはなくモヤモヤした気持ちのまま妻が待つマンションに帰っていった。同様に山丘刑事も一人暮らしのマンションに帰っていった。この件はこれで終わってしまうのかもと誰もが思い一日が過ぎていった。

続く


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