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トイレ

A:こないださ、びっくりしたのよ。
B:ほえ。
A:トイレしようと思って上の階行ったのね。
B:上の階?
A:何かトイレで同じ会社の人と会うの嫌じゃん。
B:ああ、まあ微妙っちゃ微妙か。
A:だからいつも上とか下とか違う階に行ってんのよ。で、その日は上に行ってみたわけ。
B:はあ。
A:だけど今うちの会社つかビルが工事してんじゃん。入れなかったんだよ。
B:あらま。
A:で、その上の階にも行ってみたけど入れなくて。
B:えー、大変だ。
A:上の2つがダメだったから、さらに上がって3つ上の階ね。ここは人いっぱいでトイレぜんぶ空いてなかったの。
B:はは、ピンチじゃん。
A:そう、ピンチよピンチ。
B:あ待って。最終的に漏らしたか大丈夫かだっただけ教えてくんない。
A:大丈夫だったよ。つかそこ一番大事なとこ聞くかね。
B:いや、漏らしたかどうか気になっちゃうと集中できない気がして。
A:お前オチを先に知りたいタイプか。
B:まいいよ。そんで、トイレが空いてなくて。
A:そうそう。で、そこで待つって選択肢もあったけど一刻を争う訳だから、また上に行くことにしたわけ。
B:はあ、4階上ね。
A:そうそう。そしたら知ってた?その階にはなんとトイレがないっていうね。
B:わー、そうなんだ。たまにあるけどね。
A:そんなことして誰にメリットがあんだよ、ていうさ。デパートとかもそうじゃん、男1階、女2階、3階なくて男4階みたいな。ほんと困るよあれ。
B:はー、4つ上の階はトイレないのね。覚えとこ。
A:で、ここまで4つ上がって来て全滅だったから流れ的に上の階行ってもダメそうな気もするわけ。
B:たしかに。
A:最初から大人しく自分たちのフロアでしとけば良かったと思ったり。
B:まあ、後悔するわな。
A:こちとら最近調子わるくて全然出てないんだから。
B:知らねえよ。
A:もう3日、4日、5日ぐらいは出てない感じよ。だからもうやばくて。
B:聞いてないから。
A:上行こうか下行こうか迷うじゃん。
B:まあ、そうね。下の階は空いたかもしんないし。
A:でもここで俺は安住を思い出したのよ。
B:安住ってあのアナウンサー?
A:そうそう。安住がラジオで「催した時は上がるより下る方がツラい」て言ってたのを思い出したんだ。
B:何だよその話。
A:いやほんとマジで。俺も聴いてる時はわけわかんない話だと思ってたんだけど、何か心に残っててよぎったんだよね。クソみたいな情報に助けられることもあるんだと感心しちゃったさ。
B:まさしくクソみたいなね。はは。
A:うるせえな。
B:下りがツラいんだ。覚えとこ。
A:で、それもあったから上の階に行ったのさ。
B:はあ。そろそろ長いな。
A:いやごめん。で、その階がやばかったわけ。
B:何がよ。
A:まず階段上がって扉を開けたら、すんごい風がいきなりぶわーっと吹いてきてさ。
B:おお。出た?
A:出てねえよ。漏らしてない、つったじゃん。
B:そうか。
A:でもまあ漏らしちゃうぐらい、すごいビビったわけ。そんなことないじゃん普通。ドア空けて風ぶわーなんて。
B:まあ、そうね。
A:なんだこれとか思いながらも、こっちはもう必死なわけ。もう出る!出る!みたいな。
B:やばいよ。ピンチじゃん。
A:で廊下行ったら真っ暗なの。シーンて。ほんと誰もいない。
B:誰もいないから出し放題。
A:さすがにそれはないわ。俺もそこまでワイルドじゃないって。
B:ワイルドかなあ。
A:ワイルドではないか。いや、そこまで反社会じゃないっていうか。
B:反社会的でもないだろ。でも犯罪っちゃ犯罪か。
A:知らねえよ。で、5階の話ね。
B:5階、そうか。テナント入ってなかったっけ。
A:俺も思った。でもいちいち上のフロアに何の会社があるかなんて見ないじゃん。
B:とにかく誰もいなかったと。
A:そうそう。でまあ、工事中の感じでもなかったわけ。1つ上と2つ上の階は実際工事中で、シートあったり作業してる人もいっぱいいたし。
B:ほお。
A:で心なしか「ギューンギューン」みたいな警告音というかサイレンというか、緊急事態みたいな音もうっすら聞こえる気がして。
B:ヤバ。
A:まあ突発的ではあるんだけどさ。
B:なんだかねえ。
A:異常なほど不気味な静けさの中にこだまするのがまた恐怖っていうか。とにかく異空間感がすごいわけ。
B:なんだよ異空間感て。語呂わりいな。
A:それどころじゃないの。こっちはもう大ピンチなわけ。とにかくトイレ行きたい一心よ。
B:異空間感の中ね。
A:そうそう。うるせえな。で、真っ暗だけどトイレ見つけて入ったの。
B:ほお。
A:トイレも真っ暗。めっちゃ怖い。
B:出るんじゃないかっていうね。
A:出ない出ない。だから漏らしちゃいないんだから。
B:そっちじゃないよ。おばけよ。
A:そうなの知らないよ。
B:まあ怖いっちゃ怖いわけね。
A:そうそう。でもその時に限っては、恐怖よりトイレの方が必死なの。
B:わかる。ところでさ、人間の三大欲求て何だっけ。
A:はあ?ええと食欲、睡眠欲、性欲だろ。
B:て言われてんじゃん。俺前から思ってんだけど、そこに排泄欲も入れて四大欲求にした方がいいと思うんだよね。出したいって欲求はある種、本能レベルのポテンシャル秘めてるわけでさ。現代社会においては絶対に漏らしてはいけないっていう強迫観念が
A:うるせえな、俺の話聞いてくれよ。
B:ああ、ごめんごめん。
A:でまあ、駆け込んだわけ。トイレに。
B:ほお。
B:さすがに出たっしょ。
A:まだなのよ。
B:ういー。
A:なにニヤついてんだよ。
B:じらすねえ。
A:俺も別にじらしたいわけじゃないの。
B:やらし。
A:うるせえよ。でトイレね。
B:はい、トイレ。
A:ここもやっぱ真っ暗。
B:こわいねえ。
A:真っ暗だけどこっちもそれどころじゃないから。個室入るよね。で、便座に腰掛けた瞬間よ。何か「ズィズィズィズィー」て音が聞こえてくんの。何ていうんだろう。東南アジアの呪術的な。儀式の時に流れるような民族系音楽というか。
B:え、なんかね。いやだね。
A:怖いは怖いんだけど、もうここまで来ちゃってるから。
B:限界ギリギリなわけね。
A:そうなの。だからもういろんな恐怖をすっ飛ばして、ここはもう出させてもらいました。
B:出たんだ。
A:出ました。
B:どんなん?
A:聞くなよ。
B:いやまあ、ここまで引っ張ったらさ。
A:別に引っ張ってないから。
B:で、どんなん。
A:うるせえなあ。きれいな1本さ。
B:ちゃんちゃん。
A:勝手に終わらすなよ。いや違うの。
B:何がよ。
A:ここからが一番不可解なんだけど、トイレから出たらフロアが明るくて、普通っぽい会社があって、なんつーかさっきと雰囲気全然違うの。
B:異空間感は?
A:ないないない。むしろ日常感。あれ、あの真っ暗で不気味な廊下は何だったんだ。トイレ入って出たら、全然違う世界だ。みたいな。
B:え、なに。世にも奇妙な系?
A:マジそうだよな。ほんと謎。
B:もっかい行ってみたら?
A:いや、ああいうとこに遊び半分で行くとヤバそうだから嫌だよ。つかお前そういうの平気じゃん。行ってみ。
B:まあ、出そうになったらな。

