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【創作大賞2022参加】「カラビ=ヤウゲート 深淵の悪魔」/第一話

タクシーの運転手は女性だった。

紅林太一郎は内心で、ハズレかな、と思いながら後部座席に乗り込んだ。

「いらっしゃいませ。どちらまで参りましょうか」

運転席から半身をひねり挨拶した女性運転手は、20代の後半だろうか。思いのほか若い。

「・・・」

「どうかされましたか?」

「いえ、ちょっと考え事をしていました。北都大学の工学部までお願いします」

運転手はダッシュボードのデジタル時計に目をやる。時刻は午後11時24分。

「到着は12時前になりますが、かまいませんか?」

「夜間通用口から入りますんで、大丈夫です」

「そうですか。では発車して、メーター入れさせていただきます」

なにかと物騒な世の中だ。ドライブレコーダーがあるとはいえ、不審な客に注意を払うのは当然のことだろう。

紅林はふと、助手席に貼ってある車内名刺に目をやる。整った顔立ちの写真の横に、『櫻田』と苗字のみが記載されている。

若い女性運転手だからと、興味本位でペラペラしゃべりかけるのは紅林の趣味ではない。しかし、40がらみの職業不詳っぽい男が、深夜に人気のない場所を指定してタクシーに乗ったことを不審に思われたまま、というのも少々癪であった。

「運転手さんにも聞いてみようかな」

と紅林は切り出した。

「どんなことでしょう?」

櫻田運転手はバックミラー越しに視線を投げる。

「実は私、フリーのライターでしてね。たまにタクシーに乗った時には運転手さんにご自身が体験した怖い話、怪談をね、聞いてみることにしてるんです。なにかありますかね?」

前向きな返事を期待していたわけではなかった。ただ、自分がライターだということが伝われば、怪しい男という不安が紛れるのではという、紅林なりのサービスのつもりだった。だが、帰ってきた返事は予想外のものだった。

「そうですか。では、先週体験したお話をしてみましょうか」

「先週?体験!?・・・そんな最近のお話ですか。よければぜひ」

紅林の経験では、タクシー運転手のうちで話に乗ってくるものは10人に一人。それも30代以下のものは皆無で、それらしい顔をした50代以上の運転手が「聞いた話なんですがね」と前置きして面倒そうに訥々と語り始めるのがデフォルトだった。

「先週の金曜日の夜のことでした」

櫻田運転手はよどみなく話し始める。

「あれはそう、北都大学の学生だと言っていましたね。4人グループで、小別沢トンネルまで行ってくれというんです。1人が助手席、3人が後部座席に乗られまして、誰が言い出したのか肝試しに行こうということになったらしいんです。あのトンネルは市内でも心霊スポット、なんて言われていますよね」

「ええ。ただ、数年前にトンネル自体が新しくなって、昔ほど怖い場所でもなくなったようですがね。まあそもそも、あのトンネルは見た目が怖いだけで、霊が出るような因縁があったわけじゃないですけど」

紅林は、怪談を収集するライターならば知っていて当然の知識を披露する。あのトンネルか。ならばたいした話ではなさそうだ。しかし、最後まで聞くのが礼儀というものだ。

「トンネル前についたら、4人が降りましてね。トンネルをくぐって戻ってきたらすぐ帰るから、メーターを切って待っていてくれないか、といわれまして。逃げられては困りますので4人のうちのひとりのスマホをお預かりして待つことにしたんです」

櫻田運転手は紅林の反応をみるように、バックミラーをちらりと覗き、そのまま話し続けた。

「懐中電灯などはもっていませんでしたね。前に2人、後ろに2人の隊列でそろりそろりとトンネルに向かっていく姿を、ライトを消した車の中からぼんやりとみていました。ええ、先を照らしてしまっては無粋だと思いまして。

そのうちに誰かのスマホの灯りを頼りに4人はトンネルの中へと進んでいきました。トンネル自体はご承知のようにそう長くはありません。彼らのはしゃぐような声が遠くから風に乗って聞こえていたんです」

「なるほど。ひと夏の思い出作りってやつだったんですかね。で、何か起きたんですか?」

せいぜいが『何かの声を聞いた』だの『白い影を見た』だのといった類のものだろう、と紅林は思っていた。

「それが・・・私が感じた限りでは、何も起きなかったんです」

「え?」

ではなぜ怪談なのか、という言葉が口の端まで登った時、彼女はこんなことを言った。

「普通に戻ってきたんですよ。彼ら5人は」


<続く>

※「創作大賞」の規定に従い、全話のリンクを以下に貼ります。各話から次話へのリンクも貼っていますのでそちらもご活用ください。また、マガジンもご用意していますので、そちらからもどうぞ!https://note.com/onandoff99/m/ma076335d1013




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