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薫香物語 第10香 潮と龍涎香(アンバーグリス)


いつものように、青黒(しょうこく)と共に、宮に向かう愛(まな)

「もうちょい、まぁと寝たかったの〜。」

片手で愛の肩を抱きながら、もう片方の手で、朝食のむすびを頬張る青黒。
香ばしい海苔の香りが、愛の鼻をくすぐる。

「朝ご飯、食べてないの?」

「まぁの側に、ちょっとでも長くいたいもん。」
当たり前だろうっと、青黒は、くりくりとした目で見つめ返す。
鬼であっても、童のような、なんだか愛嬌のあるところが、愛おしい。

「まぁも食うか?。」
「へ?あ。でも、朝ご飯、たくさん食べたから。」
王龍(ワンロン)の素敵な朝ご飯、その中でも、桜餅の余韻が残っている。

だが、夫の大きな手にあるむすびの匂いに、おもわず見とれる自分がいた。

「我慢せんと。ほれ、まだたくさん持ってきたし。このまま宮に、はよつくよりも、少し寄り道せんか。」
青黒は、小さな小川を指さして、妻を誘惑した。

食欲に我慢出来ず、愛も頷く。

丁度腰掛けの良い川石を見つけると、青黒は、懐から黒の手拭いを敷き、愛を座らせた。

青黒は、再び懐から、数個の白いむすびがある竹の皮の包みを出す。

夫から手渡された、大きなむすびを、一口かじる。
塩味と、まだ仄かに残っているご飯の炊き立ての匂い。さらに、海苔の香ばしい潮に香りが、食欲をそそる。

夢中にむすびを頬張る愛を、無邪気な笑顔で見つめる青黒。

むすびを食べ終えて、小川の水で手を洗った後、一角(ひとづの)から持たされた桜色の手拭きで、手を拭く。ふんわりと桜の心くすぐる香りから、あの麗しい瞳を思い出す。

青黒は、煙管?のようなもので、一服していた。白金色の筒を口に咥えて、筒から離した唇から、ふぅーと、息を吐く。

煙管の匂いは、本当はこんな良い匂いではないだろう。甘く、それでいて少ししょっぱい潮風を感じる匂いを、愛は、鼻で感じた。

ふっと気がつくと、青黒の顔が、いつに間にか、愛の顔面に近づいている。

「もう少し、まぁのそばに居たいのぉ。」
夫の瞳は、昨晩のような、艶かしい色に変わっていた。

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