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白鳥とコウモリ 東野圭吾 感想

(ネタバレ注意)
読みやすさと読み応えが相互に融合して高みに達している。疲れを感じず読書ができて、読後の余韻もあるのだ。

序盤で事件が解決し、裁判に進む途中で、どうにもすっきりしない疑問が出てくる。それが捜査本部からではなく、加害者の息子や、被害者の娘からであるところがいい。捜査の素人である彼らが、生前の父親の人柄の記憶だけを頼りに、ひとつづつ疑問を解いていこうとする。

この二人、倉木和真と白石美令が主人公で、読者との距離が最も近い。特別な人間ではない、ごく普通のアラサーの社会人で、共感しやすい性格づけがされている。その向こうにそれぞれの父親の姿が感じられるのもよい。

警察側の主役は五代と中町という刑事コンビである。あえて捜査本部の群像とせず、刑事でありながら一人の人間という描写になっており、飲み食いの席での会話は推理の状況を整理しながら、どこかくつろいだムードを読者に与えていて、肩の力が抜けていい感じだ。時折、和真と美令それぞれの弁護士が、刑事裁判についての解説を披露する場面もあり、読者の知的好奇心が満たされる。登場人物が、物語上の役柄と、小説上の演出効果の双方を矛盾なくこなしていて、停滞することなくスムーズに読み進められた。

細部にも工夫が行き届いていると感じるが、僕が気に入ったのは、常滑の信楽焼の場面だ。写真に映ったそのものズバリの場所が出てこない。ご都合主義を避けたと同時に、和真と美令の仲がそう簡単には進展しないことの暗示だと思った。

後半からクライマックスにかけてはそれこそ一気読みだったが、改めて思い返してみると不満な点もなくはない。それは事件の真実と真犯人にまつわる部分だ。

まず、小料理屋『あすなろ』の娘の方、織恵である。冒頭から登場していたのに、五代を見事に欺いていた。しかしこれにはヒントが出ていた。「この世の女は全員名女優」という教訓が三箇所も出てくる(48、140、501ページ)。しかも五代の感想として「巧妙な演技の可能性も高い」だの「そんな気配など微塵も示さなかった」とまで書き添えられている。これは作者の茶目っ気として、むしろ好ましく思った。

しかしもうひとつ、真犯人がらみの説明、こちらはどうなんだろう。苦労人の織恵が、息子に対して、他人のスマホを勝手に見てはいけないという躾をしなかったのだろうか。ましてや倉木達郎とメールをやりとりしているのだ。自分のスマホはたとえ肉親でも触らせない、と厳重に管理するのが普通ではないか。メールを盗み見られたのがこの殺人のきっかけだから、この点は見逃せない。

直接的な動機として、いわゆる中学生の心の闇を持ち出してきたのも気に入らなかった。あえていうなら、昭和世代の倉木達郎・白石健介、平成の倉木和真・白石美令ときて、令和の世の中の不透明感の象徴が、この真犯人の造形だという社会批評なのかもしれない。

ともあれ、わくわくするような読書体験だったことは確かだ。

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