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水天宮を睨む

「都内ならここ」と知る人ぞ知る有り難い神社があると聞き、人形町に行ってきた。帰りに周辺をぶらぶら歩いていると、見覚えのある懐かしい場所に出てしまった。

新卒で入った会社で初めて担当した得意先の一つが人形町にあった。ビルの高層階にあったその事務所の窓からは、通りを挟んだ正面にある水天宮の境内が笑っちゃうほどよく見えた。

新人だった私に渡されたその得意先は大きい会社だったが取引金額は少なく、言ってみればお互いにとって「あってもなくてもどっちでもいい」商売相手だった。毎週月曜日に行くと広いフロアには病院の待合室のようにメーカーの営業マンが多勢待機しており、担当のバイヤーに呼ばれるのをただただ待っていた。呼ばれれば慌ただしく商談をし、発注が貰えれば机のある席に戻ってマークシートの発注書を書く。1時間待って呼ばれても「あんまり売れてないから今週はなしで」と言われれば書くべき発注書はないのでそのまま帰るしかない。

ある時バイヤー(さっき名前を思い出したら芋づる式にアルフィーの坂崎似だった顔まで思い出した)に「郊外の店舗で御社の商品のコーナー展開を考えてみてもいい、ついては近々一緒に店を見に行かないか」と言われ、日帰りで行けないこともないかと快諾した。

結果から言うと、店を見た帰りに「時間もあれだしどうしますか」と暗にホテルに誘われ、どうしても朝早いので今日は帰りますと丁寧に断って以来、毎週商談に行ってはいたがコーナー展開はおろか一点も発注を貰えなくなった。スマホもコンプライアンスもまだない時代の話だ。

あの頃、前の恋人とヨリを戻すことにしたからと言われて好きな人にフラれ、その次に好きになった人には妻がいた。大切にされない私を大切に思えず悶々と生きていた。

水天宮は安産祈願や子宝のご利益で有名な神社なので、窓からは妊婦さんとその母親らしき人、夫らしき人のグループや、赤ちゃんを抱いたお宮参りの人達がいつも沢山見えた。誰も彼もが薄桃色のオーラに包まれているように私からは見えた。私とそう何歳も変わらないはずの彼女達にあって自分にないものって何なんだろうか、などと考えながらどうせ今週もゼロですと言われるために順番を待ちながら、私は何をやってるんだろうなーとそのまま突っ伏して泣きたい気分になっていたのを思い出した。

通りを渡ってそのビルにまだあの会社が入っているか確かめることはしなかった。代わりに水天宮の前からあの頃の私がいた階の窓に小さく手を振ってみた。

がっかりするかもしれないけど、そこから薄桃色に光って見えていた場所も、実際に来てみると桃源郷ではなかったよ。

そして今思い出す20代の思い出はやたらと楽しくキラキラしているけれど、よーく思い出すと結構しんどい局面もあったよな、よく生き抜いてきたな、もう一回やるかと言われたら前より少しは上手くやれそうだけどやっぱりもう嫌だな、と思った。

来ると毎週寄ってサボっていた喫茶店確かこの辺だったな、と探してみたけれど結局見つけられなかった。




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