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【變格私小説】未來の自分に會ったら死んでた話

 愛用の化粧水が此處にしか賣って無いから、僕は三ヶ月振りに橫濱みなとみらいのワールドポーターズに來て居る。
 エスカレーターを上って二階に着くと「未來の自分に會える」と云う體驗型のゲームイベントが開催されて居た。此處も良く入れ替わるよなーと思いながら僕はお目當ての化粧水を買う爲に昇りのエスカレーターに足を踏み出すのだが、その瞬間出て來た男女が「凄いね」「ちょっとヤバいな」と沈鬱な表情をして居たのが目に入って仕舞い、子供騙しのお遊びだとばかり思って居た僕の興味を引いた。
 三階に着いた僕はエスカレーターから降りると直ぐに、スマホを出して件のゲームイベントの口コミをネットで探す。
 すると僕の豫想に反して皆、本當に未來の自分自身へ會って來たかの樣にばらばらの體驗をして居るじゃないか。内容も明るい物ばかりじゃなく陰鬱な物も含まれて居た。
 此れはひょっとして本物かも知れない。
 否、仮令(たとえ)本物じゃなくても、人に據って結果が違うのなら面白いじゃないか。そう思った僕は一旦三階へ上がったものの、踵を返して未來の自分へ會いに行く事にした。
 入口で券を買う時に「三年後と十年後と云う樣に、近い未來と遠くの未來の自分に會うのがお獎めですよ」と賣り子に言われたから、僕は素直に二囘分三千二百圓を支拂い、薄い板で仕切られた入口の向こう側に這入る。
 するとそこは赫い天鵞絨のカーテンが掛かって居る簡素ながらもゴシック風の雰圍氣を醸し出して居る部屋だった。室内の中心にはどこでもドアにゴシック調の裝飾を施した樣な大きな黑い扉が在った。
 僕は執事風の服を着た係員の女性に券を渡すと「先ずは三年後の自分に會いに行ってみたいです」と傳える。すると彼女は何やら扉の側面で機械の操作をして「それではどうぞ、此の扉を開いて下さい。三年後の貴方が待って居ますよ」と云うので、僕は扉を開いてその先の眞っ暗闇に足を踏み出した。
「行ってらっしゃいませ」
係員の聲が僕の背中を震わすと、バタンと扉が閉じた。

 眞っ靑な明るい空が一面に擴がって居る。
 太陽の光がきらきらと踊って空を明るく照らした。
 眞下には水平線と羣靑色の海が何處迄も續く。
 僕が降り立ったのは日立市旭町の交差點だった。此處は作家の渡邊溫が育った町だ。
 セブンイレブンから會瀨海水浴場を目指して行こうか、それともバイパスの方を降りて行こうか迷って居るとふらりと三年後の僕が現れた。
 シルクハットを被ってモーニングを着て居る。
「やあ」と明るい顏で僕は僕に云うと「今はね、渡邊溫の研究をして居るんだ。滅茶苦茶樂しいよ!」と笑顏を輝かせる。
 三年後の僕はその儘走り出し、濱の方に降りて聲を上げて樂しそうに笑った。
 僕は日立に住んで居る譯ではなく、再訪して居る樣だった。とても來なれた樣子で、半年に一度位の頻度で來て居る雰圍氣だ。
 走る僕の後を歩いて着いて行き、砂濱を散歩をしながらぐるっと囘って坂を上がると僕たちはやがて日立驛構内に入った。もう一人の僕は驛の窓から渡邊溫のお父さんの職場だった日立セメントの工場を眺めたり、輕薄な冗談を言ってよく笑った。
 三年後の僕は現在の僕よりも一層モダンボーイらしい内面になって居り、非常に明るく元氣だった。
 最近は如何して居るんだと聞くと「前世の友達や關わった色々な人たちの思いが傳わって來て、その優しい思い出を支えにして生きて居るよ」と云う話だった。三年後の僕は今よりもっと前の人生の事を思い出して居るらしい。
 只「小説は如何なって居る?」と尋くと、氣拙そうに俯いた邊りそちらの方は餘り書けて居ないのかも知れない。
――未來の貴方からメッセージを受け取って下さい。
 頭上から流れたアナウンスを聞くと、三年後の僕はハッとした顏でこう話し始める。
「そうだね、此の先研究の爲に古書が必要に成るから、もっとお金を貯めておくこと。映畫と演劇關連の雜誌だ。それから君が未だ知らない眞實が明らかに成る。樂しみに爲ると好い」
そこまで喋ると僕は明るい顏でにっこり笑った。
「それから、大切なのは『死神と目を合わせるな』此れだよ」
そう云うと僕は、ロックグラスに入ったカナディアンクラブを差し出した。それは僕に僕らしく居ろと云う事らしかった。
 僕はその場でそれをぐいっと飮み干す。
「じゃあね、ありがとう」と僕は僕に別れを告げ、改札を通って三年後の世界から出た。

