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コメンテーター 奥田英朗 感想

帯に「伊良部、復活!」とある。その主因はコロナ禍であろう。目次をめくると初出の記載があり、5編のうち4編は2021〜22年に発表されたものだ。通常、巻末で見ることが多い発表年を冒頭に持ってきているのは珍しい。

表題作『コメンテーター』はまさに狂想曲で、伊良部もマユミもあけすけな物言いだが、それを咀嚼する間も与えずにドタバタ喜劇で見せている。作者の言いたいことが透けて見えるような気もするが、なんとかして物語世界に踏み留まろうとする努力も感じる。確かに、小説家にとってコロナ禍という題材をリアルタイムで扱うのは困難で挑戦的なテーマだったろうと思う。

このチャレンジが創作意欲に結びついたのは奥田氏がノッている証左で、近著の長編作の恐るべき充実度と合わせ、昔からのファンとしては嬉しい限りだ。

僕が気に入ったのは『ラジオ体操第2』。いわゆる普通の営業マンが、日常的に遭遇する迷惑行為に腹を立てながらそれを注意できない、という、身近な出来事が題材になっている。この迷惑系人種の造形が時事をよく捉えており、その解決法は誰でもすぐに真似ができるものではないけれど、それだけにフィクションとしての極端さがプチカタルシスをもたらしてくれる。

『ピアノ・レッスン』もいい。職業小説としても読め、魅力的なヒロインと、音楽の蘊蓄が楽しめる。アイアンマンかよ、と言いたくなる伊良部総合病院の財力も笑えた。マユミの絡ませ方も期待を外さず、祝祭的喧騒から南の島のチルで終わる音楽ライブのようなクライマックスもよかった。

このシリーズの基本的な構図は、日常の悩みを抱えた市井の人々が、伊良部という異世界の水先案内人と遭遇し、非日常を体験することである。だから結末部分はどれもある種の「祭り」で終わる。近年で最大級の非日常的な「祭り」であったコロナ禍において、伊良部を再登場させたくなった作者の気持ちがわかった気がした。


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