好きな人について考えること

もう一回よく考えてみよう。
今日はそんなお話。


男のオタクほど恋に落ちやすい生き物はいない。

ちょっと女の子に優しくされればすぐ好きになるし、話が合うだけで「こいつ俺に気があるんじゃないか」って思うし、それで何となく可愛ければ運命を感じてしまうのである。

俺も根底はそういう生き物であることは否定できない。

が、安易に人を好きになれるほど幸せな恋愛をしてきたわけでもなく、やはりそれなりのフィルターを通して気になる女の子を見ている。

そうだ。奴らは気のあるフリが得意な生き物なのだ。
騙されるなよ。そこは慎重に吟味すべきだ。



こと、コンカフェにおいてはどんなけフィルターをかけても見えてこない本心がある。
好きという言葉は千円札より軽く、可愛いや綺麗はそこら中に溢れている。
自分がどんなに誠実な言葉を連ねようと、吹けば消える程度の重みしかないありふれた言葉の羅列に飲み込まれ、その本意は決して伝わらない。
そういう残酷な世界に我々は生きていることを、過去の記事でも何度か話してきただろう。

あまり話したくはないが、こういった界隈でグレーゾーンな楽しみ方をしてきた人間だから話せることもあるだろうし、そういうことを素直に事実として伝えていくことも最近では自分の役割のように感じている。
別にそれを自慢したいわけではなく、キャストや客がそれぞれの思惑や価値観についてもう少し理解が深まれば、今のような殺伐としたコンカフェの中でも、各々がもう少し住みやすく生きていけるのではないかと思うのである。


さて、コンカフェで好きな人がいるとして、それがどういった感情なのかをもう少し深く考えてみよう。

俺はいつもだが、自分にそういった子がいたとして、その子と繋がり、その子と店外し、その子と付き合うとして、それが具体的にイメージできるのかをわりと考えるようにしている。
そうすると思いの外、店の外から先、その好きなキャストとの付き合い方ってどんなものであるかが想像ができない。

改めてキャストと客という枠組みを外れた時、店の中の世界以外でその子と共有する世界がちゃんとあるのか……ということは、繋がりを持つ上で非常に大切なポイントである。
大体は思い込みの問題であって、例えば会話にしても話そうと思えば店内で話せるような話題しかなく、その子とコンカフェ以外で共有する世界がないことがほとんどだったりする。
そうするとせっかく繋がりという接点をリスクを冒して得たところで、その関係性は店の外を出ないままのよくわからない距離感で終わることが多い。
もちろんそれでもその子を独占して話せる時間が無課金で発生するのだから客側にはメリットしかないが、キャストからすれば金も貰えないのに店の外で店内と同じような会話をすることに何のメリットも生じないわけだ。
とかく双方が「この人と店の外でこんなことを話してみたい」とか、「こういうことを一緒にしてみたい」という具体的なイメージを持って思惑を一致させないと、繋がりというのは維持するだけでもなかなか難しい。

で、そこに至って今一度自分が好きな子に対して持っている感情について考え直すのである。

別に恥ずべきことでも何でもなく、ほとんどの場合でその感情は、キャストという偶像に向けられた羨望に近いものだったりする。
キャストとしての彼女はたくさん知っているかもしれないが、キャストではない彼女を我々は何も知らないのである。
そしてキャストも客としてきている我々しか知っているものがない。
恐らく互いが思っている以上に、互いのキャラクターへの認識は偏っているし、繋がっているうちに全く知らない相手の側面がぽろぽろと出てくる。
これが厄介なのは、普通の恋愛であれば恋に落ちる前に知ることができるはずの相手の嫌な側面が、コンカフェで繋がる場合は恋に落ちてから出てきてしまうってところにある。

キャストと繋がりを持とうとする時点で、客はそのキャストに好意を伝えているのと同義になるのは何となく想像できるだろう。
そしてキャストがそれを実際どう思うかは置いといて、受け入れられてしまった場合、我々は少なくともキャスト側がある程度の好意をこちらに持っているものと受け取る。
ほとんどの場合はそうではないんだが、オタクはそう受け取るのである。
異性がデートをOKしてくれたら、もう相手が自分のことを好きだと思っちゃうのである。

だけどどうだろう?
実際にその子と店で食事をしてみると、例えばその子は誰とでも繋がる子だったりすることがある。
自分だけではない都合の良いお客さん相手に個人的な商売をする女の子もいる。
または初っ端から延々と彼氏の愚痴を吐いて「今日はありがと。楽しかったね」と平気でのたまう奴もいる。
または最初に会ったきり、急に音信不通になって会えなくなる奴もいる。
ひどい時はそもそも約束すらすっぽかされる。

そんなことは日常茶飯事だったりする。

けどまあ、それは相手にしても同じことだったりするのだ。

店の外で初めて会うのにいきなりドライブデートに誘ったりとか、デートをするのに相応の格好やお店も用意できない。
話すことはお店での出来事やキャストのこと、アニメやゲームの話ばかり。
お金の使い方もバグっている。好きな子を前にして見栄すら張れない。

そんなほんと恋愛にすらならないくだらないレベルの人間性の行き違いがコンカフェでの恋愛ではおきて、何かの間違いで繋がって、後には引けなくなった時に気付くことがある。

もちろん、もっと深いところで相手の人間性に不信感を抱くこともあるが、それはまあ通常の恋愛で起きることとそう変わらない。
まずはそこに至ることすら、結構難しいから厄介なのである。

いや、まあだからといって俺はコンカフェでの恋愛を否定するつもりはない。
好きという気持ちは大事にすべきだし、本気であるなら伝えるべきものだと思う。
ただ、双方の気持ちの認識があまりにもお粗末であると、「ちょっとそれは舐めてない?」と思ってしまうのである。

うん、まあだからコンカフェで「好き」とか「愛」とか、あるいは「可愛い」とか「綺麗」とかって言葉、俺はあんまり使いたくないのである。
言葉が軽くなるし、本当の気持ちが伝わりにくくなるからな。


色々雑多な話になってしまったが、コンカフェにおける恋愛についてはこれからもまた少しずつまとめていくつもりである。
客もキャストも、今一度自分の「好き」という気持ちについて考えて欲しいというのが俺の根本の行動原理であり、老兵からのお節介である。
もちろん、これは俺個人の考えであり、別に他人に強要するつもりはない。
少しでも悩める客やキャストの参考になれば幸いである。

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