 日立驛のホームに降りたつもりが、そこは赤い天鵞絨の部屋だった。
 三年後も未だ小説を生業と出來て居ない事に僕は多少なりとも落膽した譯だが、明るそうにして居るのは良かった。
 それに渡邊溫の研究が充實して居るのなら状況は惡く無い。
 僕は再び執事風の女性に券を渡すと「次は十年後をお願いします」と傳えた。
 係員の案内に従い、僕は再び黑くて重い扉を開く。

 扉の先も亦、日立驛だった。但し夜。人が居なくて終電の後かと思ったが、それ以上に人の氣配と云う物を全く感じない。否、人が生活して居る氣配と云うのか。
 海側の驛ピアノの方を覗いても誰の氣配も無かった。
 僕の體は自然と海岸口を出て、旭町一丁目の海へと向かう。渡邊溫の實家の殆ど眞下に在る海だ。
 闇夜の中、海沿いを歩いて渚橋の方まで行くとそこから驛方面に續く急勾配の坂を上がる。そうして坂道の途中の曲がり角の鬱蒼と生い茂った木の下に十年後の僕は居た。
 黑い山高帽にインバネスを着た姿だった。
「やあ」と僕は僕に聲を掛ける。十年後の僕は三年後の僕とは違い、靜かに暗い表情で何處か深い悲しみを湛えて居る樣に見えた。
「最近は如何(どう)して居るの?」
「小説を書いて居るよ。彼女との物語」
十年經っても未だ完結して居ない事に驚くと「大切な話だから丁寧に書いて居るんだよ」と、僕は俯いて靜かに笑った。今はそれ以外他に何も無いと云う樣な、孤獨そうな表情だった。到底家庭が在る雰圍気には見えない。
 連れ合いや子供はどうしたんだろう。二人とも死んで仕舞ったのだろうか。だけど僕はそれを聞く勇氣が無かった。
 十年後の僕は小説を生業として居るのだろうか? 僕はそれも直接聞く勇氣が無かった。だって若し、十年後も夢が叶って居ない事を知って仕舞ったら此の先僕は如何すれば好い? けれど「作品を樂しみに讀んで呉れる人が幾らかは居る」と云う事だったから、僕はもうそれで充分好い未來だと云う事にした。
 十年後の僕と共に僕は夜の闇の中に佇んで、薄暗い茂みや木の葉が作る影、それから坂を上り切った處に見える常磐線の線路を見上げたりして、何をどう聞いた物かと考えを思い巡らせて居た。
 不意に十年後の僕が、僕に背を向けてズボンのチャックを直した。けれど、その時にちんこが挾まったらしく、僕は小さな聲で「痛ぇ」と呻く。ああ、挾まったのか。と僕はその樣子を自然に受け止めたけど、少し經って可變しなことに氣が附く。僕には生まれつき男性器が無い筈なのに、どうして此の僕は當前の樣にそれを持って居るのだろうか?
 けれども會話の機を逃した僕はその事に触れる事が出來なかった。僕の態度に不自然な處は何も無く、その事を蒸し返す空氣では無かったのだ。まして此處に居られる時間は限られて居る。
 十年後の僕は最後に封蠟とペーパーナイフを呉れた。此の先の人生で手紙が鍵に成ると云う事だった。
「君には迷うことなんて無いだろう? 此の先の道を眞直ぐ進むだけだ。『死神と目を合わせるな』その言葉だけ憶えて居れば大丈夫」
そう云うと僕は寂しそうに笑った。
 頭上でアナウンスの聲が響く。
――そろそろお時間です。未來の貴方に別れを告げましょう。
「あ、それじゃ……」
他にも聞きたいことが在ったのだが、挨拶だけ言い殘すと僕は強制的に現在のワールドポーターズに戻されて仕舞った。

