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日本海軍の偵察機あれこれ

前回は、偵察機の開発は、飛行機全体の性能が上がるにつれ、他の任務の機種が併用するようになってきて、偵察機という名目での開発は少なってきたことに対し、日本だけは、異常なまでの熱意で様々な偵察機を開発し続けたというお話でした。特に海軍。今回はその海軍偵察機事情の話を。

◆まずは陸軍機を拝借する形に

 日本の戦争は「大東亜戦争」と閣議決定して、アメリカとぶつかる前に中国との戦争状態に入ります。なので偵察機の開発も海軍に比べ陸軍が一歩先んじるかたちになります。
 アメリカとの戦争に備え、軍備拡張する海軍です。偵察機開発は、まず、陸軍が開発し現地で実績を上げている九七式司令部偵察機を拝借するかたちで採用することにします。

 これは九八式陸上偵察機と呼ばれ、50機ほど生産され、海軍が陸軍の飛行機を採用した本当に数少ない例になりました。陸海軍が仲が悪いのは有名ですからね。この機体は、二式陸上偵察機(後の月光戦闘機)が出来上るまで海軍の主力偵察機として活躍します。

九八式陸上偵察機 偵察機らしい窓が胴体側部についていますね

◆クライアントの要求が酷すぎる件

 海軍では陸軍よりも複雑な事情がありました。広大な海上で艦隊で運用するため、偵察の内容も多岐に渡り、実に多様な偵察任務が要求されたのです。海軍上層部の要求の無茶振りは有名で技術者泣かせ。開発陣の苦労が目に浮かぶようです。まさにブラック企業のよう・・。
 クライアントの発注別に分類してみましたので、ざっと見てみましょう。

■カタパルト発射可能なフロート付きの水上偵察機機が欲しい!
艦船で使うので、カタパルトで発進、洋上で回収できるフロートがついた偵察機が欲しいということで以下の機種が開発されます。
●九四式水上偵察機(複葉・複座)530機生産
●零式水上偵察機(単葉・三座)1,423機生産
 零式水偵は、大和などの主力艦船にも搭載され、日本海軍の偵察の要ともなりました。

(左)九四式水上偵察機・(右)零式水上偵察機

■潜水艦用でも収納して使えるようサイズが欲しい!
●九六式小型水上機(複葉複座)33機生産
●零式小型水上偵察機(単葉複座)138機生産→アメリカ本土を爆撃した唯一の機体

(左)九六式小型水上機・(右)零式小型水上偵察機

■近距離用のフロート付きの水上偵察が欲しい!
●九五式水上偵察機(複葉複座)755機生産
 運動性能が良いため哨戒、爆撃、戦闘も可能

九五式水上偵察機 小さいですが爆装も可能です

■格闘もできる着弾観測機が欲しい
●零式水上観測機(複葉複座)750機生産
→観測任務の需要が無くなり一代限りで終わったが二式水戦と双璧をなす戦闘機としても活躍した。

零式水上観測機

■空母からの離発着が可能な高速機が欲しい
●二式艦上偵察機(彗星の偵察機型)生産数は不明
●彩雲(三座)398機生産 日本海軍機最速記録

(左)二式艦上偵察機・(右)彩雲

■急降下爆撃も可能なマルチ的な機能を持たせたい
●瑞雲 220機製造。
双フロートで250kg爆弾による急降下爆撃も可能なマルチロール機。
世界初の急降下爆撃ができる水上機。なんと空戦フラップも可能

瑞雲 正に戦う偵察機ですね

■敵の制空権下でも強行偵察ができる戦闘機よりも早い水上偵察機を!
●紫雲(二重反転プロペラ、フロート着脱、外側フロート引込という新機軸満載)15機のみ製造

紫雲 制空権の中でも強行できる高速偵察機

■敵の制空権下でも強行偵察ができる戦闘機よりも早い陸上偵察機を!
●景雲(胴体中央にエンジン2基)試作2機のみ
目標740km/km! 独特の形状からジェット化まで計画されていた。

奇抜すぎるデザインですね

 これ以外に、双発戦闘機として失敗する予兆があったため実戦投入前に偵察機に転向した二式陸上偵察機(後の月光)もあります。

 いやあ、こうして並べてみると、すごい数ですね。零式だけでも、水上偵察機、小型水上偵察機、水上観測機とか頭が混乱しそうです(笑)
 海軍は広い海洋作戦での多彩なミッションが、多くの偵察機を生み出す要因になったように思います。戦争後半は全体的な性能が上がってきたので、他国と同様、偵察以外の任務も求められるようになっていますね。

◆偵察といっても多種多様

 一口に偵察任務といっても実は様々な使命があります。
・写真撮影
 敵陣へ奥深く侵入し、敵陣の状況を写真撮影して持ち帰り司令部で分析して作戦を計画。求められる能力は、高速性、偵察員や通信の乗る複座や三座、写真撮影機器。通信機器の搭載、長距離飛行できる燃料搭載など。敵に見つかった場合、高速で逃げ切るか、後部銃座で対抗するかはそれぞれ。
・索敵
 敵がいそうな場所へ赴き、長時間滞空し、敵の発見と場所を確定する。そのために速度よりも航続距離が最優先された。敵の索敵機と遭遇した場合は空戦することもある。    
・着弾観測 
 味方の弾着観測射撃のために着弾の状況を常に母艦に打電しなければならない過酷な任務。大艦巨砲主義の思想のために考えられた任務だったが、実際には活躍の場がなかった。
・哨戒
 潜水艦や洋上で展開している敵艦船を索敵し、攻撃まで行う。専用の哨戒機も存在。

◆中には主役に化ける偵察機も誕生する

 こうして過酷なクライアントの要求に、必死で開発していった技術陣ですが、開発途上で、偵察機から花形の戦闘機へと化ける機体も生まれていきます。有名なのは、月光と彩雲でしょうか。
 制空権争いは、戦争初期のように格闘戦重視の戦闘から重武装による一撃離脱式になっていったのですが、そうなると、求められる性能は、加速性と重武装になります(重戦闘機の誕生)。

 とくにB-29による本土爆撃が始まると、撃ち落とすための上昇力と重武装が有効になりますね。護衛戦闘機と格闘するよりもまず、B-29を重武装で撃ち落とし、さっさと戦場を離脱するほうが得策です。
 月光は強行偵察ができる二式陸上偵察機として正式採用されて活躍していましたが、B-29への迎撃任務で斜銃を搭載できることから夜間戦闘機として生まれ変わりました。彩雲はもともとのポテンシャルがあったので、これまた斜銃を搭載して夜戦として改造されています。

 これはドイツでも同じで、戦闘機としては駄目でも、爆撃機の迎撃任務で活躍したBf-110などが有名ですね。

(上)月光の斜銃装備仕様・(下)彩雲の斜銃装備仕様 
※彩雲は偵察機の構造で斜銃の反動がすごかったようですね。

 英米機が戦闘機、爆撃・攻撃機から兼務として偵察を行うケースに対して、日本では偵察機が戦闘機、爆撃・攻撃を兼務するケースがあるのが逆のパターンで興味深いです。
 偵察機に対してあれこれ記事にしてきましたが、最後は偵察機の今後について述べておきたいと思います。→続きます。

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