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一人称を変える話

前回までのあらすじ


自分の性自認が男子だということに僕は漸く気がついたのだった


そういうわけで、自分が男だということに気がついてから、まずは下着から男物に変え、次に服や髪型、カバンなどを変えていって「自分に戻ってきた」感の中で過ごす日々だった。のだが。

ここはやっぱり一念発起して、現実社会での一人称も「僕」か「俺」あたりにしないと完成しないなあと思った。
本当の自分。本来在るべき自分の姿は。

「男に戻る」ことですべてがぐんぐんいい方向へ向き始めた。行動に躊躇いがなくなった分判断が早くなったし、なぜだか街の老若男女が僕にぶつからなくなってきたし、なんなら向こうが遠くから避けてくれるようになったし、それに本当の自分がここいいていいんだって自分で認めることが出るから地に足がついた感覚だし、他人にどう思われようがいい意味でどうでもよくなった。
だからこれが正解だと思った。

それならば、未完の中途半端な状態じゃなくてちゃんとしっかり男に戻らないとなあ、本当の意味で楽になれないんじゃないかと思っていた。

ただ僕は非常に自意識過剰で一人称を変えることにすごく抵抗がある。
そもそも「わたし」という一人称を口頭で取得するのにも、実に9年くらいかかっているのだった。
(小さい頃は自分を名前呼びで、その後「あたし」に変えたいと思いつつ変えられず、小6の時に思い切って「私」と友達の前で言ってみたら「似合わなーい」と爆笑されて、それ以来言えなくなってしまったのだった/けれど今思えば、あの頃の僕は割と男のような無性別のような気持ちでいたので、あの時の友達の言葉は真実を刺していたのかもしれないって思う)

閑話休題!

さういふ訳で、僕はまず一番一緒にいて一番よく喋るおっとに、一人称変える宣言をしようと思った。彼には「実は男だったわー」の話はしていてあっさり受け入れてもらっていたのだけど、でも急に一人称を変えるのはこちらが恥ずかしい。照れる。なぜだろう?それは自意識が過剰だから?
一人称を変えることでこちらのキャラクターが変わり、関係性も少し違った雰囲気になることを、相手が気持ち悪く感じるかもしれない?という不安が、何かこう恥ずかしく居心地の悪い気持ちにさせるのだろうか。

いつ言おう、言いたいけど言いづらい。と思っていたらそのチャンスは思いがけず訪れた。漫画のキャラクターの一人称の話をしていて「あめも一人称俺にする?」と冗談めかして聞かれたので「本当にそうしたい、私っていうのやめていいかな?」と伝えることが出来て一人称を変えていくというフラグを立てることに成功した。
だが、実際そこから普通に喋ろうとすると照れのせいで躊躇ったり、今までの口の癖で「あたし」っていったり「うち」っていったりしてなんかうまくいかない。

そういう中で、一人称「俺」もいいけれど、でも本当の本当の、セルフイメージとしては「僕」なんだよなあ、と思っていて、なんとかがんばって「僕」にしたいなあと思っていた。

そうして何日過ぎて、家族でドライブに行った日があった。軽く渋滞していて、暇だとか眠いだとか運転している彼が言い出した時、僕は今がチャンスなのかもしれないって思った。「一人称僕にしたい」という話をするのには。
家にいると意外とお互いの作業や家事があって落ち着いてゆるっとそういう話をする雰囲気にならない。ゆるい時間が来たと思ったら向こうがスマホで動画を見ていたり誰かとLINEしていたりして、こういう話を出来る空気に案外ならない。
だから今しかないと思うけど、やっぱり恥ずかしいしなかなか言えない。そうしているうちに30分以上が過ぎて、通過していく車のナンバーがゾロ目だったりとかそういうのを見て、やっぱいうべきだよなあと勝手に励みにしたしりて、「ねえねえ」と声を出して切り出して、後戻りできない感じに自分を追い込んで、一人称を僕にしたい件を伝えた。