 十年前の自分は何だってあんなに暗かったんだろう。三年前は明るかったのに。子供や連れ合いはどうしたんだ。本當に居なかったのか? 二人共死んで仕舞ったんだろうか。それにあの驛の人の氣配の無さは何事だ。まるで世界に何かが起きて人類の殆どが死んだ後の世界の樣だった。一體何が起きたんだ。
 歸りの電車で僕はずっとそんな事を考えて、寝る時も此の事が頭を離れず、次の日起きても十年後の自分の深い悲しみを抱えた樣な姿が忘れられなかった。
 仕方が無いので僕は仕事を休みにしてもう一度、みなとみらいの「未來の自分に會える」場所へ行くことにした。
 十年後の僕は喋りたい事の半分も喋れて居ない樣な氣がしたから、もう少し續きを聞きたいとも思ったのだ。

 入口で券を二枚買う。僕は先ず十年後の僕が何故あんな風に成ったのか知りたいと思い、三年後と十年後の間として五年後の自分に會いに行く事にした。
 例の如く係員に券を渡して黑扉を開くと、そこは夏の神保町の交差點だった。
 日差しは明るく、行き交う人々は半袖で白いシャツやブラウスなどを着て居る。皆、仕事の休憩中か外囘りといった雰圍氣だった。
 日差しは未だ照りつける感じが弱く、盛夏の手前、七月の日差しの樣だった。
 神保町に來たのは好いが如何したものかと思って居ると、五年後の僕が「やあ」と云ってふらりと現れた。此れ迄の僕とは違い、帽子は何も被らず半袖の白い開襟シャツを着た姿だった。モダンボーイを辭めたのかしら? と一瞬僕は訝しむけど夏のスタイルなのだと云う事を直ぐに理解した。
 僕たちは神保町驛すぐ側のドトールに入る事にした。
 狭いテーブルの上に鮮やかな色のサーモンサンドが竝ぶ。五年後の僕がご馳走して呉れた。
 テーブルの向かい席に座る僕は、仕事が順調だと云って明るく笑う。渡邊溫の研究成果が本として出版されると云う事だった。
「小説の方は?」と聞くと苦笑いされた。上手く行ってないのか、研究で手一杯で書けて居ないのかも知れない。
 兎も角僕は渡邊溫の研究が仕事に成って毎日がとても樂しいと目を輝かせて話す。
 そうして、此れからの人生で大切なのは「死神と目を合わせるな」と云うこと。僕はそう云う。どの時代でも此れだけは變わらないらしい。此れは死んだ友人に夢の中で云われた言葉だ。
「前世のあのお洒落な友達には再會出來たかい?」
と尋くと、彼か如何(どう)かは解らないけれど好い友達が出來たよ、と僕は樂しそうに笑う。五年後の僕は生き生きとして居て何を話すにも目を輝かせて、三年後の僕より更に明るくなって居た。
 切り分けられたサーモンサンドを半分食べると、僕は僕にプレゼントとしてオーク材のステッキを差し出した。
「何だよ、それなら今も持って居るよ」と云うと「そうだけど、此のダンディズムを自分らしさとして大切に持って、絶對に手放さない樣にねと云う事だよ」と云われた。
「じゃあそろそろ行かなくちゃ。此の近くで仕事が在るんだ」と五年後の僕は席を立とうとする。
 僕はもう少し、と二度引き止めて話を聞こうとしたけれど、結局今の仕事が樂しいと云う以外の話は出ず、三度目は本當に忙しそうだったから引き止める事を止めた。
「君はのんびりして行くと良い」
と云って、僕は封が開いた儘の大きな茶封筒を抱いて店を出る。そうしてその儘、僕は店の前の信號を渡って行って仕舞った。
 五年後の僕が居なければ、此處に長居をする意味は無い。僕は殘った紅茶を飮み干すと、少し遲れて店を出る。
 すると僕が信號を渡った先、左折をする爲の橫斷歩道に大きなトラックが突っ込んだ。
 直感的に僕は僕が交通事故に遇った事を悟る。
 茶色の封筒が道路の上に落ちて交差點に書類が散らばった。
「お時間ですよ」
頭上でアナウンスが響く。

