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【コロナで脱資本主義】エピソード1 夜景が教えてくれるサラリーマンの異常な実態(1)

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エピソード1
夜景が教えてくれるサラリーマンの異常な実態(1)


「ちょっと。やめてよ、多喜二(たきじ)。恥ずかしいじゃない、こんな大勢の前で!」

 眼下に広がるきらびやかな夜景に圧倒されたボクは、思わずエリカの肩を抱き寄せ、手の甲をつねられる羽目になった。

「いて!」
「いて、じゃない! それにしても綺麗な夜景ねー」
「ああ」

 その日は、ボクの二十四回目の誕生日であった。

 大学一年のときから付き合い始めたエリカは、六本木ヒルズのイタリアンレストランで、心のこもったプレゼントを照れくさそうに差し出してくれた。

「多喜二。開けるのは家に帰ってからにしてね」
「やだね。今、ここで開けるよ」

 ボクはいじわるな笑みを作ると、ラッピングをほどき、プレゼントを箱から取り出した。ちょっと低級なブランドの名刺入れだった。

 ボクは、それを見つめながら、心の中で呟いた。

 エリカ、なにも恥じる必要なんかないよ。背伸びしたプレゼントなんていらない。安月給のお前が心を込めて選んでくれた。それだけで十分だ。俺はむしろ、この「質素さ」が嬉しいよ。アルマーニのスーツなんてくそくらえだ。

 そして、ディナーを済ませたボクたちは、そのまま六本木ヒルズの五十二階の大展望台、東京シティービューに足を運んだ。

※※※※※※※※※※

 ボクの手の甲をつねったそばから、エリカが思わず「綺麗な夜景ねー」と吐息を漏らすのもよくわかる。本当に、「綺麗」としか表現しようがない。こんなときばかりは、自分の語彙力が嫌になる。

 あ、強いて言えば、「光が織り成す宝石箱やー」って、これじゃあ、どこかのグルメレポーターじゃないか……。

 とにもかくにも、足もとに広がる光の海は絶景であった。

※※※※※※※※※※

 そのとき、ボクは何気なく空を見上げた。そこには、あるべきものがなかった。星が一つも瞬いていない。

 静岡県出身のボクが、我ながら最高の比喩を思いついたのはその瞬間だ。ボクは、東京育ちのエリカに向かって言葉を発した。

「なあ、エリカ。東京と静岡の一番の違いってわかる?」
「え? ああ。星が上にあるか、下にあるか、でしょう」

 な、なんでボクの人生最高の比喩をそんなにいとも簡単に……。せっかく、「これからは俺のことを『石川啄木』って呼べよ」って詩人を気取ろうと思ったのに……。

「ちっ。ポエマーになり損ねたよ」
「『詩人』は『ポエット』。ポエマー、って何語よ」

「ポ、ポエムの比較級じゃないか。ポエム、ポエマー、ポエメスト、って習わなかったか?」
「へえ、名詞の比較級を教えるなんて、すんごい進んだ学校ね。それより、本当に、この夜景を見てると、星の上に立った気分。世界を征服した気分になるね」
「ああ」

 ボクは、同意してエリカの横顔を見た。そして、目を疑った。エリカが、夜景を見ている女性とは思えない険しい顔をしていたからだ。

「ねえ、多喜二。この夜景の正体、わかる?」
「え? そりゃあ、光だろう? 部屋から漏れてる」

 ボクは、唐突な質問ながら当たり前の正解を口にした……、つもりだったが、エリカが続けた。

「ねえ、見てよ。この膨大な数のビルやマンション」
「確かに、すごい数だね。無数、と言ってもいいくらいだ」
「それに加えて、こんな上空からは視認できない低層の建物もあるんだよ。そして、そうした建物は、当たり前だけど地面の上に建っている……」

 地面か……。東京の地価って高いんだろうな。いや、高いに決まってる。1990年前後のバブルの時代には、新宿区の土地を買い占める金があればアメリカ全土が買えるとまで言われたんだ。

 日本全土を買い占める金があれば、日本の二十五倍の面積を持つアメリカを二つ買えると言われたんだ。その土地の値段が、たとえバブルが弾けても安かろうはずがない。

「多喜二。アタシが言いたいのは、この眼下に広がる無数の建物にはオーナーがいるってこと。さらには、その建物に場を提供している土地のオーナーもいるわ」

 この一言は、ボクにはかなり衝撃だった。そんなこと、今まで考えてもみなかった。しかし、動揺しているボクにかまわずにエリカはさらに口を開く。

「その一方で、無数のマンションには無数の部屋があり、その部屋の数だけ、それを借りながら生活している人がいるんだよ。つまり、さっきの私のクイズの答え。この夜景の正体。一部屋一部屋から漏れているのは、庶民が日々流している汗や涙を成分にした光よ」

 ボクの背中に電流が走った。突如として夜景が歪んだ。優雅で美しい白鳥も、水面下ではぶざまに、必死に足をかいでいるという。ボクは、白鳥の足を見てしまった気分になった。

 うん? ちょっと待てよ。この東京シティビューの視界内に住んでいる人はまだ恵まれているんじゃないか。都心の高い家賃が払えずに、遠方から毎日都心に通う人々が、眼下で光を供給している無数の人々と同じくらいいるんだ。俗に、埼玉都民、千葉都民、神奈川都民と言われる人々だ。


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