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夜にしがみついて、朝で溶かして  ライナーノーツ②

こうして夜の住宅街を歩きながら民家の明かりや追い抜いてゆく車のライトを眺めていると、全ての光の下に人がいて暮らしがあり歴史があり、その全ての人の頭の中には悩みや秘密や希望が渦巻いているのか、とその途方のなさに気が遠くなる事がある。そういう星屑みたいなささやかな光の一粒一粒に焦点を当てそっと覗かせてくれるようなジム・ジャームッシュの映画が昔から好きだった。そんな映画のタイトルがそのまま曲名になっている『9.ナイトオンザプラネット』。
昔好きだった人のことを不意に思い出したりした時に、今の暮らしに大きな不満はないけれど今とはもっと違う未来があったかもしれない、と夢想することはないだろうか。あの頃しっくりこなかった映画も今なら良さが分かるだろうか。私はまだ何かを待ってるんだろうか。私の家から漏れる明かりも、外からは幸せそうに見えるだろうか。

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東京の空も冬なら星がよく見える。『10.しらす』の目のように今夜も天の川はキラキラしている。しらす?しらすの目?

音楽を聴きながら、素人の自分が書けるライナーノーツって一体どんなものだろうと考えていたら、いつもよりだいぶ長いウォーキングになってしまった。そろそろ帰らなくては。

色んなことを思い出したり妄想している時、自分の思考が可視化されて『11.なんか出てきちゃってる』とヤバいなぁ、なんてことをよく考える。他人の頭の中を覗いてみたくなることがあるけれど、実際に見たり見られたりしたら普通の顔で生きていけないよなー!なんてことをよく考える。

有名人の不倫報道に一言二言三言コメントしないと気が済まない人、居酒屋で「どこからが浮気か」論争を肴にいつまでも酒が飲める人は、ある意味とても健全だと思う。そんな時黙って曖昧に微笑んでいるだけのあの人は知っているのかもしれない、『12.キケンナアソビ』の甘さと苦さと帰り道の気まずさを。
体で心は繋ぎ留めておけないのは承知の上で、他人の体重でも乗っけておかないと宙に浮いてしまいそうなほどの空虚感は、どうしたらいいのか。そして「することすればうつる匂い」と「お風呂で流す嘘の匂い」のために、そういう場所には無香料のボディソープが完備されていることを。

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『13.モノマネ』は、シャンプーの匂いが消えないうちに会いたくて朝も昼も夜も一緒にいたかった『ボーイズand(END)ガールズ』のその後の物語なんだと、分かる人にはすぐに分かるヒントが仕掛けられた曲だ。
おんなじシャンプーの匂いでおんなじものを食べ、おんなじ空を見ておんなじTVで笑っていたつもりが、スマホにはお揃いのストラップの紐を通すための穴すらなくなったし、いつの間にか違う気持ちで違う方を見ていた。でもモノマネってそれがわざとでもそうじゃなくても、似ていれば似ているほどホンモノとの僅かな違いが際立って見えてくるのが面白いんだとも思う。

考え事ごとに気を取られていたせいで、目の前を野良猫が横切っただけで声が出るほど驚いてしまった。誰かが餌をあげているのだろう、この駐車場の一角にいつも同じ猫がいる。あんまり律儀にいつも同じ場所にいるので、ここが駐車場になるずっと前からこの場所に憑いている私にしか見えない幽霊だったらどうしよう、と想像してみたりする。
会いたくて仕方がないけれどもう会えない人の幽霊なら突然現れて付き纏われても怖くないだろうか。幽霊の態度にもよるな。『14.幽霊失格』

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“こんなに悲しいのに腹が鳴る
食べたい食べたい何か食べたい
どんなに苦しくても腹が減る
生きたい生きたい死ぬほど生きたい”

『15.こんなに悲しいのに腹が鳴る』。アルバムの最後を飾るこの曲が、憎たらしいくらい完璧に一曲目の『料理』と呼応し合っている。さすがすぎて悔しいくらいだ。

食欲も性欲も承認欲求も、自分にないものを持っている人への嫉妬も、あるけどないかのように振る舞う方が賢く見える気がしていた。でもそんなくだらない見栄とは裏腹に、私達はピンチに見舞われている時でも腹が減るし、どんなにスカしていても意思とは関係なく腹が鳴ってしまう。あの人にだって、レンジでチンしたコンビニ弁当で、喉に刺さった不快な小骨を無理やり飲み込んだ夜がきっとあるはずだ。
クリープハイプの歌は、そんな人間のダサさや狡さを決して否定しない。
生きていくのをやめないために、自分のそういう浅ましさや面倒臭さやみっともなさとも上手くやっていくほかない。

駆け抜けるような速さで気づけば今年も終わろうとしている。平日はいつも家に着いてから一度も座らずに夕飯の支度をしている。特に料理が好きなわけでもないのに毎日ご飯の献立のことを考えている。時々全てやめたくなる。でも終了の歌が流れるその時まで、明日からも食べて生きていく。





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