後日

B:例のあれ、行ってきたよ。
A:え、マジで?どうだった!?
B:全然じゃん。何も不思議なことないよ。
A:うそ、何が?
B:まず真っ暗な廊下ね。たしかに真っ暗だった。なぜなら、何のテナント入ってないから。これ当たり前。
A:変な音してなかった?
B:音はしてたけど、普通に工事の音だろ。
A:そうかなあ。
B:で、トイレあったよ。入ったよ。トイレも真っ暗で怖かった、て話ね。
A:そうそう。
B:人感センサーじゃん!最初は暗くても人が入ると明るくなるじゃん。
A:言うなよそれを。
B:で、個室入りました。変な音がしたって話ね。
A:はい。
B:音姫じゃん!
A:だから言うなよ。表現によっては何か怖く感じるでしょうに。
B:で最後よ。トイレからでたら違う空間にいると錯覚するほど違う光景だった、てやつ。
A:そうそう!こればっかりは謎だったでしょ。
B:ちげーよ!単純に別のとこから出ただけだろ。
A:へ……?
B:簡単な話。真っ暗な方の入り口から入って、明るい方の出口から出たってだけだろ。要はドアが両サイドにあって、それぞれ別の棟になってるって話。
A:いや、よくわかんない。そうかなあ。
B:HだよH。
A:何が。
B:アルファベットのHを思い浮かべて。トイレが真ん中の横棒で、真っ暗な棟が左、明るい棟が右。トイレの左右で別々ってこと。
A:……
B:わかった?
A:わからん。てかHってお前、いいおじさんがさ。
B:ニヤついてんじゃねえよ!もういいわ。
A:で、結局出たの?
B:出たわ!2本な!うるせえ!

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