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老人と山

年の瀬に山を歩いた。
奥行きのある冬の空。
日中なれど霞むような空気。

世間では本日が仕事納めであろうか? 年末年始の休暇が待ち遠しい方々が大勢いらっしゃるかと思う。風変わりな私にとっては、享楽からは距離を置き、ストイックに身体に追い込みをかける時期でもある。例年この時期になると、山から人の気配が消える。登山及びキャンプ愛好家を除けば、真昼間に山歩きなぞをしているのはよっぽどの変人であろう。

林道

私は黙々と山を歩いた。ザクッ、ザクッと、そんな足音が心地よく響く。林道をしばらく歩いていくと、なんと、野良作業(だろうか?)に従事する老人とすれ違ったのである。まさか人を見かけるとは思わなかった。

「こんにちはー」と声を掛けてみたのだが、びっくりしたような顔つきで、「おぅっ!」とだけ返事が返ってきた。作業に夢中になるあまり、こちらの存在に気がつかなかったのだと思われる。一体何をしているのだろうか? 老人は枯葉をひたすらにかき集めていた。そして、その集積した葉っぱから、小石や枝などを取り除くと、今度はブルーのネットにギッチリと詰め込んだ。

作業中の老人

「何をしているんですか?」
「発酵させて肥料を作るんだよ。雪の降る前に枯葉を集めておかないと」

なるほど。きっと腐葉土のことであろう。ぐっと懐かしさが込み上げてきた。私が子供の頃であれば、地方では珍しくもない光景だった。どの農家にも腐葉土が山のように積まれていた。発酵には熱が発生するのだと思う。寒い日の早朝になると、腐葉土から蒸気が湧き上がっていたのを覚えている。

「なぁ、あんちゃん。この山には日本カモシカがいるみたいだよ。一人で歩いていると近寄ってくるらしいんさ。正月前の縁起物だよな」
「本当ですか? 私、頂上まで行くんで、カモシカに会えるかも知れないですね。じゃあ、先行きますね。どうも」

山で老人とすれ違っただけの、何の変哲もないストーリー。だが、予期せぬ出会いに急に嬉しさを覚え、足どりが軽くなった。こんな風に、些細なことが愉快に感じたりすることもある。山に感謝。

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