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六人の嘘つきな大学生 浅倉秋成 感想

気持ちよく騙されたいと思ってページを開いたら、まず設定からして爽やかな青春ドラマが展開される。名のある新興IT企業を目指す就活中の大学生たち。最終選考まで残っただけあってアベンジャーズ感のある面々の無敵感が心地いい。

こういうきっちり構築された作品に、好きなようにツッコミを入れるのは楽しい。それもまたミステリの面白さだと思う。

■ツッコミひとつ目:「就職試験」の章が2011年に設定されたのはなぜ?これはやはり、スピラリンクス側が最終選考内容を急に変更したことの言い訳に使った「東日本大震災の発災に鑑み〜」を採用したかったという著者の都合なのではないか。だってこれ、作中でも登場人物たちが憤っているようにかなりの無理筋だよねぇ。グループディスカッションの内容も酷いけど、採用人数を一名だけに絞るなんて話が違いすぎて、それこそSNSで晒されたら炎上案件でしょう、よほどの理由がない限り。というわけで、力技で震災を持ってきた感はあるなぁと思った。

この「最終選考」の密室劇はサスペンスとして優れている。手数は多いが、僕はもともと理屈っぽかったり細々していたりする造作が好きなので、自分が謎解きをしてやろうとはあまり思わず、スリリングな進行をただただ味わった。

30分おきに投票をするというルールがあった上で一人づつ暴露されていく過去、それでその人物の評価が単純に変わるのもいいし、「封筒を置いたのは誰か」をその場で検証してしまうとか、アリバイを証明してくれる証人と即座に連絡を取ってしまうところとか、テクノロジーを利用して矢継ぎ早に事案に白黒をつけていくところもいい。

この即断即決という手際の良さは、合理的でいかにも就活生に求められる資質の一つのように思えるが、裏を返せばフェイクに引っかかりかねない危険性もあるわけで、そのあたり作品中でも指摘されていて、それが後に「伏線回収」という形で効いてくる。

■ツッコミふたつ目:にしても九賀蒼太の暴露写真にあった「〜同意書」のコピー、これは第三者では入手が困難なのではないかな。だからそれを持っているということは彼の自演乙。という推理も成り立つよね。この件はわざと回収せずに読者のために残しておいたのか。あと、彼がその書類のコピーをずっと自分で保管していたということは、それを忘れないための戒めとして、と考えられる。彼は彼なりに強い罪悪感を抱えていたのだろう。

前半の視点人物は波多野祥吾だが、この六人の誰が犯人なのか、それを指摘できるような抜きん出た「探偵役」が不在だ。皆が疑心暗鬼に苛まれ、読者はシーンごとに誰かの発言に「そうかもな」と気持ちを持っていかれる。この巻き込まれていく感じを上塗りするのが、挿入される「インタビュー」だ。その五人目、森久保公彦の最後でサプライズがある。恋愛要素を絡めているから鮮烈だ。

■ツッコミみっつ目:このインタビュー、一人目が当時のスピラの人事部長だけど、これがあるせいで、彼を含めたスピラ側が仕掛けた犯行なのかという疑念を捨てきれなかった。このインタビューの内容は後半に生かされてくるけど、ここで僕のように思った読者もいたんじゃないかな。これもきっと著者の計算ずくだろう。

後半の検証パートでは視点人物が変わり、社会人として年齢を重ねた彼女の疲れた感じが出ていてよかった。真相を巡る旅はちょっと分量的に長いかなとも思ったが、ここで本作を貫くテーマが見えてくる。就活は機能しているのか、突き詰めれば人が人をジャッジすることは可能なのか、という問題提起である。これはSNS炎上やフェイクニュースの蔓延といった時事に繋がっている。

作品のメッセージ性を代弁するのは再びの波多野祥吾である。人と人とが関わり理解し合うということの本質は何だろう、理屈では説明できない好意の感情の正体は何だろう。それを正直に見つめ続けたのが波多野だった。僕は彼に共感したし、それがこの作品を貫く思想であることを嬉しく思った。

■ツッコミよっつ目:読了してから前半インタビュー部分を読み返してみると、あえて悪ぶった風に表現されている。これがことごとく裏返るのだが、その様変わりが極端で、ちょっとやりすぎ感もある。でも小説家も本質的には「嘘つき」だ。読者を唸らせるのか白けさせるのか、その境界線の上で勝負したこの作品に、僕は気持ちよく騙されたのだった。

著者についてちょっと検索したら『俺ではない炎上』の作者だったのか!これ、凄く面白かったんだよなぁ。感想は書いてないけど。今度こそ、御名前、頭に刻み込みました。


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