伝えたのはいいけれど、実践するのがやっぱり照れる。
一人称が会話の中で必要な時に、以前の癖で「わたし」を言ってしまったり、僕って言うべ場面だと思ったけど恥ずかしくて主語抜きにして回避してしまったり。でもこれじゃいかん、と思って絞り出すような小さな声で「僕」って言ってみたり。ってそっちの方が恥ずかしさが倍増するけどな!
そうして2日くらいうじうじしていて、これじゃダメだっておもって「言いたいけど照れるから暖かい目で応援してほしい」っておっとに言ったら「全部気付いていたよ」ということで、余計にうわーーーっと恥ずかしくなった。
けれどそういうことを伝えたことで、もう少しだけ言いやすくなった。そうだ、単純に言い慣れていないだけだ。この言葉の音を口から発した経験が圧倒的に少ないぞ?そう思った僕は洗濯物を干しながら練習したり、誰もいない時に独り言を練習したりして少しずつ口や声帯を物理的に慣らしていった。

その一方「俺」の方はなんだかするっと言いやすい。だからその時々によって「俺」って言ったり、言える時は「僕」って言ったりしていた。一人称が「俺」なのはオタク女あるあるで、まあまあ使う時もあったのだ。だから言うことに多少慣れがあるのかもしれない。

自分のことを「俺」って言ったり「僕」って言ったりする中で少しずつ、この一人称で話すことに慣れていけたらいいなあと思っていた。
そう、だって女やってた時だって「わたし」「あたし」「うち」「自分」これだけ色々使っていたのだから。てきとーに。

そういえば、これは余談だけど、僕が以前「うち」と言う時は言葉をごにょごにょふにゃふにゃっと曖昧な喋り方にすることによって、うっすら「うんち」という音を発していた。この喋り方を聞いて「なんとなくうんちに聞こえるなー、面白いなー」と誰かが思ってくれたらいいなあという遊び心っていうの?隠しミッキーを仕込むような気持ちで、隠しうんちを潜ませていた。けれど今思えば、これは自分のことを「うんち」のように思っていたことの表れかもしれないね?そうなんだ。こんなことひとつとったって、女である自分のことは全然大事にできなかったんだよ。

そう思っていたのだけど、昨日の夜におっとに「一人称が統一されないのはいい加減な感じがして気持ち悪い。俺か僕、どれかにしてくれ」と言われた。
「じゃあ僕にする。僕がいい。僕って感じなんだ」
そんな風に伝えて、僕は一人称僕として生きる。ちょっとくらい恥ずかしくても僕って言っていくんだよ。なんて思って、いたのだけど。

そうして自分のことを改めて「僕」だと感じた瞬間、またぐっと自分の体が自分のものになった気がした。ここにいる感覚。地に足がついたような。とにかく自分が戻ってきた感があった。この感覚を大切にしていきたい。
そう思っていたのだが。

その翌日、仕事から帰るなりおっとが「きみのキャラ的に”僕”より”俺”の方があってる気がする」と言った。
まあ確かに、わかる。だって俺の方が言いやすいもん。俺。濁音がないから?口からつるっと滑り出る感覚があるよね。

その時はひとまず、おっとの前では「俺」ということにする、という風に伝えた。お互い違和感がないのがベストだと思うし。関係性はつるっと滑らかなのが良い。

けれどそれでいいのか?と迷っている僕もいる。俺ってもしかして逃げてないかな、って。本当の自分を出すっていう照れから逃げてないのかな。って。多分僕が「僕」って言うのに慣れたらなんの問題もないと思うのだけど、しかしまあ僕はだいぶキャラ変になるので結構照れてしまうのだった。

少しだけ迷いながら、俺って言いながら、俺に慣れたら「僕」にさせてもらおうかなあと思ったりしていて、もう少し迷いは続きそう。
なんにしても僕は、本当の自分に戻りたいだけだ。
どちらが本当の自分なのか。
答えがみつかったらその時は照れずに迷わずそこに向かって進んでいきたいな。


終わり。






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