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o.n.e!(短編小説)

「今来てた業者さん、奥さん番犬みたいだねって言ってたよ。」
「えーなんで。何もしてないのに。」
「いやお前結構睨んでたから。」

もう慣れた、と言いたげに旦那は笑った。私は目が悪いので遠目だとどうしても顰めっ面になってしまうんだ。だって見た事ない顔だったし。誰だよ一体。
「まあ仕方ないか。1年ぶりだってさ、鉄クズ屋さん。昔は季節ごとに来てたんだけどな。どこも不景気で犬なんて飼ってる余裕無いよな〜。あ、だから人間が睨み利かせてんのか。」
旦那は眉間を指差し私の鼻に寄った皺を茶化した。

うるせえな。番犬上等だよ。


程よい田舎ってどの程度の場所を言うんだろーね。
学校は公立が小・中・高揃ってる。病院は、まあ何軒か有るけど、年寄り多いから逆に繁盛してるんじゃない?
問題は商業・娯楽施設だよ。
農協は有るけどスーパーストアは無い。
コンビニは有るけどファーストフードは無い。
何この無いモノねだりの有る無しクイズ。あーそうそう人間よりも牛のが数が多いです。

私は20年前にそう言う土地で代々自営業を営む家に嫁いだ。
古い時代のドラマか小説かとも思うが農家特有の後継ぎ長男だけを大切にする家風。時折り飛び出る差別用語と帰ってこない旦那の兄弟。
少し不安はあったけど私も最初から仕事を手伝い同居を始めた。
旦那の両親と祖父母、そして私達。
築40年の古い自宅に私達の部屋を2つ増築してもらうと外側のペイントがチグハグでもの凄い異物感だったけど、建て増ししてくれただけでもありがたい事だし外見だけなら別に困る事も無いので黙っといた。

程なく子供が産まれると、この大人で溢れる家にはじわじわと澱が浮かんできた。


見栄っ張りのこの婚家は良く今まで人の悪気にやられなかったなと感心する。
いや、実際には私が嫁入りする数年前に先先代と同郷を騙った詐欺を受けたらしい。当主はその詐欺師を家に招き入れ3日3晩歓待し土産と旅費までたらふく持たせて帰した後で、同一人物が隣町で同じ欺罔事件を起こして発覚した。
まあとにかく見抜けないし断れない。勧誘の電話やボランティアを名乗る押し売りなんかは自然と私が断る係になってしまった。
「相手が可哀想で要らないって言えないのよ〜」つって、ウチには不要ですお帰りください。て私に言わせてたら結果は同じじゃないの白々しい。

いやコレね、お人好しとか疑う事を知らないピュア人物とか思うだろうけど違うから。単に外に良い顔したいだけ。とりわけ義父と義祖母の自分を寛大に見せたい病は重症で、常に外面を気にしている反面、内弁慶ですぐ怒る。土産に貰った人形に子供がはしゃぐと、うるさい!黙れ!とまた怒鳴る。アンタが買って来た土産だろーがよ。

こんなんだったから、子供が小さい頃は親世帯と何とか離れて暮らせないかと旦那に毎日訴えてた。

子供を怒鳴るだけじゃなく、子が成し遂げた9を無視して出来なかった1を責める。出来なかったのは俺の言う事を聞かなかったからだ!と嘲笑う。このままじゃ歪んで育ってしまう。私も旦那もそんな場面に出会す度に別部屋に避難させ対処していたけど、仕事しながら幼い息子を守るのに限界を感じていた。


所で旦那はそう言う両親に育てられて無事だったのか、と言ったらソレは本当に常識的に育ってる。
私と旦那は仕事上でもパートナーとして、ほぼ毎日フル尺で過ごしているが、私にも子供にも威圧的に接する事は一切無い。
息子が小さい頃は少し無関心な所もあったけど、高校入学を果たし大学受験に向かって動き出すと私1人じゃにっちもさっちも行かなくなる予感しかなくて、このままじゃ受験の足枷に成りかねないから協力してくれって頼んだら、ああ、そう言うの必要だったんだ‥(旦那本人は進学に関してはほぼ自分でやったと思う。)ソコからは積極的に動いてくれるようになった。

んで、人の事はさて置き私はどうなのよ。と、思い返せば悪い意味で変わった子供だったと思う。イジメられてたって程の事は無いけど遠巻きにされてる感じだった。当時の私の行動や思考がどこかズレてて同級生も不気味に感じていたのかも知れない。
くわえて学生時代は人の目を気にし無さ過ぎて身嗜みも結構酷かったんだ。癖毛で毛量多過ぎてパサパサ髪の貞子みたいな。ヤベェ自分でも怖くなって来た。

