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せんちめんたる・なんせんす

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嘘吐きは夜の海を散歩する。嘘吐きの僕の日常のことです。
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2023年11月の記事一覧

文學の神に愛されて居る訳では無かった。

靑白い顏をした幾野君は卓の前に僕が座ると「ああ君か、よく來てくれたね。有難う」と云ふ。 「どうしたんだい」と僕は笑ひながらミルクティーに蜂蜜を注ぐと木のマドラーでかき混ぜた。肉桂の香りが彈む。 「僕が小說を書いて居ないと不仕合せになる體質だと云ふことは、君も知つての通りだが……」 「ああ、さうだつたね。君はいつもさうだ」 「此れは唯の强すぎる野心や自己顯示欲に由來するものだと思つて居たけどどうやらさうではなかつたらしい」 「どう云ふことだい?」 幾野君がかう切り出した時は僕に

百年前の僕の戀。

ずつと昔の夢を見た。大正時代、關東大震災の後の話だつた。 多分大正13年、場所は東京。 * 彼女はお店をしてゐるおうちの子だつた。 お父さんのお遣ひに、と買ひ物かごを提げて店を出た彼女を追つて、少し遲れて僕も店を出た。 「一緖にお散步に行くよ」 と僕は店から少し離れた地點で彼女に驅け寄つて、隣を步く。 談笑する二人。彼女は三つ編みお下げで僕はスーツにネクタイ。 僕は彼女が次の路地を曲がることを知つてゐたから、隠れんぼか何か悪戯をする顔で、少し走つて先回りをして彼女を待ち伏