 五年後の旅はそこで終わり、僕は強制的に天鵞絨の部屋に戻った。
 僕は死んで仕舞ったのだろうか? あの情景を勘違いして居る譯じゃなく? あんなに樂しそうにして居た僕が彼處で死んで仕舞うなんて、何より五年後の死なんて餘りに早過ぎるじゃないか。
 自分が死んで仕舞った事を信じたくない僕は眞相を突き止めるべく、十年後の僕にもう一度會いに行こうとする。
 係員は僕のリクエストに應じて機械を操作するけれど、どうも上手く行かないらしく十年後に行く設定が出來ないと云う。
 仕方が無いから僕は五年後と十年後の間として、八年後の僕に會いに行く事にした。

 そこは亦、夜の日立驛だった。
 構内の燈りは總て消えて居り、誰も居ない。寂寥として居て、十年後と同じく世界が終わった後の樣だった。
 八年後の僕は驛の大きな硝子の窓からセメント工場を眺めて、泣きながら手摺に顏を伏せてその儘、蹲って泣いて居た。話し掛けて良いものか如何(どう)か迷った僕は、知らないフリをして海の方をぶらぶら歩く事にした。
 濱邊を渚橋の方まで歩くと僕は、渡邊溫の實家と海を結ぶあの急勾配の坂道を登る。
 坂道の途中には大きな木が在って、伸びた枝葉が屋根の樣になって影を作る。八年後の僕はその木の下に立って居た。
 黑い山高帽にモーニングを着て、僕の輪郭は殆ど影に溶けて居る。 物憂げな表情が僕を一層暗澹として見せて居た。
 八年後の僕は僕が來るのを待って居たらしく、此方を見ると何處か翳りの在る表情で「ああ、君か」と云って小さく微笑んだ。
 五年後の樣な慌ただしさが無く、僕はもう渡邊溫の研究が終わって居る事を悟る。
 八年後の僕は「今はけいちゃんと云う女の人と一緒に居るよ」と云う。「子供は?」と尋くと氣まずそうに言葉を濁しながら、グループホームの樣な物に入って離れて暮らして居ると云った。その女性が子供を嫌って居るのか? と尋ねると「否、そうではないよ……」と僕は小さな聲で答える。女の人と居ると云う事は、今の連れ合いとは別れたのだろうか。それとも僕が死んで仕舞ったから一緒に居られなく成ったのか。
「小説は?」と聞くと僕は力の無い聲で書いて居るよと云った。今は只、此の海を見ながら小説を書くと云う生活をして居るらしかった。
 潮騷の音が繰り返し僕らの間に打ち寄せる。僕は濱邊の方に目を遣るが、木と木の間から覗く物は眞っ暗闇で空も海も区別が附かなかった。
 八年後の僕は穩やかだけど深い哀しみと孤獨を根幹に抱えて居る樣で、總じて十年後の僕と同じ雰圍氣だった。
 此れは僕が死んだ三年後なのだろうか。
 此の僕は幽靈なのだろうか?
 八年後の僕の近況を一通り聞くと、僕たちは驛まで歩いた。
 海岸口からエスカレーターで改札階へ上がる。相變わらず人の氣配が全く無くて構内も眞っ暗だ。森閑として薄寂しい。生きて居る人間が誰も居ないのは、此の世界が幽靈の僕から見た世界だからと云われると納得して仕舞う光景だ。
 別れの時間を告げるアナウンスが流れると、八年後の僕は僕を抱き締める。そうして頭を撫でながら「君の人生が好きだったよ。澤山頑張ったね。一生懸命生きた君の人生が僕は好きだよ」と云った。僕は泣きそうに成る。
 そんな事を云うなんて、僕は矢張り死んで仕舞ったのだろうか。でもそれだけは如何(どう)しても聞けなかった。もしそうだとしたら、僕は何樣な顏をすれば善い?
 八年後の僕は萬年筆を呉れた。「此れで澤山書き給え」と云う事だった。
「萬年筆なんか實際使い難いし、僕が結局パイロットのボールペンしか使わないのは君も理解って居るだろう?」と云うと「萬年筆は永遠に使えるだろう? その象徴みたいなものだ、察して呉れよ」と云う事だった。
 プレゼントを受け取ると僕は八年後の僕に別れを告げる。
 改札を抜けてホームに向かう階段を降りた。
 そこは現在のみなとみらい、ワールドポーターズの二階の天鵞絨の部屋に續く。

