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たくさんのスキ♡に感謝

ありがとう、を1日100回言いなさい、といった人がいた。

うちの子(21歳、ニート)が、中学受験のために通っていたゼミナールの塾長のことばだった。

今でも忘れることができない。

なぜなら、1日に100回、うちの子からありがとうを言ってもらったことはないからである。

あなたなら言えますか?

自慢じゃないが、私にはできる。

毎日、さー、今日も100回ありがとうをかますぞ~!というノリではない。

私の職場は、殺風景なピアノ教室のテナントだ。

でも、私にとっては城である。なんといっても、大事な楽器があるからだ。

一去年、信頼のおける人に、ご利益のある神社に連れて行ってもらった。

それから、確かにいいことは続いた。

私の二度目の結婚も決まった。

仕事も、何とかスムーズにできている。

逆に忙しくなってしまい、どうしよう・・・という日々。

でも、結果はありがとうございます、だ。

私が仕事ができているおかげで、心置きなく夫が入院生活を送れている。

わたしを取りまく人たちに、ありがとう。

倒れたけど、命拾いをして、一生懸命リハビリして生きる強さを見せてくれる夫にも、ありがとう。

わたしに毎日たたかれて、痛い思いをしているだろうに、悲鳴も上げず、頑張ってくれているPCのキーボードにも、ありがとう。

なのに、なぜ、私はうちの子からありがとうと言われないのか・・・

なぜ、たった一日100回なのに、ありがとうが言えなかったのか。

感謝はしとるよ。

とは、時々いう。

なら、ありがとう、行ってほしいな、って思うわけだが。

発達障害の概念に、人とのコミュニケーションの障害、というのがある。

そもそも、人に関心がない、もしくは薄い人が多い。

うちの子は二次障がいもちの発達障碍者である。

本当にありがとう、って、思ってないのかもしれない。

ありがとうって、特別の時にだけいう言葉じゃない。だけど、ありがとうは、格付けでいうと、フランス料理フルコースをごちそうになった時に言う言葉くらいに位置づけされているのかもしれない。

個体によって、違うわけだ。

塾の先生も、きっと私と同じで、1日100回ありがとうなんて、さらっといえるタイプなんだろう、と、今なら思える。

言えないタイプの人のことを考えないといけないなぁ。失敗。

本来、ありがとうと言ってもらえるべきところで行ってもらえないとかちんと来たりしたものだが、

明日からは、人のありがとうの重さを、予期して待つパブロフの犬になるのはやめようと思う。

でも、はじめてのノート投稿に、スキをしてくれた、私とは全く関係のない方からのきもちには、心から

ありがとう。



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