そんなリアル幽霊女が社会人になって思い知らされたのは「私何も出来ないんじゃん」と言う事実。
そらそーだ、今まで人の気持ちに無頓着だったのに急にお客さんの購買意欲を刺激するなんてできる訳無いんだよ。高校までは学生ボーナスで若さ故の優待を受けていただけ、仕事に就いたら責任負って苦手な作業もしなきゃならない。
そして金勘定を上手くこなせずに、私がレジに立った日は会計が合わない日がちょこちょこ出てくるようになって一年経った頃には故郷に逃げ帰っていた。

社会人時代はずーっと居た堪れなかった。
田舎でバイトなんて販売や食堂位しか無くて、またレジを扱って失敗したり、人に嫌われて空気を悪くするかもと嫌なイメージで頭がいつもいっぱい。
そんな中で、数少ない友人から紹介されたのが旦那だった。

旦那が後を継いだ稼業が私には合っていた。
いや、合ったと言うより不得手な仕事はしないで済んだんだ。
旦那はこんな広いスペースに1人か2人だから寂しいかも知れないけど、と言ったが他人を気にしなくて良い環境は落ち着いて作業出来たし、私の散々な職歴を聞かされていたから私を会計から締め出してくれた。
コレが本当に大きくて、しかも体力を遣えばいくらでも役に立てる業界なのだと言う。‥私にも出来る事あるんだ。

旦那がこうやって出来ない人に無理させないようになったのは、そもそも自分に関係無い仕事をしょっちゅう任されているからだと思う。
自分で言うのもなんだけど、私は勤め人全体から見てもかなり長時間働いてる方だと思う。でもソレは密度の高い作業と低い作業が混在しててスッカスカでサボり易い時間も含まれてる。
でも旦那は量も質も常に私を上回っており、一緒に働き始めた当初は過労死すんじゃ無いかって心配だった。
何度か仕事を分け合おうって提案した事も有る。
「私が出来る事はやるから、少し休もうよ。このままじゃ体壊すって!」
そしたら旦那、うーん‥と難しい顔で思案してから
「いや‥2人で手分けしたら俺の休憩時間増えるだろ?そうしたら親父が他の仕事を持ってくるんだ。お前が気遣ってくれるのはありがたいけど、それやっても仕事が減ったりしないんだよね。」
この事実を私に言うと、何ソレ!仕事なら自分でやれやクソジジイ!!ってなるの明白だったので黙ってたらしい。
「大丈夫だよ、俺も親父が居ない所で手抜いてるから。」
旦那はホラやっぱり、と眉間を指差す。ブルドッグみたいになるぞ。と肩を竦めた。

旦那は察しいいし、喧嘩仕掛けて来ないし、冷静だし。仕事面でもあらゆる重機の運転、簡単な整備・溶接やら大抵の事は出来てしまう。でもコレは旦那が昔から義父に仕事を押し付けられて来た記録でも有る。
あまりにも旦那と私の人間レベルの釣り合いが取れていないので、何故私と一緒になったか・何故20年もの間ジッと耐えて共に居るのか、多額の保険金でも掛けられていやしないか勘繰ってしまってた時期もあったけど、ソレは多分旦那の育てられ方に起因するあきらめモードに因るモノなんだ。
サーカスの象が逃げ出さないのは仔象の頃から繋がれて、何回逃げ出そうとしても失敗してしまうから。成長し自分を縛る鎖を引きちぎる力を手に入れても、子供の頃の失敗に絶望して脱走を考えなくなる。

このヒトは私が出来ない事は軒並み全部出来るんだけど、ただひとつ親に逆らう事だけが出来ない。
それを思うと悔しくて堪らない。


ある日、私の方向性を決定づける事件が起きた。

立ち位置的に、私は台所の食卓椅子に座り、視線の先にはリビングにL字に置かれたソファに掛ける義父。背が低いので深く腰掛けるには座面に背中を少し落とすようにしなければならない。更にその先にリビングの大きな窓があり、窓辺に並ぶ鉢植えに近づこうとする子供。ランドセルを自室に置いた後、手伝いとして頼まれている水遣りをするために水を汲もうと小さな水差しに手を伸ばした。

私は仕事で遅くなった昼食を食べながら、ぼんやりとその光景を眺めてた。本当に極々普通の何でも無い日常。昼ごはん食べたら少し休んで‥子供の様子を目で追いつつ、これからの予定を少し整理する。子供の足音と食器の音はTVからの音に押されているが別にどうでも良かった。有る意味静寂の1シーン。
しかしソコに唐突に爆発する者があった。

義父は怒号を上げて立ち上がり、急に子供を詰り始めた。
えっ、なんで?子供なにかやった?子が部屋に入ってから一部始終を見ていたが何故怒られているのか訳が分からなかった。義父の言い分を聞こうと耳を澄ましたが、そこには人間の理論は無い。ただひたすら幼く弱い子供を傷つけようと悪意の塊を持って子供に詰め寄ろうとする。
この謂れの無い説教を受けている子は怒りの感情が人より乏しく強烈な害意に対抗出来ない。ただただ萎縮してしまう。

