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せんちめんたる・なんせんす

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嘘吐きは夜の海を散歩する。嘘吐きの僕の日常のことです。
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#恋愛

前の人生を思い出したと云う友人の話(1)

「僕の產まれる前の人生は、明治生まれの男で閒違ひないやうだ」 さう言つた幾野君は手に持つた白いマグカップに口を付けた。 「小さな弟たちが居たり姉が居たりとそんな夢を見る事がある。皆んな着物を着て居たよ」 「突然呼び出したと思つたらそんな話かい?」 僕は首を些か右に傾けて、彼に向かつて歎息とも笑ひともつかない聲を溢す。 「否、それだけでは無いんだけどね。ここ最近、生まれてこの方體驗した筈が無い事を思ひ出し續けてしまひ、氣持ちを持て餘して居るんだ。けれど此樣な事を誰彼構はず話した

君と別れて。

大正15年の10月、蒲團から出て君を抱き締めて居る時、僕はとても幸せだつた。外は秋風が吹いて居て、實りを收穫した後の豐かで滿たされた季節が來る豫感がして居た。新しく訪れる季節は此れから永遠に續く幸せの始まりのやうに思へた。 蒲團の中では何時だつて溶け合つて居た。凝つとして居る丈で僕は幸せで滿たされて居た。 * 昭和3年頃、彼女と別れた僕は寂しくて仕方がなかつた。 足元がばらばらと崩れる感覺。背筋が何時もがくがく震へて少し氣を緩めると寂しさで自分が壞れてしまひさうだつた。