 五年後に僕は死んで仕舞うのだろうか?
 歸りの電車ではその事ばかり頭に浮かんで居た。
 僕は家族と離れ、誰も居ない街で一人、海を視て居た。八年後と十年後の僕の姿は、何度思い返しても、否思い出せば出す程、幽靈だとしか思えなくなった。
 それに十年後の僕は無い筈の男性器を當たり前の樣に持って居た。手術をした可能性も考えられるけど、現在の僕にその豫定は全く無いし、幽靈なら肉體なんぞ幾らでも自由に成る筈だ。あの僕が幽靈だと考える方が辻褄が合う。
 十年後の僕が幽靈なら、終わったのは世界の方じゃなく僕の人生の方だと云う事に成る。
 けれども僕にとってそれは何方にしても餘り差が無い。それは僕の世界が無くなると云う事に變わりは無い事だから。
 五年後に僕が死んで仕舞うのだとしたら、家族の爲に遺言を殘して置かなくちゃな。溜め込んだ古書の譲渡先やパスワードの類も書いて置かなければ。
 僕の心は緩やかに五年後の死を受け入れ始めて居る。あんな物が眞實とは限らないのに。
 僕はもう既に死神と目を合わせ始めて居るのかも知れない。否、それは駄目だ。未來の僕だって忠告していたのに。僕は頭を横に振る。
 電車は轟音で地下を拔けて地上に上がる。外は明るくて長閑(のどか)な色の屋根が犇(ひし)めき合って居た。
 十年後の僕は小説を書いて居ると云って居た。唯、靜かに。
 それは僕が去年から構想を溫めて居る、百年前に愛した人と僕の物語だった。不意に前の人生の事を思い出した僕は、彼女との事を書き殘すのが此の人生での爲すべき仕事なのだと悟った譯だが……生きて居る間に完結する事が出來無かったと云う事か。その事を思うと、何とも言い難い哀しさと絶望と焦燥感が胸を過(よぎ)る。
 あの海を見ながら僕は死んだ後もずっと小説を書いて居るのだろうか。
 僕が行った未來が眞實か如何(どう)か、今は誰にも判らない以上、此の問いに意味はない。
 そうだ。此の體驗を手紙に書いて殘して置こう。そうすれば眞實が如何だったのか、僕が居なくなっても皆が判断して呉れるだろう。
 電車に揺られながら僕は、抽斗に在る筈の便箋や萬年筆の事を考えて居た。
 死んで仕舞う前に尠しでも多くの事を書き殘して置きたいと思いながら。


 了

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