駄目だ、私が何とかしなければ。
今まで嫁として家庭を穏便に保とうと裏から働き掛けて来たけどもう無理だ。
義父が子供に対して3回目の身も蓋も無い悪態を吐こうと口を開いた瞬間、立ち上がって叫んだ。
「止めろやジジイ!この子がアンタになんかやったか!?」

義父の顔が見えないように背中でブロックしながら表情が固まって動かない息子に離れた部屋へ行くよう促す。
廊下の先に有る私達の部屋に逃げ込む子の背中を見送りながら、ふと疑問が浮かんだ。
子供が理不尽にドヤされ、ソレを私が目撃する。こんな偶然重なる事あるか?もしかして子供へのいじめが常習化してるのか?
子供が帰ってる時間帯は義母が居る事も多いがコイツは基本強い者の腰巾着で、こう言う事態に対して役に立たないのは分かってる。「お父さんの逆鱗に触れないようにお父さんが黒って言ったら白でも黒って言うようにしてるのよ」多分今まで自分が怒鳴られていた役目が子供ができた事で分散されるのを口にはしてないが考えてる筈だ。

振り返ると義父はヘラヘラと薄笑いを浮かべて突っ立っていた。
しきりに小首を傾げ、いやこんな筈じゃ‥とでも言いたげな視線をこちらに投げかけてくる。
気持ち悪ぃな。いたいけな子供いちびって今更言い訳か?旦那の子供の頃もこうやって抑えつけていたかと思うと腑が煮え繰り返りそうだ。

(雷霆だ。)
コイツは今ここで潰さなければならない。口喧嘩は得意じゃ無いけどそんなん言ってられない。
(雷霆インドラになって口からイカヅチを落としてやる。)
私の直感も、やれ!と言ってる。今、完膚無きまで叩きのめして私の家族に手を出したらえらい事になると示しておかなければ。
「さっき、子供に言った事、もう一度言ってくれます?」

私がやってやる。
旦那が出来ないたったひとつを、私がやるんだ。


私がラッキーだったのは、義父が弱いもの虐めを悪い事だと認識していたのと、外部に絶対バレたく無いだろうな、って点。今まで取り繕って来た外面が壊れちったら人付き合いに困るもんね〜。
コレが弱いも強いも関係無く自分がやる事こそが正解と思い込んでたり、全方向に加虐性を発揮するような人物だったら返り討ちに合ってたかも知れない。

この件を旦那には実際起こったそのままを話した。
旦那は何も言わなかったし、私もどう思ったか聞かなかった。もしかしたらスマートに事を運べない私にガッカリしたかも知んない。
でも良いんだ、私がやらなきゃと思って実行した。ソレが大事なのであって旦那の感想はこの場合必要無い。家の中に停滞していた重く濁った空気を排出する穴を開けた、私が自分でそう思えるのが肝要なんだ。

私に口喧嘩でコテンパンにされた義父は、ソレ自体が牽制となって息子曰く意地悪を言われる事は殆ど無くなったらしいが、子供の成長に伴って自分が逆に弱者に成りつつあるのに気付いたらしく好好爺にキャラチェンジしようと小細工してくるのが小賢しくて鼻につく。
まあ、子供達をストレス発散の対象に出来なくなった時点で大ババに役割をスライドさせ無意味に叱りつけていたから、弱い人間がどうなるか自分が一番分かっているんだろう。
未だにスネ夫ポジを確保している義母は知らぬ存ぜぬを貫いているが、神は夫婦で祟るって言うしソレにあやかって義父のついでに祟っといてやるわ。

私達の日常が、本流に近付くように、少しづつ修正されて流れていく。
旦那の子供心は傷ついたまま、それでも何とか穏やかな互いを思い遣る家庭を夢見つつ。私は少し狡いけど旦那の家族で平穏に暮らしたいと言う、傷から生まれた希望を利用して、人間らしく生きていく。


これから私がどうしていくのか。ソレは今のまま上の世代が順繰りに居なくなり、子供を独り立ちさせ、その後は旦那の望み通りに何事も起こらない安穏な家を作って行く。ただそれだけだ。
昔の友達には、どうも貴女が幸せになってるとは思えないんだけど。と言われてしまうが、だって番犬には家が無いと始まらないじゃん?私自身が望んでそっちに向かっているのでどうしようも無い。

旦那を見送った後は、この怨みつらみの募ったツギハギの家を壊して全ておしまいにするんだ。


幸い私は頭は悪いが勘はすこぶる良くて、その私の無敵のシックスセンスがこの道で間違い無いと言っている。
自分の役割を確信を持って得られる人生なんて、おそらくそうは無いだろう。
私は私の家族に害なす者から、牙を剥いて威嚇し唸り声を上げて飛びかかる準備はいつでも出来ている。

この、たったひとつを守っていく。
ソコに縛り付けられる充足を知っている。



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