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貴方を掴んでいられたら……

 画面に映し出されたキャストやスタッフの名前。それを眺めながら、泣いて乱された呼吸をゆっくりと整える。少しだけぼんやりする頭をなんとか目覚めさせ……ることなど出来ず、ノロノロとスマートフォンを手に取り今しがた観終えた舞台「宝飾時計」の感想を呟こうとしてTwitterを開いた。
 ……言葉が一つも浮かんでこなかった。驚くくらいに。いや、言葉は浮かんでいたのだが、それが洪水のようで収拾がつかなくなっていたというのが正しいか。とにかく言いたいことが山ほどあって、どれから手をつけていいものか迷ってしまって、結果「何も言えない……」となってしまったのだ。完全に心を奪われてしまっていた。でも一つだけ私の中で形になった感想がある。
 
 舞台「宝飾時計」の存在そのものを知ったのは2022年11月14日。「椎名林檎が高畑充希に楽曲を書き下ろした」「高畑充希主演の舞台の主題歌」「16日から配信開始」というちょっと落ち着きなよこういう情報は一つ一つ時間を置いて出さないと各方面の人間がバッタバタ倒れてついでにダイイングメッセージにはあんたたちの名前を書き残すんだ。何度言ったらそれ理解してくれんのん?みたいな、箇条書きにしてたった3つの情報が書かれたメールが椎名林檎のファンクラブから送信された時だ。直ちに「宝飾時計」のサイトにアクセスして公演情報を確認。ここで私は膝から崩れ落ちることになる。北海道での公演がない。観れないではないか。あーもうやめだやめだ。今日の仕事おしまい。先輩2人ともいるし今日はもう帰っていいですか?
 ……なんて言えるわけもなく、というか生憎忙しい日でそんなこと口にしようものなら恐らく今世紀最大に冷ややかな目で見られそうなので、今後の人間関係を考えてその台詞をグッと飲み込んだ。偉いぞ、私。

 そうしてしばらく時間が経過して、「宝飾時計」の上演も始まり、各公演に行ったTwitterのフォロワーさんが絶賛しているのを指くわえて眺めていたある日のこと。一つのツイートが目に入った。
 「宝飾時計 配信決定」
 マジで……?え、観れるの?(物理的に)飛び跳ねて喜んだ。私の住んでいる部屋の下が駐車場で良かったと心の底から思った。

 そうしてチケットを購入しそわそわしながら迎えた配信日。2時間半の舞台はあっという間で。気が付いたら泣いていた。だって舞台の中で主人公の松谷ゆりか(高畑充希)が歌う主題歌「青春の続き」が、あまりにも良すぎたんだもの……

「今どこですか無事でいますかもう大丈夫ですか愛を覚えましたか」解きたい問題いつだって汪溢

高畑充希「青春の続き」
作詞作曲・椎名林檎

「誰かいいひとが共にいますかもう大丈夫ですか愛は与えましたか」訊けない命題いつだって核心

高畑充希「青春の続き」
作詞作曲・椎名林檎

 ゆき場のない危ういこの心身を強く深く重く組み敷いて押さえて陶酔させてほしい嗚呼貴方を掴んでいられたらずっと安心 

高畑充希「青春の続き」
作詞作曲・椎名林檎


 「宝飾時計」はリアルな人間の物語だと思う。生きていく中で経験する出会いや別れ、希望、不安、挫折、愛することと愛されること……酸いも甘いもたくさん詰め込んでいる。引用した歌詞は、私がそれを強く感じた部分で、特に引用3つ目はゆりかと大小路[勇大](成田凌)のラストシーンを観たときに急に心の奥底深くでその意味が拡がっていって涙腺崩壊したのを憶えている。

 冒頭の話に戻る。今でもこの舞台に関する感想はうまく纏めることが出来ない。衝動的に購入した台本とパンフレットを読んでも、言いたいことが3つも4つも一気になだれ込んできて言葉にさせてくれない。
 ただ、ここに書くのはなんだか少し恥ずかしい気もするので詳細は控えるけれど、私は私が大切にしたい人に「貴方を掴んでいられたらずっと安心できるのだ」と普段の会話でも行動でも伝えていけたらいいなと、それだけはどんなに他の言葉が纏まっていなくても私の中で形になった感想だった。

知識をつけたり心を豊かにするために使います。家族に美味しいもの買って帰省するためにも使います。